第五話
体が重い。特にお腹辺りに何か乗ってるような気配を感じる。
アルトは金縛りかと、逃げるように身を捩る。しかし、上手く動かすことができない。
何だと、うっすらと目を開ける。
窓の光を背に、腹部にマリーナが馬乗りになっていた。目が合うとにやりと笑って舌舐めずりをする。
下着姿の彼女の暖かさが、直に伝わってくる。
マリーナの尻尾は挑発するように、アルトの目の前でゆらゆらと揺れていた。
一瞬、状況が理解できずに首を傾げる。
もう一度考えてみて、やっぱり理解できずに首を傾げる。
「……何してんだ?」
「え、何その淡白な反応?」
帰ってきた反応が思ってたのと違うのか、彼女は馬乗りになったまま目をきょとんとさせていた。
「ほら、もっとこう美少女に攻められてドギマギする! とか、あるでしょ?」
「ないぞ? 普通にただ起こされて迷惑なだけなんだが? ていうか、自分のこと美少女って思ってたのか?」
「う、うっさいわね」
顔を真っ赤になるマリーナは、徐々に雰囲気が縮んでいく。
自分が何をしでかそうとしてたのか、冷静になって恥ずかしくなってきたらしい。
「と、とにかく! あんたも男ならもっとこうするべき反応があるでしょ!?」
「……本当にごめんだが、なんか結構女の体に慣れてしまって密着くらいじゃ何とも思わなくなった。あと重いからどいてくれ」
「おも……っ!? それ、女の子に言っていいセリフじゃないから!?」
ギャンギャン騒ぐマリーナの後ろから、ゆらりと揺らめく影が立ち上がる。
それは頬を膨らませてるフェリスだった。
彼女は杖を振り上げると、容赦なくマリーナの頭に振り下ろした。
「朝からアルトに変なことしないでください!」
こうして、今日の朝はマリーナの悲鳴から始まった。
※※※※※※※※※※
「目的の場所は、ここから西に行けばあるはずです」
街の門前で、フェリスがふんすと張り切っている。一方のマリーナはまだ頭が痛むのか、殴られたところを擦っていた。
「あるはずって随分と曖昧ね」
「父から聞かされてるだけで、実際見たことないですから……」
マリーナの指摘に、彼女はしゅんと肩を落としてしまった。
そんなフェリスの頭を撫でながら、アルトが口を開く。
「ま、行ってみる価値はあるだろ。間違ってたらまた違う方法を考えればいいだけさ」
「違う方法って何よ?」
「マリーナを転移塔に送り込む」
「だ、か、ら、それは嫌だって言ってるでしょ!?」
怒るマリーナを無視して、フェリスに案内を頼む。
任された彼女は拳を握り、胸の前で音を立てないようにガッツポーズを小さく作った。
正直、ものすごく可愛い。持ち帰りたいぐらいだ。
先導を始めた小さな背中を追うように、アルトは歩き始める。マリーナも無視されてため息をつきながらも遅れてついて来た。
「そもそも、北を助けに行く意味あるの?」
「意味を求めるなら、フェリス様が王の娘だからだ。彼女が助けたいって言うのなら、手伝う」
「……ほんっと、アルトって昔から損な生き方してるよね」
言われ考え、苦笑する。
「昔はな。今は違うよ」
アルベルトのときは、世界を平和にするんだと息巻いていた。しかし、今は違う。
ただ一人の女の子を守れればそれでいい。
すべてを抱え込んで破滅するより、手の届くものを包み込むほうがいい。そういう生き方に変えた。
いや、変えさせられたといったほうが正しいが……。
「……アルトがその考え方ができたら、あたしも一緒に魔王と戦ったのに」
マリーナのその言葉は、聞かなかったことにした。
「こっちにあるはずです」
先行していたフェリスが脇にそれていく。けもの道すらない場所を、草木をかき分けながら進んでいく。
少し尻尾が引っかかりかけて、アルトは慎重に体の位置取りをする。後ろを振り返ると、案の定マリーナの尻尾は枝に絡まっていた。
「あーもー、面倒くさ!」
額に青筋を立てた彼女が、手を前に掲げる。すると何もない空間から、黒と白の杖が出てきた。
魔族はそれぞれ己にあった武器を作り出すことができる。所謂、固有武器というものだ。
これは市販のものと違い、自分自身の魔力が尽きない限りずっと生成できる。フェリスが握っている杖もその一種だ。
マリーナのそれは、フェリスよりも小さな片手持ちの杖だった。
禍々しさと神々しさが組み合わさっているのは、彼女自身が人間から魔族になった曖昧な存在だからだろう。
マリーナは大きく振り上げると、杖の先を地面に叩く。地割れのように光が伸びていき、周囲の草木を枯らしていった。
「ま、こんなものね」
大きく息をついてから、杖を消す。手を払うように叩いてから、満足げに腰に手を当てた。
そんなマリーナの様子をフェリスは頬を膨らませて見ている。
杖を握っている手が震えていた。
「……何よ?」
「無闇に生態系をいじらないでください」
効率と純真がぶつかり合った瞬間を、アルトは目の当たりにした気がした。




