十七話 噛み合わないプロポーズ
「こんなに気が重いお茶会は初めてだわ……」
伯爵邸へと向かう馬車に揺られながら、私は誰にも聞かれないようにぽつりと呟く。
____承諾の手紙を送ってから、ユージン様からの返事はなんとたった二日で返ってきた。
中に書いてあったのは、二行のみ。
『昔作ってくれた、あのステンドグラスのようなクッキーが食べたい』
『大事な話がある』
あまりにも脈絡がなさすぎて、一周まわって笑ってしまった。
それでも、ちゃっかり大量のクッキーを作って持参しているんだから、本当に私って単純なのかもしれない。
いえ、恋ってそういうものなのかしらね。
なんというか、人を馬鹿にさせてしまうというか……。
これが、恋は盲目ってやつかしら……。
そんなことを考えながら、小包の中に入っているクッキーを一枚取りだして、窓の外にかざしてみる。
ユージン様の瞳の色そっくりの緑色の飴。
そのクッキー越しに視える世界は、当たり前だけど緑一色で……。
まるで私の心みたいね、と思った。
いつだって私の心は、ユージン様のことでいっぱいだったもの。
不安だし、憂鬱だけど……。
でも、ユージン様に会えるのがこんなにも嬉しくて、心が弾んでいる自分がいるのも確か。
ずっと自分から断っていたくせに、虫のいい話よね。
ため息を吐いた瞬間、御者が「そろそろ着きますよ」と声を掛けてくれた。
____もう、着いてしまうのね。
馬車がゆっくりと速度を落としていって、久々に見た伯爵邸の前でぴたりと止まる。
深呼吸をしてから馬車の扉を開くと、なんとユージン様が門の前に立っていた。
「……手を」
「え? あ、ありがとう……ございます……」
……相変わらず、無愛想なお方。
でも、その手は確かに温かくて、それだけで胸が締めつけられそうになる。
「そのアメジスト、今日はつけてきてくれているんだな」
「……これは、ユージン様から直接贈っていただいた大切なものですもの」
「……そうか。なら、よかった」
ユージン様にもらった宝物は、いつしか私を守ってくれるお守りに変化していた。
悲しみも苦しみも、全てこのアメジストが吸い取ってくれる。そんな気がして。
「では……天気も良いことだし、ガゼボにセットしてあるテーブルでお茶を飲もう」
「はい。ユージン様のお好きなクッキーも沢山作って持ってまいりましたよ」
私がそう言うと、ユージン様は嬉しそうに、それでいて泣きそうな表情で微笑んだのだった。
ガゼボに到着して、ユージン様が着席したのを確認してから、私も椅子に腰かける。
私が早速持参したクッキーをお皿の上に広げると、ユージン様は心から嬉しそうな顔をして笑った。
「……緑色の飴ばかりだな」
「ユージン様のことを考えていたら、自然とこうなってしまったのです」
「そ、そうか……!」
「……他の色も混じっていた方が良かったでしょうか? ……例えば、ピンクなど……」
「いや、これでいい……じゃなくて、これがいいんだ」
ユージン様にしては珍しく、ハッキリと私を肯定してくださった。
なんだか、今日のユージン様は雰囲気が少し違う気がする。
妙に浮ついているというか……いつもより柔らかい空気を纏っている、そんな感じがするわ。
ユージン様がぱくぱくとクッキーを口に運んでいく。
……そういえば、ユージン様にクッキーを振る舞うのは、初デートの時以来ね。
その後のお茶会では、ビアンカがいる手前なんとなく恥ずかしくて作れなかったから……。
そこでふと、私はあることを思い出す。
「そういえば、大事な話とは一体なんなのですか?」
「っ、げほっ、ごほっ!!」
私がそう問いかけると、ユージン様が盛大に咽せた。
そんなに変なことを言ったかしら……と思って見守っていると、ユージン様はお茶を一気に飲み干してから立ち上がった。
それから私の隣まで移動して跪いたかと思えば、ポケットから小さな小箱を取り出した。
「その……君には随分、辛い思いをさせてしまったと思う。それでも私は、毎日君のクッキーが食べたい。……だからどうか、受け取ってくれないだろうか」
そう言ってユージン様が、小箱をパカっと開く。
中に入っていたのは……美しいピンクダイヤモンドが輝く指輪だった。
____本当は、ビアンカに渡したかったのかしら。
でも、そういうわけにもいかないものね。
なんて言っても、婚約者は私なのだから……。
私はつまり、ユージン様のお菓子担当というところかしら?
……別に、今更傷ついたりなんかしないわ。婚約破棄されなかっただけ、マシだもの。
「……ユージン様は案外、食いしん坊でいらっしゃるのですね?」
「いや、そういうわけではなくてだな……」
「いいのです。わかっていますわ。……指輪を嵌めてくださる?」
「! あぁ!」
私が答えると、ユージン様は心底幸せそうな表情をしながら、私の薬指に指輪を嵌めてくれた。
その手は微かに震えていて……別に、私相手に震える必要なんてないのにね。
ユージン様は満足そうに頷いてから、再び自席に戻った。
それから、思い出したように口を開く。
「そういえば、ビアンカは元気か?」
「……はい、とても元気です。ご心配なく」
「そうか。また子爵夫人やビアンカに挨拶をしないとな」
随分と浮かれた声で話をするユージン様とは裏腹に、私の心は重く沈んでいた。
一番幸せなはずの薬指が、重りのように感じてしまうほど。
わかっている。これは契約結婚だ。
ユージン様が覚悟を決めてくださったおかげで、私も覚悟が出来た。
____結婚式が終わったら、ちゃんと伝えよう。
『白い結婚を一年間やり過ごしたら、私とは離縁して、ビアンカと幸せになってください』……と。




