切り取られる花にだって 2話(全2話)
短編3つ目
こちらで終了です。
学生たちは、事前に申請をしておけばアカデミーを出て、サルトスの街へ出ることは許されている。
申請が必須なのは、アカデミーを結界が覆っているため、勝手には出られないのだ。その昔、ルーメンが魔物に襲われた時、子供たちを集めて護ったというのがアカデミーの始まりだ。その頃から、ずっとルーメンの子供たちは、アカデミーという温室で護られている。
「あ、あの、フィオ。私、あまり持ち合わせは多くないのだけれど……」
「フラウ、これは私の趣味のものだから、当然、私が支払うわ」
「でも……これ、全部、私のって」
困惑する彼女を笑顔で黙らせると、私は支払いを済ませた。
次の目的地は、街の中央にある公園脇のカフェだ。
公園に面した席からは、色とりどりの花を見る事が出来る。フラウを連れてくるにはもってこいの場所だ。クラスメイトからこのお店の事を聞いた時から、彼女と訪れる日を、私は密かに楽しみにしていたのだ。
「フィオ、私、お化粧なんてしたことないんだけど」
「大丈夫、私がやるわ。私があなたを着飾ってみたいの。私のわがままに付き合ってくれると嬉しいのだけど……だめかしら? 」
「ずるいわ、フィオ。そんな聞き方されたら、断れないじゃない」
「ふふっ、だって、断れないように聞いたんだもの」
もう、と言って頬を膨らませたフラウを眺めながらお茶を口にする。
「それにしても、なんで私なんかをそんな着飾りたいのかしら……」
「幼い頃に見た景色を、もう一度、見たいだけよ」
「それじゃ分からないわ、フィオ」
「ここを出て、少し花を見ていかない?」
答えを言わない私に、呆れたように息を吐いたフラウ。彼女の後ろでひらひらと風に揺られた花が手を振っているように見えた。
公園に植えられた花たちは、夏が近づく気配を忍ばせた陽の光に照らされて、どこか誇らしげにも見える。その一つ一つを嬉しそうに眺めているフラウの手を取り、私はその手を繋いだまま、彼女の隣で同じように花を眺めた。
「小さい頃、両親についてお城に行った時、私は庭園で精霊を見たのよ」
「精霊……素敵! 花の精霊ね」
ぱっと顔を上げて笑顔を浮かべた彼女に、あの日の景色が重なった。
あの日、両親と共に城に行った私は、好奇心のまま歩くうちに、一人はぐれてしまった。しかし、はぐれたことにも気付かないまま進んだ先で、色とりどりの花を咲かせる庭園へとたどり着く。
屋敷の庭とは比べ物にならない広さと、花の多さにまるで自分が花の間を飛び回る蝶にでもなった気分だった。
夢中で奥へと進んでいると、ふわりふわりと辺りを舞うものに気付いた。最初は、花びらが光を反射しているのかと思ったが、そうではなかったようだ。それはただ漂っているのではなく、きちんとした意志を持っているように動いていた。
私はそれの正体が分からないまま、光が集まる場所へと近づいていく。そして、その先に見た景色に、目も、心も全てを奪われたのだ。
そこには、自分と同じ年くらいの少女が、光を纏い、花たちに話しかけている姿があった。少女が言葉を発すると、応えるように花が揺れ、光が揺れる。
少女は城に在りながら、着飾っていない。だが、自分が今まで見てきた誰よりも美しいと思った。そんな彼女が着飾ったら、どんなに美しいだろうと……そう、思わずにはいられなかった。
「綺麗……」
「えっ……あ、ご、ごめんなさい!」
「ちょっと待って……」
思わず漏れた感嘆の言葉に、彼女は驚き、慌てて駆けて行ってしまった。
あなたは誰なの? どうしてここに居るの? その光は何?
聞きたかった言葉は、何一つ、彼女には届かなかった。
「その時から、私は、魔術を真剣に習うようになったの」
王子たちに興味はなかったが、第一王子は魔術の天才だったし、第二王子にしても国中に及ぶ権力を持つ。彼らならば『庭園の精霊』を見つけられると思ったのだ。
だから、それから少しずつ王子たちの雑用をこなしながら、彼らのコネを使って、何とかアカデミーの入学前に彼女のことを探し当てた。そして彼女と同室になるためにあらゆる手を使った。
両親を説得するのは、容易かった。自立したいと言えば、個人の意思を尊重する彼らは首を横には振らない。
問題は、四人の兄と姉たち。少し年齢の離れている末っ子の私を甘やかしていたから、付き人を連れて行かないと言ったら大反対だった。
最終的には王子たちとクリスタの次男の手を借りるしかなかった。対価は……まぁ、色々。
「どうして、魔術?」
「あの光……精霊たちの言葉を聞けたら、あの子の事が聞けると思ったの……でも、精霊の言葉を聞くよりも、先に出会えたわ」
私は、握っていたフラウの手を、さらに強く握りしめた。
「フラウ、あなたに」
「わたし……?」
「あなた、小さい頃に一度だけ城に行ったって言ってたでしょう? きっとその時だわ。庭園の花たちに話しかけていたの覚えていない? そこで同じくらいの女の子に出会わなかった?」
私の言葉に訝しむような色を浮かべたフラウは、記憶を追っていくうちにそれにたどり着いたようだ。
「フィオ? もしかして、あれは貴女だったの? 貴族のお嬢様を怒らせてしまったと思って、あれからお城には行けなくなってしまって……」
フラウの話では、彼女が貴族のお嬢様を怒らせてしまったと泣きながら父親に話をしたという。そうして、彼女を守ろうとした父親は、それ以来彼女を城に連れて行かず、私のお願いで彼女を探していた王子の使いがやってきても『知らない』と答えたのだそうだ。
だけど、彼女の夢は城の庭を整えること。きちんと腕を磨けば、認められて城にも上がれるようになると思ったと。
「あぁ、なんてこと。私の所為で来られなかっただなんて」
でも、今、その誤解は解けた。
「大丈夫よ、フラウ。王子の使いは、私があなたにもう一度会いたいと思ってお願いしたものなの。決してあなたは悪いことなどしていないの。怖がらせてごめんなさい」
そういって頭を下げた私に、フラウはあわてて私の顔を上げさせた。
「だめだめ、フィオ。顔を上げて。あなたは貴族なのよ。私みたいな平民に頭を下げてはいけないわ」
「何がいけないっていうの? 貴族である前に私は貴女の友人よ。友人に悪いことをしたら謝るのは当たり前でなくて?」
「フィオ……」
困ったように俯いてしまったフィオに、私はハッとする。
それは、私が貴族だからそう言えるのだ。平民という立場の彼女が、それを簡単に受け入れる訳にはいかない。何かあった時に罰せられるのは彼女の方だ。
「フラウ、お願いがあるの。どうか、学園にいる間だけでも私を貴族の娘ではなく、ただのフィオリーレとして扱ってくれないかしら。それを理由に、決してあなたとあなたのご家族に罰を与えるということは無いと誓うわ」
そう、私は誇り高きシオナール家の娘。だが、その前にフィオリーレという一人の人間だ。
問うような視線を送れば、フラウは意を決したような顔をして、私を抱きしめた。
その身体からは、花と土の香りがする。それが、彼女との出会いの場面をさらに鮮明に思い出させる。
「フィオ、実をいうとね、怖かったのよ。あなたはやっぱり貴族のお嬢様で、私は平民で……。本来ならこんな風に言葉を交わすことも許されないわ。でも、でも……私は、あなたが、フィオリーレという女の子が大好きなの」
「……フラウ」
「だから、私のお願いを聞いて欲しいの。あのね、ここにいる間だけでもいいの。どうか、私の友達でいてくれる?」
「もちろんよ!」
そっと、彼女の背に回した腕に力を込めた時、ふわりと光の玉が周囲に舞った気がした。
それから何年も過ぎたメディウムで植物と魔術を融合させた研究が行われ、二人の女性により多くの学術発表がされるのは、また、別の話である。
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