第四話
フェリスの北方の人を助けたいという気持ちはわかるし、アルトも叶えたいと思う。ゼウネスでも彼女の意見を尊重するだろう。
しかし、現状できない大きな問題があった。
ここは南方。言ってしまえば、事件の街とはほぼ逆方向にある。今から向かったとしても、間に合わない。どころか、現在教会がそこにとどまっているかも分からない。
街角で腕をひねりながら考える。横にいるフェリスを見ると、目をキラキラさせて杖を握っていた。
彼女は助けに行く気満々である。
「マリーナがここにくるときに使った転移魔法って魔王城専用だよな?」
退屈そうに壁にもたれかかりながら欠伸をしているマリーナに尋ねる。彼女は顔を合わせることもなく「そうよ」とだけ短く答えた。
転移魔法は座標固定などの高度な技術が必要なため、一般魔法と違って気軽に使えるものではない。
魔法陣をお互いに設置して、やっと成立するのである。
ここで一番近い転移魔法の塔は、人間側所有になっている。
魔族領では基本的に魔王城にしか存在しない。しかも、一方通行でこちらからは接続できないと来た。
やはり交通の便は、教会がある人間側のほうが優位に立っている構造だった。
「なあ、マリーナ。お前が人間の転移塔を使うことはできるか?」
「できるわけないでしょ!? あたしも今は魔族なのよ!」
彼女の怒りに合わせて尻尾がピョコッと跳ねる。尻尾で感情を出すなって言ってたのはどこの誰だっただろうか。
「いや、マリーナを放り込めば何とかいけるかなって思って。ほら、天才魔術師だし」
「……くっ、分かってていってるわよね!? あたしが今魔術をあまり使えなくなってること!」
「……やっぱりダメか」
安易な考えでは行けないといったところだ。だったら、やはり占領するしかないのだろうか。
しかしそうなれば、捕まるリスクが跳ね上がる。何より、ゼウネスの思想と反して、人間と敵対することになってしまう。
頭を捻らせていると、フェリスがクイッとアルトの服の裾を引っ張った。
「転移魔法陣ならあります」
その言葉に彼女の顔を見る。その瞳には、至って真剣な光が宿っている。
「ただ、長年使われてないので……魔物の巣窟になっていると思いますが……」
最後の方の声は弱々しく、少し俯き気味だった。
※※※※※※※※※※
今日のところは結局もう一度宿屋に戻って休むことにした。
正直な話、今日は街を出て次の村を目指す予定ではあったが、そのすべてが狂ってしまった。
それに、魔物討伐が控えているのなら、朝早くから行ったほうが無難だろう。
マリーナは魔族なら魔物はどうにかなるんじゃないのかと口にしていた。かつてアルトも思った疑問である。
しかし、答えはノーである。
そもそも魔物は魔力によって自然発生する怪物たちであり、魔族とは全く関係ない。村を襲わせるなど簡易的な命令を下すことはできるが、制御は無理だ。
むしろ、魔物操作は人間のときのマリーナの方が得意であった。
そのことを聞いて、彼女は考え込むような顔をした。
今は宿屋の受付と話して、部屋を取っている最中である。
「何部屋でお泊りですか?」
受付の魔族のお姉さんが、営業スマイルで聞いてくる。アルトもにこやかに笑顔を返した。
「三名で一部屋お願いできますか?」
「わかりま──」
「えー!?」
その言葉に割り込んだのは、マリーナだ。
「アルトと同じ部屋なんてお断りなんだけど!」
心底嫌そうな顔を彼女はする。
「そもそも、男と女で同じ部屋ってありえないでしょ!」
その言葉を聞いて、受付のお姉さんは首を傾げていた。見た限りでは女しかいないのだからそれはそうだろう。
「フェリスも嫌よね?」
尋ねられ、彼女は首を小さく振った。
「私はアルトと同じ部屋がいいです」
「……え?」
「うん、じゃあマリーナだけ別部屋で二部屋お願いできますか?」
唇を噛みしめるマリーナは、手をわなわなと震わしていた。尻尾をピンと立たせて、割り込んだ。
「部屋は一つでいいから!」
前のめりになって怒鳴る彼女に、受付のお姉さんは苦笑しながら鍵を手渡した。
受け取ったマリーナはそのまま大股で先に部屋に向かっていく。
なんやかんや一人が寂しいと思うあたり、素直じゃない奴だとはアルトは思った。
「マリーナって何を考えているのでしょうか?」
「さあ……?」
正直な話、マリーナ自身こちらのことを恨んでいても仕方ない。彼女の自業自得とはいえ、嫌われても仕方ないことをしたのだから。
しかし、尋ねたら答えたりしてくるあたり、本気で嫌っているわけではないらしい。
むしろ、前よりも親密になっているような気がする。
人間から魔族に変わって何かが吹っ切れたのだろうか。それとも何か企んでいるのだろうか。
──いや、企んではいなさそうだな。
だとしたら、もう何かしら仕掛けているはずだ。
「何してんのよ! 角のベッド取っちゃうからね!?」
マリーナの声に急かされるように、アルトは歩き始める。




