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5…ふわっふわのパンケーキ

「いいよ、街に行こう」


ティアナは目を丸くさせている。


街にできたパンケーキという食べ物のお店に、予約を取ってでも行きたいとティアナが熱弁を振るっていると、クロードが発した一言だ。

驚いたティアナが止まっていることに全く気付かず、そのまま話し続けている。


「予約取っておくから」


クロードがそう言うと、扉をノックする音が聞こえた。

それはそろそろ時間であることを知らせるものだ。

今日はクロードに公爵家での予定があるらしく、これから帰宅しなければならないと最初に言っていた。

寂しいような、助かったような、ティアナは複雑な心境で返事をした。


廊下までクロードを見送りに行ってから、ティアナはソファに横たわってジタバタし始めた。


どうしようどうしよう2人で出掛けるなんて今までなかったわ。

デートみたいよね?!

あああ緊張する……

どうしたら良いかわからない。


予約が取れたのが3週間後で、その間ティアナは毎日ソワソワしながら考えていた。



当日はパンケーキ屋の少し変わったルールにのっとり、街娘の格好で準備をした。

「華美な服装や香水はパンケーキを運んだり食べたりの妨げになるため禁止」なのだという。


過去に本当に追い出された貴族がいて、そのせいでその日はお店がクローズしてしまったことがある。

全員が平民のパンケーキ屋がお咎めを受けるだろうと予測したのたが……皇妃がひいきにしていることが明るみになり、貴族側が追及されることになったのだ。

それ以降、皆それはそれは厳格に決まりを守っている。


なので、今ティアナは着慣れていない服を来て、そわそわしながら皇城のホールで待っている。

普段着ないものを着て、ティアナの性格上楽しいはずなのに緊張が勝っているのだ。


「ティア」


心臓が大きく飛び跳ねて、一瞬で過去最高の拍動を感じた。

自分を今こんな状態にできるのは、一人だけだ。

ティアナはできるだけ平常心でいつものように振返った。


「おはよう、クロ」

「おはよう? 今昼だけど」


ああああぁぁぁ……もうだめ。


明らかに肩を落としているティアナを見て、クロードは愉快そうに笑ってからティアナの近くへと急いだ。


全く平常心でいられないことを思い知らされたティアナは、薄ら笑いでもう逃げも隠れもできない。

とりあえずの返事をしながら、クロードの差し出す手をとって2人で馬車に乗り込んだ。

緊張しすぎているティアナはいつクロードの手を離して良いか分からず、馬車の中でずっと手を繋いでいた。


今向かっているお店は、誰も真似することができないふわっふわのパンケーキが食べられることで有名で、身分関係なく予約を取らなければならない珍しいルールでもまた然りだ。

女子友だちで行くグループが多く、男性同士はあまり見られない。

婚約者や恋人が一緒に行っているくらいだろうか。


そんなふわっふわのパンケーキについて話をしていると、クロードがお店の奥に呼ばれて席を立ったので、ティアナは1人で窓の外を眺めていた。

ふと恋人で歩いている人たちが目に映り、うらやましい気持ちでいっぱいになっている。


「ティア、お待たせ……どうした?」

「あ、いえ、ちょっと外を見てたの」


ティアナの視線の先に歩いている恋人たちがいるのにクロードが気づいて、話題はそちらの方へ移ると……

一瞬だけティアナの顔が強張った。


「え、クロは、想ってる人が、いるの? ……知らな、かった」


クロードは弱く笑って肩をすぼめた。


その反応を見るだけで、今のティアナの心はえぐられるような感覚を覚えてしまう。


「その……言えないから。完璧な高嶺の花だから」


もうできるなら聞きたくない。

胸の奥が苦しい。


「そう、それは、大変ね」


ティアナは胸の痛みを何とか抑えつけながら、平然と、いつも通りに、悲しい顔をせず……様々なことに気を付けながら話し続けた。

全ての振舞いを完璧にすることに集中し、途中からは完全に意地だった。

ただ、気を張り過ぎたことで何を話したのか全く覚えておらず、これが俗にいう嫉妬というものかと気付いたくらいだった。



その時、ふわっふわのパンケーキが可愛いオシャレなお皿に乗って運ばれてきたので、話題はそちらに移った。

やっと解放されたのにも関わらず、ティアナの心の沈み具合は戻りそうにない。


ああ、苦しいし、疲れたわ……


ティアナの精神が限界にきたのが引き金となってしまったのか、今まで必死に手を付けてこなかった感情が、隙間をついてジワジワとあふれこぼれてきた。


もうお手上げ……認めるわ。

抑えきれなくなってしまったみたい。


私はクロが好き


好きって苦しいの? こんなに辛いの?

ただ、苦しいなんて……



パンケーキは確かにふわっふわで未知の美味しさで、2人とも目を輝かせながら味わったのだけれど。


何も知らない、気付いていない状態の方がもっと美味しく感じられたかもしれない……とティアナは薄っすらと思いながら口へ運んでいた。


それでも過去1番の美味しさで持ち帰りたいくらいだったけれど、卓上に「持ち帰りはできません」と可愛いメッセージカードが飾られてあったため、断念してお店を後にした。





皇城に着いてティアナが馬車を降りると、不服そうなロナルドが待ち構えていた。

本当は一緒に行きたかったのに公務があったため断念したのだが、そもそもクロードが2人分しか予約していなかったため来れなかったのだけれど……それは本人に内緒にしている。

そんな弟の手を取りながら、ティアナは馬車の方へ振り返った。


「ありがとう。今日は楽しかったわ」


できる限りの満面の笑みで、お礼を伝えた。

胸が苦しくてそれどころではなかったけれど、そんなことは口が裂けても言えない。

何だったら今にも泣いてしまいそうだ。


「俺は……緊張してた」


緊張? いつも会ってるのに……

私の方が緊張してたと思うけど。


首を少しだけかしげているティアナの横で、ロナルドがフンッと鼻を鳴らした。


ティアナはそのまま手を振って馬車に乗っているクロードを見送り、クロードは苦笑いしながら手を振っている。


2人はお互いが見えなくなるまで手を振り続けた……





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