切り取られる花にだって 1話(全2話)
短編3つ目
前の二つより後、子供たちの世代のお話になります。
あの日、城で見た景色を私はこの先も忘れることはない……
女神たちの加護が降り注ぐルーメン。
その西に位置するサルトスには、ルーメン中の子供たちが集められ、学びの機会を与えらえるアカデミーがある。大人たちはそこを『子供たちの楽園』と呼ぶ。
だけど、私にとってはただの『温室』でしかない。
そこで育てられた花たちは、時期が来れば切り取られて、決められた場所で、決められたように飾られる。そのルートを離れるには、アカデミーにいる間に特別な能力を発揮して、本当の意味で生まれや育ちとは無関係の場所へ行く資格を得る、それだけだ。
貴族の家に生まれた私は、アカデミーで九年間過ごした後、家の格に見合う他家の子息と結婚して、子を生す。それが決められた飾られ方。例外としてもっと上……王族とかそういう人たちに見初められるとか……。どちらにせよ、そこにあるのは私の意志ではない。
仕方ない? 冗談じゃないわ。
自分の結婚相手くらい自分で見つけたいし、なんなら、貴族でなくなったっていい。
とにかく、私の意志を持ってこの先の人生を歩むためには、アカデミーにいる間に、自分で道を切り開くしかない。
アカデミーにいる間に自分の力を試したいとそれらしく?両親にお願いした甲斐があって、付き人を伴わずに入学することが出来た私は、与えられた部屋に自分の荷物を入れていた。
もうそろそろ同室となる彼女がやってくるはずだ。
と、その時、控え目なノックがして、遠慮がちに扉が開かれた。
「あ、あの……初めまして。私、メディウムから来たフラウって言います。よ、よろしくお願いします」
「私もメディウムよ。フィオリーレって言うの。フィオでいいわ」
「は、はい」
「それと、同じ年だし、敬語はなしね」
きっと、彼女は私が貴族の娘だと聞かされてきたのだろう。震えているのは声だけではなかった。
そして、さらによろしくと差し出した手を取るかどうか迷っているようだ。えっと……と、彷徨う彼女の手を取り、無理やり握りしめる。ビクリと跳ねた身体は、緊張で固まった。
「私、あなたと友達になりたいと思っているの。友達に敬語なんて使わないでしょ?」
「とも……だち」
「そう、友達。出来れば、親友に」
「ほんとうに?」
「嘘は言わないわ。その証拠に付き人つけていないでしょ?」
あっと声を上げた彼女は、ふぅっと息を吐いて漸く身体の緊張を解いてくれた。そして、小さな花が咲くような笑顔を浮かべると、握った手を握り返す。
「フィオリーレ……フィオ、よろしくね」
「こちらこそよろしく、フラウ」
こうして、私たちのアカデミーでの生活が始まった。
最初のクラスは、入学前の基礎学力によって決められる。
ルーメンで生まれた全ての子供が身分も家業にもとらわれずに机を並べられるが、幼い頃から家庭教師をつけられていた貴族や商人などと、家の手伝いをしながら育った家の子供たちが同じであるはずがない。結果、必然的に、ある程度は出自にそったクラスに別けられていく。
おかげでフラウとは別のクラスとなってしまった私は、その日も退屈な教室で外を眺めていた。
アカデミーに入る前から、ある程度は親たちについて社交の場に連れ出されていたから、教室の中には何人も顔見知りはいる。話をすれば楽しいし、時間もあっという間に過ぎていくけれど、何となく、今はその輪の中に入る気になれなかった。
同じ教室には、例外というか、規格外の王族とその付き人たちが居て、それを遠目に眺める生徒たちという何時もの風景がある。
今回のファーストには、王族の中でも女神の加護を受ける正真正銘の末裔たちがフルセットで入学してきた。当然、同じ学年の子供たちは大騒ぎだが、その親たちも色めきだっていた。
私も例に漏れず、両親からはお近づきになってくるようにと言われている。その意味は、多分、見初められて来いという事なのだろう。この先、九年もあるアカデミーで、今から何をしろというのか。とは、一応、言わなかった。そこは、自分を褒めてやりたい。
決められた相手と決められた人生を歩むよりは、きっと、彼らのような王子様たちと歩む人生の方が刺激的だろう。けれど、少しだけ環境が変わるだけで、大きく変わるとは思えないのだ。
もっと幼い頃は、着飾った姿で城や社交の場に連れて行ってもらえるのが嬉しいと思っていた。その頃は、まだ王子様という存在を物語の中のそれと照らし合わせて、それなりに夢に見たものだ。
だが、大人たちの言葉が分かるようになってきたら、それは、綺麗なだけの夢物語ではない事を知ってしまった。十かそこらの少女が夢を失うには十分な現実は、実に残酷だった。
一応、彼らの名誉の為に伝えておくが、残酷な現実は、彼らとは関係のないところで繰り広げられている。
例えば、彼らの好みを家人たちは徹底的に調べ上げ、親たちは娘たちをそれに見合うように仕上げるのだ。そこに、娘たちの意志などあるはずもない。
だが、大人たちは、力ある夫の横で綺麗に着飾り笑顔を振りまく、それこそが女の幸せだと信じて疑わない。
「飾られるのをただ待つだけなんて、まっぴらごめんだわ」
小さな呟きと共にふぅっと吐いた息は、誰に見られるでもなく、何もない空に吸い込まれていった。
寮の部屋に帰ると、フラウの姿はなかった。制服が掛けられていたので、一度戻ってから出掛けたのだろう。それなら彼女の行き先はすぐに分かる。
メディウムで城の専属庭師をする家の娘であるフラウは、勉強になるからとアカデミーにある庭園の手入れを手伝っている。何より、自然と関わることが大好きなのだと語った彼女の笑顔は、そこに咲いていた花よりも可憐だった。
「フラウ? いるの?」
アカデミーの広大な敷地の中に在る庭園は、それに見合う広さで、ただ歩いて探すだけでは日が暮れてしまう。何度か彼女を探しに来て、何度もすれ違う内に、少し恥ずかしいが大きな声を出して彼女を呼んだ方が良いのだと気付いた。
「フィオ~ここよ~」
伸びやかなよく通る声が、何個も向こうの垣根の方、ひらひらと振られた手と共に聞こえた。
小さな手に不釣り合いな大きな剪定鋏を持つフラウ。そういえば、植木の手入れをしてこれからの季節に備えるのだと言っていたと思い出す。熟練した庭師になると、植木を思い通りに形作ることも可能だと言っていたか……。
「何か、形にするの?」
「まだ私には無理よ。まずは綺麗に揃える事から始めるの」
「道は長いわね」
「そうよ。だから、ここでこうして庭の勉強をさせてもらえるのはとても有難いわ」
もう終わる、という彼女の傍で、その真剣な横顔を眺める。
決して目立つ容姿ではないが、柔らかな性格がそのまま表れたような優しい顔つき。彼女を着飾らせたら、きっとどんな花よりも華やかになるのではないか、と、ふと思う。
「ふぅ、終わった。お待たせ、フィオ、帰りましょう? フィオ?」
じっと彼女の顔を眺めていた私に、不思議そうに顔を傾げるフラウ。
きっと、その唇には淡い色がいい。頬にも赤みを少し差して……。
「フラウ、週末は一緒に外出しましょう」
「えっと……朝はここを手伝う約束してるから、午後からなら」
「かまわないわ」
「何をしに行くの?」
「私だけの華を飾るためよ」
はな? と、きょとんとしたフラウの手を引き、私は寮への道のりを歩いた。
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