第一話
勇者アルベルトは、人間たちの平和のために魔王を討伐する存在として祀られた。
魔族は魔物をけしかけてきて、人間を滅ぼそうとしている。
そういうふうに教えられてきたのだ。
しかし、逃げる魔族を見て、子供をかばう魔族を見て、自分は本当に正しいのかと剣が鈍る。
「どういたされたのですか? 勇者様」
聖女──ラフィエが彼の両頬に手を添えて、額をひっつけて見つめてくる。
「あなた様は間違っていないのです。あれは、人の形をした獣です。私たちとは違うのです。欲望を体現し、人を襲います。あれも私たちを模倣し、同情を誘っているだけです」
言い聞かせるように、丁寧に。ゆっくりとアルベルトの心を抉るように。
彼女はただただ言葉を重ねた。
言われ、そうかと納得した。
魔族とは分かりあえない。だから、討滅すべき存在である。魔王ゼウネスを殺し、世界に平和をもたらす。
それが、勇者の務めである。
一体どれほどの魔族を屠ってきたかは分からない。彼は感情を殺し、ただ人類のために進んでいたのだ。
自分が正しい。そう言い聞かせながら。
※※※※※※※※※※
アルベルト──アルトは目を開けた。
窓から入ってくる日差しは、朝を告げている。布団の暖かさが体を離してくれない。
嫌なことを思い出したなと、頭を軽く抑える。
アルトが勇者だった頃は、聖女の言葉を信じてひたすらに突き進んでいた。心の中の違和感に気づかないふりをして。
そして魔王ゼウネスに挑み、敗北したのだ。
その結果、彼は魔族の少女にされた。さらにはそのまま、魔王の娘──フェリスの護衛を任されることになった。ほぼ、強制的だが。
そこまで思い出して、アルトは深くため息をつく。本当に勇者の自分は浅はかだったのだなと。
起きるとかかっていた布団がずれる。しかし、体にどこか重さが残ったままだった。
まさかと、視線を下げる。布団は小柄な人一人分盛り上がっていた。
めくり上げると、キャミソールにパンツという薄着姿の少女がそこにいた。
白い肌に黒い角。尾骶骨付近から生えるのは特徴的な悪魔のような尻尾。白色のショートヘアは絹のようにサラサラだ。
アルトの腰に抱きつくようにして寝ている彼女は、フェリス。まさしく魔族の王であるゼウネスの娘。
「フェリス様、またこっちのベッドに入ってきたのですか?」
優しく揺り起こすと、彼女はねむたそうに目を開ける。赤い瞳は、眠気からかぼんやりしていた。
潤いのある薄い唇は、幼さに反してどこか色気を帯びていた。
ドギマギしていた自分を戒めるように、視線をそらした。
「アルト……おはようございます」
挨拶をしながら彼女は体を起こす。ベッドの上にぺたんと座り込みながら、体を伸ばした。
胸は小柄の彼女のイメージ通りに小さい。しかし、それでもキャミソール越しに存在感は隠しきれていなかった。
「……いい加減、寝てるときに私のベッドに潜り込む癖直しましょうね?」
苦笑しながらいうと、彼女は胸の前で両手をぎゅっと握る。
「アルトと一緒に寝たいですから……」
その静かな言葉に、思わず口を抑えた。喉の奥から、感情が漏れ出そうになったからだ。
フェリスの警戒心のなさは、本当に問題だと思う。自分はもう少し王の娘だと自覚したほうがいい。
だからこそ、ゼウネスはアルトに護衛を任しているのだろう。
まぁ、元勇者に任せる采配はどうかと思うのだが……。いや、元勇者だからこそなのか。
ゼウネスのことを考えたところで、アルトにはわかりようがない。
ただ自分の使命は、この目の前の少女を守ること。そのことだけは揺るぎないと思う。
まだ眠そうに揺れている彼女を見やる。
「フェリス様、準備をしてください。そろそろ出発しますので」
すると彼女は、アルトに向かって両手を伸ばした。
首を傾げていると、フェリスはゆっくりと口を開く。
「アルトが着替えさせてください」
「んんッ゙!?」
唐突の破壊力の高い口撃に、アルトは思わず頭をベッドに打ち付けた。
正直な話、フェリスは女の子としての自覚があまりにも足りなさすぎる。彼女と旅をして、もう一ヶ月は経とうとしているが、いまだにどぎまぎさせられるのだ。
こうなってしまっては、アルトの理性を保つほうが難しくなってくる。
体は女でも心はまだ男を引きずっている部分があるから。
フェリスは手を伸ばし、待ちながら尻尾をゆらゆら揺らしている。完全に全幅の信頼をこちらへ寄越している。
これは応えるしかないなと判断して、アルトは彼女のキャミソールの裾に手を伸ばした。
そんなとき、大きな足音が二人の空間を遮る。そのままドアが開け放たれた。
「お邪魔するわね!」
ノックもせずに入ってきたのは、白いボブカットの髪に健康的な肌。ヘソ丸出しの黒い肩出しシャツに、黒いゆったりとしたホットパンツを履いた少女だった。
背後で揺れてるのは、アルトやフェリスと同じ形の尻尾である。
彼女の頭には角があり、赤い瞳がこちらを見ている。見るからに魔族の女の子は、二人の様子を見て──
「何してんの、アルベルト!?」
勇者時代のアルトの名前を叫んだ。




