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7…ボルザーク(1)いつかの過去

少年は何のためらいもなくティアナに抱きついて、見上げて笑った。


「わからないか? 猫だから成長は早いだろ?」

「猫……ルイ?! そう。え、猫ってヒトになるの? そういうものなの?」

「ティア、落ち着け。きっとそんなわけない」


何がどうなっているのか不思議でならないティアナとクロードは、その後目を合わせて言葉が出なくなった。


「……よし、ひとまず分かった。ルイ、とりあえずティアから離れろ」


ルイと名乗る青年の首根っこをクロードは雑につかんで引き離そうとしたが、それに反抗したルイはティアナにますます抱きついて離れなくなってしまった。


「絶っっ対、イヤだ!! 離せ!! 何かお前嫌いだ!!」

「俺が何した?!」

「はなせっって!!」


うぐっというティアナの苦しんでいる小さな声は、残念ながら2人に届いていなさそうだ。


「分かんねぇけど、嫌いは嫌いだっ!!」


ティアナにしっかりと抱きつきながらそんなことを言うルイを見て、クロードは青筋が見えなくもない顔になり、ルイの髪をわしづかみにしてティアナから引っ剥がした。


「いってぇなっっ!!」

「うわっ! お前その姿で飛びつくなっ。噛みつくとかやめろ!!」

「ルイ!! クロの腕がっ! 離して!!」


焦ったティアナがルイに背後から抱きつくように止めると、ルイはおとなしくクロードの腕にきれいな歯型を残して口を離した。

痛がるクロードに慌てて治そうとするティアナ、ベッド奥に隠れるルイ……


「何か魔力の核が嫌いなんだよな」


そんな2人に聞こえないようにルイがポツリと言葉をこぼした。



クロードの腕を治癒し終わったあたりで、部屋の飾り棚で何かが弱く発光しているのに気付いたティアナとクロードがそちらへ振り向いた。


「杯が光ってる……?」


瞬間、クロードとティアナの周辺が強く輝き始めた。


「何っこの光!! クロ!!」

「ティア! 手を」


クロードがティアナの手をつかめたかどうかのところで、ほのかに光る杯だけが床に落ち、乾いた音を立てて転がっていった……







薄明るい景色が見えてきたので、ティアナはぼんやりと眩んでいた目が戻ってきたことが理解できた。

横たわっていたティアナが身を起こし辺りを見回してみると、自室の雰囲気は少しあるけれど全く違う部屋になっている。

横にはクロードが倒れていて、ティアナがのぞき込むと、ちょうど見えるようになったらしいクロードと目が合った。


「ここは……?」

「ティア、大丈夫?」

「ええ、クロも大丈夫? あのね、ここは私の部屋のはずなんだけど、何だかいつもと違うの。全てが新しい……恐い」


そう会話をしながらティアナとクロードは2人で部屋を見回していた。

家具や配置、何もかもが違って真新しいのだ。



バァン!!!!


突然勢いよく扉が開かれたので、ティアナもクロードも飛び上がって振り返った。


「くそっ!! あれは何なんだ!!」

「全く分からない。あんな物見たことも聞いたこともない」


激しく怒り狂っている男性と焦りながらも冷静になろうとしている男性の2人が何やら話をし始めた。

どちらも見覚えのない顔だ。


「セリーヌは知らなかったのか?」


怒っている男がティアナの方へ向いたのでギョッとしたのだが……


「もちろんよ。私も知らないわ」


セリーヌと呼ばれたティアナが平然と話し始めたのを見て、クロードが目を大きくしてティアナに視線を向けた。

しかし、もちろんティアナも状況を飲み込めていない。


「ああいった物は手引きしてないと出てこないはずなんだ。誰だ……」

「誰だクソがっ! 人とも限らねぇよな」

「落ち着け。言葉悪くなってるぞ」

「落ち着いてられっか!!」


何が起こったのかは全く分からないけれど、不測の事態が起こったのだろうことは2人の様子からよく分かる。


「……まさか神が何かしらを企んでるのか」


冷静な方の男が怒りを含めた目をしながらそうつぶやいたと同時に、クロードが足を組みドサッとソファにもたれかかった。

それに対して次はティアナが目を大きくしている。


「そんなわけないだろ。人間へは不可侵のはずだ。まぁ、あいつらが何かしらしてきたとしても俺たちが対抗できることは何一つないけどな」


クロードは自嘲気味にそういうと、ため息をついて髪をかき上げた。

その仕草はやけに色気があってティアナは視線を外したくなったけれど、やはり自分を思うように動かすことができない。

ドキドキしてしまって見ていられないくらいなのに、セリーヌと呼ばれたティアナはゆっくり歩いて近付いて、クロードの真隣にストンと座ったのだ。


近い近い!! もう心臓が出てきそうっ……


そんな意識が遠のきそうなティアナのことなんて露知らず、4人の会話はどんどんと進んでいく。


「いや……お前なら何とかなるかもしれない」

「そーいやお前いたな」

「俺は何もしない。不可侵を守っている以上はセリーヌは無事なはずだ」

「いざとなったら、私は大丈夫よ。自分の身は守るわ」

「それはダメだ」


クロードがキッパリと言い張ると、2人は気まずそうに目配せをして静かになった。


「まぁ不可侵を守りながら何とかしたいとは思ってるんだ……」

「俺らもセリーヌは大切だからな!」


そう言い残し嵐のような2人は部屋を去っていった。




「何だったの…」


ティアナは自分が自分の言葉を喋られることに気付いて、クロードの方へ振り返った。


「クロ、喋れる?」

「あ、ああ、大丈夫みたいだ。何度も話そうと思ったのに全く思うように体が動かせなかった」


理解できない状況に、2人は少しの間沈黙してしまった。


「……何故か分からないけど、今私たちは違う人物になってるのかしら」


ティアナは自分の手を上げて眺めてみたが、他人のものと変わっているように見えないので不思議そうに首を傾げた。


「姿はティアに見えるけど、他の人からは別人に見えてるってことだよな」

「私もクロはクロにしか見えないわ」


自分だけが相手の姿を見える特別な状態に、こんな事態で不謹慎だと分かっているけれど、ティアナは嬉しさを覚えてしまう。


お互い見つめ合っているような状態が続いた。


カタッ


音がしたので2人は我に返り、物音の方へゆっくりと向いた。

今は真新しく何の凹みもない壁、そこには部屋の主だろう女性の肖像画が掛けてある。


「私はあの女性になってるのかしら」

「かもしれない。壁に穴がないし全てが新しいってことは過去……だよな」


クロードが肖像画を見ながらポツリとつぶやいた。

同様に肖像画から目が離せないティアナもゆっくりと小さくうなずき、息を深く吸い込んだ。


「……他の人たちがいる時は、私たちの意思に関係なくそのままのストーリーが進む。いない時は、私たちは自由に話せる。私たちは2人でいても問題のない関係みたいね」


2人ともこの不思議な出来事を少しずつ整理しようと、真剣に目を合わせながら話し始めた。


「ああ、そしてどちらか、もしくはどちらも、皇族だろうな。皇族自体があるのかも分からない……まずは、どの時代の誰なのかを調べよう。」


「まずは私たちが誰なのかを探らなきゃ……見たことのない肖像画だから、きっとかなり昔ね」


歴史オタクの2人がすぐ分からないということは、歴史書に肖像画が残っていないくらい過去だということが確定だ。


「杯と何か関係あるのかもしれないな」

「ええ、きっと。杯が光ってここに来たもの」


ティアナとクロードはまだ例の壁を見ていた。

自分たちの知っている9つの穴があった、今は無いその場所を。



「この時代は、神が存在するのね」



そこには美しい女性が額縁の中で微笑んでいる。





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