第十一話
「ならん!」
王の間に響き渡るのは、堂々とした声。玉座には、見上げるほど大きな魔族が座っている。
魔王ゼウネス──魔族の頂点に立ち、我が物として君臨している絶対的な権力者。人間のあいだではそう言われている。
褐色肌の大男は、腰掛けに肘をつきながら大きくため息をついた。壮年のシワが刻まれたいかつい顔は、とてもフェリスとは親子には見えなかった。
マリーナは申し出を断られるフェリスの肩を震えるのを、後方から眺めているだけである。
「でも、私にはアルトを取り戻すことはできません……」
その声は泣きそうだ。いや、もうすでに泣いている。
「だから、我に泣きつくのか? これは、フェリスお前の問題だ。お前の従者を取り戻そうとするのに、我の力を借りるなどお門違いだ」
これは正論だ。マリーナは深くため息をついた。
そもそも、北方を壊滅させられたところで動かない魔王なのだ。娘の従者が敵に洗脳されたくらいでは動かないだろう。
彼自身そんなことくらいで動けばどうなるかわかっているのだ。
フェリスの尻尾は元気がなく垂れている。あれだけ感情表現が豊富だったのに。
「私、もうどうしたらいいかわかりません……」
「ならばアルトを倒せばいいではないか?」
「それはしたくありません!」
彼女のつよい否定に、ゼウネスは考えるように椅子に深くもたれかかった。彼は大きくため息をつく。
「一つ勘違いしているようだが、お前はその聖女とやらに負けたと思っているのか?」
「……はい」
「戦いもせずにか?」
少し考える素振りを見せてから、フェリスは深く頷く。
「…………はい」
返事を聞いたゼウネスは再び大きくため息をつく。
「お前が“模造品の聖女”なんかにやられるわけがないだろ? アルトの洗脳もお前なら解けるはずだぞ?」
「……無理です」
フェリスは自信なく否定していたが、マリーナはゼウネスの言葉に引っかかった。
聖女が模造品。それを何故ゼウネスが知っているのか?
人間の世界で崇められてきたはずの、あの聖女のことを何故そう断定できるのか?
「もしかして」
気がついたマリーナは、尻尾を立てる。
「人間の方には元から聖女はいないんじゃないの? そして、今この世界にいる聖女って──」
「……マリーナ今はまだそれ以上言うでない」
止められて、マリーナは口ごもる。
「とにかく、我は手を貸さん。よいな?」
「……わかりました」
言い切られ、肩を落としたままこちらに歩いてきた。その足取りはとてつもなく重い。
しかし、逆にマリーナは笑顔を見せていた。
「フェリス、行こうか」
彼女の目を見据えて、手を差し出す。マリーナの尻尾は嬉しそうに揺れている。
恐る恐る彼女は握ってきたが、首を傾げていた。
「行くってどこにですか?」
「もちろん、アルトを迎えにに決まってんじゃん! 大事な従者なんでしょ?」
「で、でも……」
弱気な彼女の背中を、マリーナは叩く。思わぬことに彼女はよろけていた。
「あたしはもうフェリスにつくって決めたから」
「ふぇ!? きゅ、急にどうしたんですか……!?」
「あたしは勝てる方につく、それだけよ」
その言葉はきっとフェリスには届かないだろう。そして、理解もできないだろう。
彼女がまだ“自分のことを自覚してないのだから”。
しかし、それでいい。それがフェリスの良さだと思う。
あぁ、自分もアルトに毒されたな。そう思いながらも、マリーナはゼウネスに向き直った。
「じゃあ一つだけ。私たちをあのクソったれ聖女のところに転移させてほしい」
その言葉に、ゼウネスは静かに頷く。
※※※※※※※※※※
「勇者様は生きていたんですね。私、心配したのですよ?」
ラフィエの言葉しか耳に入らない。くらくらするのは、部屋に充満する甘い匂いのせいだろうか?
アルトの思考は、もう彼女にさえ認めてもらえればいいと考えるようになっていた。
「それにしても、本当に可愛い姿になりましたね? もっとよく見せてくれませんか?」
「……わかりました」
ラフィエに言われ、上の服に手をかける。ゆっくりと脱ぎ去り、次はスカートのチャックに手をかけた。
期待に満ちた艶やかな瞳。それを満足させたい一心で、自分の肌をさらす。羞恥心はなかった。
「うん、男の頃よりもだいぶいいじゃない……あ、いいですね」
彼女が舌舐めずりをする。そんな姿をぼーっと眺めながら、下着姿で見つめるだけだった。
「何をしているんですか? 私がかわいがってあげると言っているんですよ? 早く、下着も脱いでください」
言われ、ブラジャーの紐に手をかけようとした時だった。
空間が突如歪み、マリーナとフェリスが現れる。着地に失敗したのか、二人は尻もちをついていた。
「いったぁ!? ……て、なによこれ、くっさ! きも、くっさ!」
ついてそうそう騒がしいマリーナ。一方のフェリスは、杖を手に持ってラフィエを睨む。
「……せっかく逃げ切ったのに、馬鹿な人たち」
ラフィエは心底面倒くさそうにため息をつく。
そんな彼女にフェリスは真正面から向かう。
「アルトは返してもらいます!」




