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十二話 知りたくなかった

 賑やかな街を、二人で静かに歩く。


 ……空気が重いわ。

 きっと、私が贈り物を本心から喜べていないことが伝わってしまっているのね。


 こういう時はやっぱり、私からフォローするべき……なのかしら。


 男性、それも婚約者が贈り物をしてくださったのに、喜ばないなんて淑女として良くないもの。


 そう思って、ネックレスが入った箱を持ってくれているユージン様に声をかけた。


「ユージン様、もしよろしければ……先程のネックレスを今つけたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……気に入ってくれていたのか?」

「当たり前ですわ。せっかくですから……ユージン様に、直接つけていただきたいのです」

「…………わかった、なら、そこのベンチに座ろう」


 私達はすぐ傍にあったベンチに腰掛ける。

 それから、ユージン様がネックレスを取り出した。

 私は後ろ髪をかきあげて、うなじを露出させる。


 ……なんだか、ドキドキするわ。


 少し経ってから、ユージン様の温かい手と冷たいネックレスが肌に触れた。

 くすぐったくて、思わず「ふふっ」と笑ってしまう。


「悪い、痛かったか?」

「いいえ、くすぐったくて……気にしないでくださいませ」

「そうか。…………よし、つけられたぞ」


 ユージン様が少しだけ満足気に呟いた。

 私は髪を下ろしてから、胸元を見る。


 そこには____私の瞳そっくりな、美しくて大きなアメジストが輝いていた。


「……女性にアクセサリーをつけてあげるなんて、初めてだから……もし上手く出来ていなかったらすまない」


 ____ずるいわ、ここでそういうことを言うなんて!


 私は思わず叫びたくなるのを堪えながら、にっこりと笑顔を作って話しかけた。


「いいえ、ばっちりですわ。本当に素敵なネックレス……ユージン様、ありがとうございます」

「……あぁ」


 ……さっきよりも、デートらしくなってきた気がする。

 この調子なら、このデートを良い思い出に変えられそうな気がするわ。


 そんなことを考えていた時、ぐぅ……とお腹から音が鳴った。


 私は顔が一瞬で熱くなるのを感じながら、顔を手で覆った。

 こんな赤い顔、恥ずかしくて見せられないもの。


「ご、ごめんなさい……お腹が空いてしまって……」

「……ふ、ははっ! そうだな、そろそろランチにしよう。ベルナデッタは肉料理よりも魚料理の方が好きなんだったよな」


 ____ユージン様って、そんな笑い方もするのね。


 もう何年も婚約者として過ごしてきたのに、こんな笑い方をするユージン様は初めて見たわ。


 なんだかそれだけで、さっきまでのもやもやが晴れていくみたい……。


 そんな穏やかな気持ちで、少し気になったことを尋ねてみる。


「うふふ、そうなんです、昔から魚料理が大好きで……。でも、そんなことユージン様にお伝えしていたでしょうか?」

「あぁ、ビアンカが手紙で教えてくれたんだ」

「…………え? 手紙……ですか?」


 声が震える。

 一気に頭が真っ白になりそうになるのを堪えながら、なんとか声を絞り出す。


「ビアンカとは……そんなに頻繁に手紙を送りあっているのですか……?」

「あぁ、初めて手紙を送った時から今まで、月に一度送り合っている」


 かひゅ、という音が、喉の音で鳴った気がした。


 手紙なんて、私でさえ数ヶ月に一度なのに。

 ビアンカとは、そんなに頻繁に……それも何年も送り合っていたの?


 どうして?

 なぜ?


 頭の中が疑問符でいっぱいになる。

 だめだわ、何も考えられない。


「……ベルナデッタ、泣いているのか……?」

「え?」


 ユージン様に言われて初めて、自分が涙を流していることに気付いた。

 口の中に雫が入ってきて、少ししょっぱい。


「あ、あはは……そうみたいです」

「やはり具合でも悪いのか……?」

「……はい、なんだか気分が良くなくて……ごめんなさい、私もう、帰ります……!」

「待ってくれ! 送っていく!」


 ユージン様の制止も聞かず、私は馬車の方まで走っていた。


 行きはキャントレル伯爵家の馬車に乗せていただいていたけれど、当然貴族である私たちには護衛がついている。


 その護衛が乗っていたのが、メイウェザー子爵家の馬車だ。


「はぁっ……、はぁっ……!」


 昔から足の速さには自信があった私は、一心不乱に走った。


「ベルナデッタ! 待ってくれ! そんなに走ったら身体に悪いだろう!?」


 ____後ろからそんなユージン様の声が聞こえたけど、今の私にはそれすらも辛かった。





 途中人にぶつかってしまって謝ったりしながら、なんとかメイウェザー子爵家の馬車に到着する。


 ユージン様がすぐ近くまで来ていたけれど、強引に馬車を走らせてもらった。


 だって、こんな涙でぐしゃぐしゃな顔、見せられないもの。


「私って……最悪……」


 涙声で呟きながら俯く。

 その時、私はあることに気が付いた。


「嘘……どうしてないの……?」


 ____アメジストのネックレスが、胸元からなくなっていた。


 きっと走った勢いで、落としてしまったんだわ。

 いえ、もしかしたら人にぶつかった時に外れてしまったのかも……。


 でも、そんなのどっちでもいい。

 あるのは、『プレゼントしていただいたネックレスを失くした』という事実だけ。


「本当に……本当に最悪……!」


 どうして上手くいかないんだろう。

 こんな想いをするくらいなら、恋なんて知らない方が良かった。


 そうしたら、こんなに辛い想いも知らずに済んだのに。


 この日、私は馬車の中で、初めて声を出して泣いた。


 貴族令嬢の振る舞いとして正しくないことなんてわかってる。

 でも今だけは、ただの女の子でいさせて。




 メイウェザー子爵家についた後、両親もビアンカも何も聞いてこなかった。

 私の様子を見て、気を遣ってくれたのだと思う。


 その優しさが嬉しくて、とてつもなく痛かった。


 とにかく今は誰にも、特にビアンカの顔を見るのが辛くて、その日は何も食べずにベッドで横になっていた。




 ……しかし、その日の夜のことだった。


 ____コン、コン、コン……


「お姉さま、部屋に入ってもよろしいですか……?」


 ビアンカが、部屋を尋ねてきたのである。

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