十九話 衝撃
「それではお父様……行きましょうか」
「あぁ……本当に感慨深いよ。幸せになるんだぞ、ベルナデッタ……」
「……はい、お父様」
幸せになんて、きっとなれない。
そうわかっているのに、お父様の顔を見たらそんなことは言えなくて……。
私は、張り付いた笑みで頷くことしか出来なかった。
バチパチパチ!と盛大な拍手の音が響く。
当たり前だけど、参列者は皆幸せそうな笑顔だった。
私達の幸せを、本気で願ってくれているのだわ。
その光景を見て、罪悪感で胸が痛くなる。
____コツ、コツ、コツ…………
細長いヒールで、バージンロードに足を踏み入れる。
足取りは、重い。
けれど私を支えてくれているお父様のおかげで、なんとか歩くことが出来ていた。
ユージン様が、私の方を見て少し先で待ってくれている。
____ユージン様のあんな表情、初めて見たわ。
緊張していて、でも少し……なんだか幸せそうに見える。
どうして? 相手はビアンカではなく、私なのに……。
……この幸せな空気にあてられているのかしら?
きっとそうね。そうに違いないわ……。
だって、ユージン様が私との結婚を喜んでいるなんて……有り得ないもの。
____コツ、コツ……。
ゆっくり歩いていたけれど、遂にユージン様の前まで到着してしまった。
私が父の腕から手を離すと、父は名残惜しそうな表情をしながら立ち止まる。
それから、小さな声でユージン様に「娘を頼みます」と告げた。
その言葉に胸がじゅくじゅくと膿んだような気持ちになる。
ユージン様は真剣な表情でこくりと頷いてから、私に手を差し伸べた。
私はその手を恐る恐る取って、笑顔だけは崩さずに再び足を前に出す。
「きゃっ……」
____歩く速度が上手く合わなくて、思わず転びそうになってしまった。
そんな私を、ユージン様が咄嗟に支えてカバーしてくれた。
……その手は、私の冷えた手と違ってとても温かい。
もう一度、バージンロードを歩み出す。
すると、段々と足並みが揃ってきて、バラバラだった足音がひとつに重なった。
そうして、なんとか神父の前まで到着する。
……聖歌隊の歌が心地よい。
____私、気付かないうちに緊張していたのね……。
神父が私達の顔を見つめながら、低い落ち着いた声で問いかける。
「ユージン・キャントレル。あなたは、ベルナデッタを妻とし、神の教えに従い、富める時も貧しい時も、病める時も健やかなる時であっても、相手を愛し、敬い、慈しみ、死がふたりを分かつまで、貞操を守ることを誓いますか?」
「はい、誓います」
ユージン様が迷いなく答えた。
それから、横目でチラリと私の方を見る。
その瞳には……慈しみの心が感じられて、私は少し動揺してしまった。
そんな私達の様子に気付いていないのか、神父は続けて私に問いかける。
「ベルナデッタ・メイウェザー。あなたはユージンを夫とし、神の教えに従い、富める時も貧しい時も、病める時も健やかなる時であっても、相手を愛し、敬い、慈しみ、死がふたりを分かつまで、貞操を守ることを誓いますか?」
「…………はい、誓います」
私は少しだけ迷ってしまったけれど、それでも笑顔で誓った。
神に嘘をつくなんて、許されないことだとわかっているけれど、仕方がないものね……。
「父と子と聖霊の名によって、この婚姻を宣言します。アーメン」
会場が祝福で包まれる。
皆、私達の結婚を心から祝ってくれている。
そのことが、酷く申し訳なくて、泣きそうな気持ちになった。
「それでは、指輪の交換を」
神父の問いかけで、ユージン様が指輪を丁寧な所作で手に取った。
……手が、尋常じゃないくらい震えている。
そのせいで中々私の薬指に嵌らなくて、思わずクスリと笑ってしまった。
その瞬間、ユージン様は幸せそうに微笑んで、私の指に指輪を嵌めてくれた。
____私は思わず、ユージン様のその表情に大きく心臓が跳ねてしまった。
なんだか私までドキドキしてしまって、指が震えてしまう。
そんな私に対し、ユージン様は「大丈夫だ」と小さく声を掛けてくれた。
____やめてよ、こんな時に優しくしないで。これ以上、あなたを好きにさせないで……。
私は涙が零れそうになるのをなんとか堪えながら、ユージン様の薬指に指輪を嵌めた。
ユージン様はうっとりとした表情で、自身の薬指を見つめている。
……そんな表情、初めて見たわ。
指輪の交換が無事終わったのを確認した神父が、「それでは、誓いの口付けを」と告げた。
……私とユージン様は、今まで一度も口付けを交わしたことがない。
だからきっと、今日も唇の横にキスをするとかして、誤魔化すのでしょうね。
だって、ファーストキスはビアンカに取っておきたいだろうから。
ユージン様が私のベールをそっ……と摘んで、ベールアップをした。
私は目を瞑る。
それから____私の唇に、柔らかいものが重なったのがわかった。
一瞬私には何が起こったのかわからなかった。
……けれど、まさか……これは、ユージン様の唇なの……?
思わず目を見開くと、ユージン様のペリドットのような瞳とぱちん!と目が合った。
思わず見惚れてしまうような、美しい瞳。
呆然としている私とは対照的に、ユージン様は満足気な表情をしながらゆっくりと唇を離す。
…………それからのことは、正直あまり覚えていない。
それくらい、あのキスが衝撃的すぎたのだ。
だが、なんとか式は無事に終えることが出来たのだろう。
____気付けば私は、新婦の控え室で一人ソファに腰掛けていた。




