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第八話

 部屋に充満している甘い匂いは、誰しもが顔をしかめるほど濃い。

 窓をすべてカーテンでふさぎ、赤ピンク色のランプをつけて、薄煙が視界を覆う。


 その部屋のソファに金色の床までつくほどの長い髪の女性が座っていた。白いローブは、本来隠すはずのものを隠しきれていなかった。

 艶のある唇に、艶めかしい青い瞳。そのすべてを情欲で満たしそうな女だ。


彼女が聖女ラフィエ・ハイウッド。教会の権力者──と世間一般では思われてる。


 彼女は自分が堕とした北の街にある、宰相の部屋でくつろいでいた。

 床には魔族たちが目を虚ろにしながら転がっている。


「つまらないわ……」


 口から出たため息は、聖女らしからぬ色っぽさがある。


「新しい勇者は一ヶ月経っても現れないから攻めてみたけど、魔王軍が不動すぎて怖いのよねぇ……。かと言って今更引き返すこともできないし」


 悩ましげに眉毛を寄せて、ため息をつく。頬に手を当てている姿は、本気で困っている彼女のサインだ。


「前勇者は実直すぎて私の好みとは大外れだったのよねぇ。あれはあれで楽しめたけど……ねぇ、どう思う宰相?」


 彼女の足元にいる魔族の男が、「あへ」とだけ反応する。目の焦点は合わないし、口からはよだれを垂らしていた。

 完全に脳味噌の回路がイカれてしまっている。


「やぁねぇ。あんたの野望の手伝いをしてあげてるんだから、話し相手くらいにはなってよ」


 ヒールのつま先で蹴飛ばすが、反応は変わらない。

 気持ちよさそうに嗤うだけである。


「……やりすぎたわね」


 手を絡めるように上へと伸ばし、背筋をストレッチする。

 大きく息を吐いてから、体をほぐすように動かした。

 

「一ヶ月経っても勇者候補が現れてないってことは……生きているのかしら? アルベルト」



※※※※※※※※※※



 アルトは何故か謎の悪寒を感じ取った。

 周囲を見回すが、自分が倒した敵だけである。誰もいない。


 気のせいかと、首を傾げる。


 戦闘はすでに終わっていた。勝負は圧勝。服は、返り血一つもらっていない。息も切れていない。

 我ながら強くなりすぎだろと、自嘲する。


 それでもきっと、ゼウネス王には手も足も出ないんだろうなと思う。

 今や彼に剣を向ける気などないが。


 剣を前に掲げて手放すと、中空に溶けるようにして消えていった。軽いストレッチをして、体を休ませるようにほぐす。


「うっわ、本当に全滅させてるよこの魔族……」


 マリーナの呆れたような声が聞こえる。どうやら彼女たちも無事だったらしい。


 声のした方に振り返り、笑顔を向けた。


 目が合ったフェリスが駆け足で近寄ってくる。彼女はアルトの手を取り、潤んだ瞳で見上げてくる。


「怪我はないですか、アルト?」

「大丈夫です、フェリス様は?」

「私はマリーナさんが守ってくれましたから」


 どうやら本当に怪我はないらしい。安心したようにフェリスの頭を撫でた。

 彼女は気持ちよさそうに目を細めると、催促するように尻尾をゆっくりと揺らす。


「マリーナありがとうな。守ってくれて」


 顔を上げて、遠くで見ていたマリーナに軽く頭を下げる。

 すると彼女は一瞬驚いたように目を見開いた。それからすぐに顔をそらす。


「ふん、気が向いただけよ」


 そう言う彼女の尻尾は、大きく揺れている。


「……そういうことにしておくよ」

「……何よ?」

「何でも」


 本当に尻尾は厄介だと思う。感情を隠そうと思っても、すべて筒抜けなのだ。

 マリーナみたいなタイプは、きっと自分の尻尾の性質はいやで仕方ないだろう。


 それでも彼女が文句を言ってないあたり、本当に魔族の生活を楽しんでいるようだった。


「アルト、アルト……」


 苦笑していると、フェリスが服を引っ張ってくる。

 顔を合わせると少しぷくっと膨れていたが、すぐに顔を整えていた。


「移動魔法陣生きてました」

「てことは北に行けるのですね?」

「はい、ただ……」


 彼女が言い淀むのもわかる。

 この教会や魔族たちは北からやってきたのだ。つまり、移動魔法陣を使った可能性が高い。

 このまま放っておけば、まだまだ人員が投入されるだろう。


──北に行ったら壊すしかないか。ただ、それだと帰って来れなくなるな。


 大きくため息をついて、仕方ないと肩をすくめる。


「フェリス様は北の街を救いたいですか?」

「はい、救いたいです」


 その淀みない返事に、アルトは頷く。


「それじゃあ、行こうか。マリーナもそれでいいね?」

「どうせあたしの意見は取り入れないでしょ?」

「いや、嫌だったら残ってくれてもいいぞ?」


 これ以上関係のない彼女を巻き込むわけにはいかない。マリーナ自身がついてこないと決めたのなら、その意見を尊重するまでだ。

 これは強制でやる仕事ではないのだから。


「何よ何よ! ちょっとはあたしを頼りにしなさいよ!」


 不機嫌そうに彼女は地団駄を踏み始めた。どうやら頼りにしてほしかったらしい。

 アルトが苦笑していると、フェリスが近づいて彼女の手を取った。


「マリーナさん……マリーナ、頼りにしてます」


 真正面から純度百の好意を受け止めて、マリーナは固まっていた。

 フェリスは天然のたらしの才能があるなと、アルトは心の中で苦笑する。

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