6…皇太子と小公爵と、
皇太子ロナルドの成人は国を挙げてのお祝いを行うため、数日では終わらない。
その月は毎日が祝賀記念の何かがどこかで催されているのだ。
パーティーも然り、毎日ではないけれど毎週皇城で開催される。
普段は貴族ですらおいそれと足を踏み入れることができない城内へ、回数や日程は指定されているけれど、ほぼすべての上級から下級の貴族が招待されて入城できるようになっている。
「もう……飽きた」
げんなりとした皇太子のロナルドがポツリとつぶやくと、隣にいる姉のティアナが焦って周りをうかがいながら近付いた。
「ロン! 外で言ってはダメよ。せめて自室とか誰も居ないところでね」
「……もうウンザリ。貴族のご子息ご令嬢が次から次へと……覚えられるわけねぇし」
随分前に姉の背を抜かしたロナルドが、ティアナの頭に自分の頬を付けて寄りかかった。
すると、どこからともなく手が現れ、皇太子の頭をがっしりとつかんで引きはがした。
「口が悪くなってんなぁ」
そう言いながらしっかりと自分をつかんでくるクロードの手を振り払って、ロナルドは鼻息を荒くして言い返した。
「わーわー言いながら言い寄ってくる令嬢を良いと思うか?! そういうお前も大変だよな。さっきも囲まれてただろ」
突然知りたくもない情報を聞かされ、ティアナは一瞬世界が閉じてしまいそうになった。
「最悪だった。やっと逃げてこれた……あの香水のリンチ感が怖すぎて」
こんなクロードの些細な言葉で安心してしまうのだから、自分は何て情緒不安定なんだろうとティアナは肩を落とすしかなかった。
程なくして、2人はそれぞれの父親に呼ばれ、どちらも白目をむきながら向かった。
「その場を動かない」「何かあったら呼ぶ」をティアナにいつものように約束させたけれど……
当のティアナは手を振りながら、何度も後ろを振り返りつつ向かう2人に困ったような顔をして笑っている。
これぞ皇城のダンスホールだと言わんばかりの厳かできらびやかな内装は、どんな貴族や来賓も目を奪われる。
そんな中で皇太子のパーティーが行われているので、皆浮足立っているのだろう……気が強くなる者も出始めるもので、それをクロードもロナルドも心配しているようだ。
警備も万全、何だったら影の暗躍たちもしっかり紛れ込んでいるが存在をやたら滅多ら公にできないため命の危険がない限りは出てくることはない。
些細な事は自分でどうにかするしかないのだ。
ティアナは人を信じすぎているきらいがある出来事が過去にもあり、2人はこのような人混みに置いていくことを非常に躊躇するようになった。
「キャア!!」
どこからか小さな叫び声が上がると、皇太子とビアンキ小公爵はそれぞれ話し途中だったが即終わりの挨拶をし脇目も振らず声の方へ向かった。
「姉さん!!」
「ティア!!」
何か飲み物がかけられ、髪やドレスが滴るほど濡れている状態のティアナがそこにいた。
「えっ……皇太子殿下」
皇太子のロナルドとビアンキ小公爵が現れたことに周りがざわつき凍りついた。
やってはならない相手にやってしまったのかもしれない、と。
ティアナはロナルドを立てるために過美でない控え目な格好をしていたので、皇族の顔を知らない縁のない子息令嬢たちは彼女を皇女だと判断できなかったのかもしれない。
立ち振舞い等で見る人が見れば分かるものだが……
ティアナの現状を見たクロードが怒りの形相で若い貴族たちの方へ振り返った。
「これは誰がやった?!」
クロードが珍しく声を荒げている。
そんな様子は珍しく、今までぼう然としていたティアナが冷静になり感心して見入ってしまうくらい稀なのだ。
「誰がやったのかと聞いている」
クロードと対照的に静かに怒りを表しているロナルドが淡々と話し始めた。
「私の姉への侮辱は皇族とビアンキ公爵家へのものとして受け取る。今後一切許さない」
姉という言葉を聞いて皇女だと知りどんどん青ざめていく者たち……
ビアンキ公爵家の一人息子のクロードはどうしても冷静になれず、この状況はロナルド1人に任せた方が良いと判断して一歩下がった。
ビアンキ公爵家まで巻き込んで何を言っているのとティアナは止めたいくらいだったけれど、ロナルドとクロードの怒り具合が未だかつて見たこともないものだったので、何もできないでいた。
むしろティアナも彼ら彼女らと一緒になって恐がり始めているようにも見える。
「え、なんでティアまでおびえてるの」
「だって……」
ティアナはついに我慢していた涙を数粒こぼしてしまった。
皇族として人前で泣くことは良くないと教え込まれているティアナは、された事よりも涙を流してしまったことに動揺している。
皇族が泣いてしまうと、相手が確実に悪者になってしまい不公平になると言われているのだ。
それに気付いたクロードがティアナを自分で隠し、そっとのぞき込んだ。
「恐い目にあった?」
「ちがっ、ふ、2人が、こ、恐かったのよ」
ティアナのその発言でようやく冷静さを取り戻したクロード。
「ごめん! ティアを恐がらせるつもりじゃなくて」
クロードがティアナの隣で動揺して焦り始めたのを見て、先ほどとの豹変ぶりに周りは皆あっけに取られている。
様子の違うクロードにばかり注目がいって、涙を拭いているのは見えていないようなので結果オーライかもしれない……
涙を拭くクロードの手が優しくて、ホッとしてさらに涙があふれそうだったけれど我慢しきったティアナ。
ああ、やっぱりクロードが好き。
「……あれ? 何であんなに沈んでたのかしら」
ティアナが突然独り言を始めたので、クロードは不思議そうに顔をのぞいている。
好きなのに辛いばかりなんておかしいわ。
今のこの気持ちを大切にしたい。
楽しみたい。
辛いけど、クロが誰を好きでも良い……
クロを好きっていう今の自分の気持ちを否定したくない。
幸せに笑っているような最高な思い出を作っておきたい。
好きって、きっと、もっと幸せで楽しいことよね。
「ティア?」
独り言からずっと黙り込んでいる様子を心配したクロードが話しかけると、ティアナは我に返って笑顔で応えた。
すると、その場はうまくまとめるから2人で退場しろとロナルドが伝えてきたので、色々と察したクロードは、おとなしくエスコートして2人でティアナの部屋へ向かうことにした。
ティアナには見せられないまとめ方をするのだろうと考えながら……
部屋でソファに座って話しながらロナルドを待っていると、ロナルドらしくない勢いで扉がバンッと開いた。
「大丈夫か?? ドレスに何かかけられたって聞いたぞ!!」
そう言いながら見たこともない可愛い少年が走って入ってきた。
「「……誰?!」」




