第九話
もう一度軽く説明すると、転移魔法はお互いの座標を固定していないとかなり危ない魔法だ。
壁にめり込み、最悪息ができなくなって死んでしまう。他にもでも座標の読みが甘いと、モノ同士が混ざり合ってキメラが誕生する。
人間側に転移塔が各地にあるのはこれが理由だし、魔族側にはまったく活用されていないのもこれが理由。
そして、送る一方とはいえ魔王城に好きなところに送れる魔法陣があるのは、ゼウネスの魔力量と精密さを物語っていた。
青く光る魔法陣の中央にアルトたちは立つ。フェリスが自身の杖を掲げると、底を地面に叩き鳴らした。
一瞬、視界にノイズが走るような乱れが生じる。瞬間、空気が変わった。
転移したのだとなんとなく感覚で分かる。
「なんだ?」
「だれだ!?」
遅れて誰かの声が耳に届く。アルトは確認よりも先に、剣を手に握って動いていた。
反応の遅れたローブを着た人間たちを斬っていく。
「うーわ、容赦なっ……」
マリーナの呆れた声が聞こえたが、無視することにした。
周囲の安全を確認すると、アルトは剣をしまった。
転移先は同じような遺跡だった。しかし、周りを包み込む空気の温度が少し低い。
「フェリス様、魔法陣は壊すことができますか?」
移動魔法陣に杖を掲げるフェリスは、コクリと頷いた。杖の淡い光が共鳴する。
臨界点に達すると、煙を巻き上げて爆発する。
※※※※※※※※※※
悲鳴が連鎖する。
通路を駆け、剣を振り、血飛沫を飛ばす。
一人一人の急所を的確に斬りながら、遺跡の外へと向かっていく。
「本当に元勇者何だよね……?」
マリーナの呆れた声が背後から聞こえた気がするが、アルトは気にしないことにした。
外の光に導かれるように、表へと出た。
「……っ!」
広がる光景は、包囲する教会の人間と魔族の騎士団。空に浮かぶのは、色々の属性の魔法の槍。
魔力の圧が、空気を重くしている。
攻撃の先はすべてアルトに向かっていた。
「ばかめ! あんだけ大きな音を立てたら、誰だって身構えるわ!」
誰が言った言葉かもわからない。ただ、魔法の包囲網を見あげる。
よくもまぁ──
「たった一人のために大層なことだ」
苦笑じみた言葉がもれた。
「死ね、魔族!」
同時に魔法が放たれる。すべてが折り重なり、大きな空気の変化を生む。きっと地形が変形するほどの威力だろう。
当たれば、アルトでさえただでは済まない。
当たれば──
「『防御魔法』」
フェリスの声が飛んだ。アルトの前に、薄い膜のように防御魔法が展開される。
魔法はすべてそこにぶつかり、傷一つ付くことはなかった。
「やっぱり、魔族のくせにここまで強い光魔法を展開するのって、反則だと思うんだよね〜?」
「どういう意味ですか、マリーナ?」
「……褒めてるのよ」
「え? えへへ、そうですか……」
緊張感のない二人の声が、後ろから聞こえてきた。
「フェリス様、無事でしたか」
肩越しに振り返って、彼女と視線を合わせる。嬉しそうに杖を握りしめ、尻尾を揺らす。
「はい、おかげさまで」
その横には、嫌そうに顔を歪めているマリーナがいた。
「あのさ、何でも甘々空間にするのやめてくれる? 今、敵と向き合ってる殺伐空間のはずよね?」
「はは……ごもっとも」
注意され、アルトは正面に向き直る。
魔法によって巻き上がった土煙が晴れていく。その視界の奥で、相手はみんなざわめいていた。
そりゃそうだ。あんな高密度の魔法を放ったのに、防御魔法はヒビ一つも入っていない。
「全盛期のあたしですら傷つけられなかったんだから、あんたたちでは無理よざーこ!」
マリーナの煽りに苦笑する。本当に調子に乗るときはとことん調子に乗る。
まぁ、それが彼女らしいと言えばそうなのだが。
「くっ……もう一度だ!」
再び彼らは詠唱を始める。それを待ってやるほど、アルトはお人好しではない。
地を蹴り、剣を振るっていた。
反撃する刃をかわしながら、多対一を華麗にこなしていく。
はっきり言えば蹂躙だった。自分たちの戦闘の価値観を崩された者たちは、逃げ腰になっていた。
十分もたたないうちに相手は瓦解する。数名は戦闘を放棄して逃げてしまう。
準備運動を終えたかのように軽い息をついて、アルトは剣をしまった。
「さすがです」
近づいてきたフェリスが猫のように頬擦りしてくる。尻尾はアルトの体に巻きつけてきた。
頭をなでると、喉の奥から甘えるような声を漏らす。
「……やっぱりえげつないわね。あんた、かなり強くなってない?」
呆れた様子のマリーナは、両手を後頭部で組みながら歩いてくる。
「魔族になってから、体が動きやすくて」
「うーん、まぁ男性より女性のほうがしなやかっていうし、人間よりも魔族のほうが頑丈だし。あんたの場合はそれが当てはまったんでしょうね?」
羨ましいこってっと、彼女は欠伸をしている。
勇者パーティー時代のマリーナは、積極的に魔法を使って戦闘をこなしてくれていた。しかし、今はそれをしない。
いや、できないのだろう。
人間と魔族の魔力構造は違ってくる。
アルトは得意なのが剣術だったために魔族化は活かされたが、マリーナはまったく逆のベクトルに振り切ってしまったと考えたほうがいい。
「その、すまなかったな」
今更ながら、自分たちに負けたせいで得意分野を奪われたという彼女への申し訳なさが浮かび上がってくる。
「……なにに謝ってるのよ?」
「いや、何でもない」
ジト目のマリーナからは視線をそらすように顔を背ける。
「アルト、マリーナ、行きましょう」
いつの間にか離れていたフェリスが、杖を構えながらふんすと意気揚々としていた。




