第三話
ここ一ヶ月で学んだことは、魔族側の情勢はあまり良くないということ。
理由は単純。人間が絶え間なく攻めてきているため、疲弊しているのだ。しかし、現王ゼウネスはやり返すことは禁止していた。
復讐は復讐を呼び、戦争は加速するだけだという。
それにゼウネスは人間側に新たな勇者が生まれないとしている。だから、攻める必要はないとも言っていた。
勇者が生まれない理由は単純だ。“現有者であるものがまだ存続しているから”である。勇者は世界に一人しか存在できない。
まぁ、その勇者はあっさりと負けて、魔族にされているわけなのだが。
なぜ、今この話をしているのかと言うと、先ほど配られた号外に目を通しているからだ。
「『北方が人間軍による侵攻により壊滅』ね」
壊滅という言葉は、紙面に載るにしてはあまりにも軽い。
喫茶店で座りながら、見出しを見る。運ばれてきたコーヒーの香りがマリーナに対しての疲労を忘れさせてくれる。
「何々? うっわ、魔族って以外と攻められてんのねぇ」
頬をくっつけて覗き込んでくるマリーナは、呆れたため息を吐いた。
自分が勇者の頃よりも距離が近くなったのは気のせいではないだろう。男と女の距離というのがなくなったといったほうが適切か。
「これ、お前のせいでもあるんだぞ?」
「え、なんであたしのせい?」
「……お前が北方のルファ将軍を利用したからだろ」
マリーナが人間のとき、ルファ将軍とともに魔王を倒すことを画策した。フェリスを攫い、彼女を脅しの材料にしようとした。
しかし、その計画もアルトによって打ち破られたのだ。
「知らないわよそんなこと。勝手に暴走したルファが悪いんじゃない?」
「うーわ、自分のことを反省しないタイプだこれ」
「だって反省するところないもーん! それにルファを倒したのだってアルトだ──あいだ!?」
後方から頭を杖で殴られて、マリーナは昏倒する。地面に倒れた彼女を無視して、フェリスが横に寄ってきた。
椅子を詰めるように座る彼女。マリーナが加わってから、さらに距離を詰めてくるようになった気がする。
「アルト、これ助けたいです……」
号外の写真に映るのは、焼け落ちた街。そして見たことのある旗。
旗に掲げてあるのは、教会のシンボルの天使だった。それを見て思い浮かぶのは、聖女ラフィエの姿だ。
脳裏に焼きついたあの嘘くさい笑顔に、頭が痛くなってくる。
「マリーナ、一つ聞きたい」
「なによ?」
マリーナは向かいに座りながら勝手にケーキを注文して食べていた。フォークで掬うと口に運ぶ。
目を輝かせながら、これ美味しいわねって言っていた。
ちなみに彼女が頼んだのは、蜘蛛を撹拌してクリームに混ぜたケーキ。魔族の言葉がよく分からない彼女は適当に頼んだのだろう。
アルトは真実は告げないまま、本題だけ尋ねる。
「ラフィエって生きてるのか?」
聖女ラフィエは、治療に向かった先で殺されたと聞かされていた。
「生きてるわよ」
あっさり答えるマリーナに、アルトは大きくため息をつく。
「お前というラフィエといい、なんで死を偽装して抜けたんだ……」
「知らないわよ。私は魔王に殺されるのはごめんだっただけだから」
本当にこうなってくると、自分は何のために人間を護ろうと戦っていたのか分からなくなってくる。
頭を抱えていると、フェリスが腕をクイッと引っ張った。
顔を向けると、彼女は心配そうにこちらを見つめている。尻尾の先も感情を表すように震えていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。少し、考えすぎただけですから」
ニコッと心配かけまいと、笑った。しかし、フェリスに心配された事実がうれしくて、アルトの尻尾が勝手に揺れてしまう。
そのことを自覚して、顔を真っ赤に染めた。
「アルト?」
「……大丈夫です。フェリス様が可愛すぎただけです」
素直に口から出てしまった言葉に、思わず抑えた。しかし、ときはすでに遅く、フェリスは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
彼女の尻尾はピンと立ち上がってから、ヘロヘロと力が抜ける。それでも嬉しさを隠せなかったのか、ゆっくりと左右に揺れている。
「尻尾の感情表現くらい抑えれないの? 気持ち悪い」
そんな光景に水を差すのは、蜘蛛ケーキを半分ほど食べたマリーナだった。
彼女はこちらをジト目で睨みながら、もぐもぐと口を動かしている。
「ただでさえ甘々空間にうんざりなのに」
舌を出し、苦虫を噛み潰したような表情を作る。
少しカチンと来たアルトは、姿勢を正してマリーナを見つめ直した。
何かただならない気配を感じたのか、彼女は姿勢を引く。
「……マリーナ」
「な、何よ?」
「そのケーキ原材料蜘蛛だから」
瞬間、マリーナの尻尾がピンと立った。勢いよく吹き出して、口を押さえる。
立ち上がって、店員に必死の形相でトイレはどこかと尋ねてから走っていった。
「マリーナはどうしたんですか?」
不思議そうに見つめるフェリスに、アルトは苦笑する。
「自業自得さ」




