第十二話 終話
「ふ、ふふふ返せと? 何を言ってるの? アルベルトは選んだのよ」
ラフィエは笑っている。余裕を崩さない。
勝てる気でいると、フェリスでもわかる。
でも、自分は“アルトを取り戻せるなら迷わないと決めた”。
「アルベルト……やってください」
下着姿のアルトが、剣を握った。
ひどく歪な剣だ。形はほとんど保っていない。
「……っ! ほんっと、容赦ないわね!」
アルトが振り下ろした剣を、マリーナが魔法で受け止める。
しかし、一発でヒビが入るほどの高威力だ。そう何回も受け止めきれないだろう。
フェリスがアルトを正気に戻さなければならない。けど、どうやって。
自問するがわからない。わからないなら、やってみるしかない。
杖を取り出した。そこで床を強く叩く。
鈴を鳴らしたような涼やかな音が響き渡った。光の波紋が、周囲に伝播する。
「……は?」
その声を発したのは、ラフィエだった。
「い、いやいやありえない。なんであんたが“私の力を使えるのよ”?」
その言葉の意味は分からない。フェリスはただ、繰り返す。
甘い匂いも白い薄煙も濃度の高い湿った魔力も全てを吹き飛ばすつもりで。
「魔族でしょあんた? な、なんで聖女の力を使えるのよ!?」
ここで一際大きく床を打った。光の壁が周囲に広がる。
「アルトを、返して、もらいます!」
「やめ、やめろ! 今すぐそれを止めろ小娘が!」
豹変したラフィエの言葉に、マリーナが「こっわ」と笑っている気がした。
※※※※※※※※※※
甘い気配が遠のいた。代わりに、白い景色が広がった。
気がつくとアルトは、剣をマリーナの防御魔法に振り下ろしていた。
慌てて後退り、頭を抑える。
あれほどモヤがかかっていた思考が、今は綺麗になっている。何があったかは分からない。
ただ、自分は助けられたんだというその感覚だけはあった。
「頭抑えてるところ悪いけど、服着なさいよ。……女なんだからさ」
マリーナの声にやっと冷静さを取り戻し、自分の格好を見る。
褐色の肌を包んでいるのは、白いブラとパンツだけ。思わず手で隠してしまった。
「え? な、何があったんだこれ?」
「……あんたがラフィエに操られて大変だったのよ」
「ラフィエ……?」
そう言えば、最後は彼女と対峙した覚えがある。部屋を見回すと、杖を持ったフェリスの前に這いつくばる人影があった。
それへ体が溶けかけていて、苦しそうに呼吸をしてる。手を伸ばそうとするが、すぐに床に落ちた。
「なんだあれ、きも!?」
「いや、まぁ気持ちはわかるわ……。あたしも驚いたもん」
「あれ、ラフィエ?」
そう思えば、長い金髪とかは面影がある。
「そうね、どうやら本当に“造られた”聖女だったようね」
「“造られた”?」
話の意図が見えずに首を傾げていると、フェリスが振り返った。そのまま駆け寄ってくると、アルトへと抱きついてくる。
「アルト……アルトアルトアルト」
その声は涙で滲んでいた。彼女の尻尾は、激しく揺れている。
心配かけたと、アルトは彼女の頭を撫でる。
「あー……なんで、わたしがぁ……こんな目にぃ……にくぃ……私は聖女なのにぃ……」
醜い声が、“ラフィエだったもの”から発せられる。まだしがみつこうとしている彼女に、アルトはため息を漏らした。
「どうやら、お前も教会の被害者だったみたいだな……」
何があったのかは分からない。ただ、とてつもなくどす黒い何かが人間たちを覆っていることは分かった。
アルトは心の中でラフィエに向かって祈る。
「ごめんな……ありがとう」
「死に……アルベルトぉぉ……」
大きく息を吐いて、剣を振り下ろす。一撃で苦しめないように。
これ以上、尊厳を踏みにじらないように。
※※※※※※※※※※
体の重さがアルトの眠りを阻害した。真っ暗の中に、手をもがくように動かす。
その誰かの柔らかい体の感触を受けて、アルトはまたマリーナかと息をついた。
北の街の復興を手伝うことになったアルトは連日へとへとだ。教会側はある程度撤退したが、まだ裏切りの魔族の残党を倒すことに駆り出されているからだ。
だから、寝るときはゆっくりねさせてほしい。そんな気持ちでうっすらと目を開ける。
「……フェリス?」
馬乗りになっていたのはフェリスだった。伸ばしたアルトの手に指を絡めるように握る。
彼女はアルトが起きたのを確認すると、ゆっくりと覆いかぶさるように倒れかかってきた。
「おはようございます、アルト」
そう言うと、彼女は嬉しそうに頬擦りをしてくる。
少し高いフェリスの体温に、たまにはいいかとアルトはため息をつく。
「アルト、朝よ。はやく起き──」
そんなとき、ノックもしないでマリーナが入ってくる。
二人の様子を見て立ち止まった彼女は、尻尾をピンと立てていた。
「マリーナもおはようございます」
気がついたフェリスは、アルトに密着したまま挨拶をする。
そんな様子にマリーナは、わなわなと震えていた。
「フェリス! あたしのときは頭を杖で殴ったわよね!?」
「……気のせいです」
まだまだ騒がしい日は続きそうだと、アルトは苦笑した。




