22…閑話休題2・クロード時々ユスラ
「これを見てどう思う? 不足はあるか?」
皇帝は1枚の地図を卓上に開いてクロードに見せた。
皇国の国防として何をどこにどう配置するかの機密情報が載っている物だ。
こんな恐れ多いものを自分に公開してしまって大丈夫なのかと戸惑いながら、地図とそれを置いている机のどちらに視線を向けて良いか分からずフリーズしてしまった。
「これを見て、お前はどう思う?」
「あの、これは……他の大人の方々には聞いたりしていないんですか?」
「ん? いいや?」
……皇帝はどこを向いているんだ?
皇帝の視線が定まらない様子を、何か面白いものがそこにあるようにクロードは興味深く観察し始めた。
いつもは凛とした雰囲気をまとっている威厳しかないような人が、今はただの人に見える。
クロードはとりあえず地図に視線を戻し、両手で地図を押さえ目の前に構えた。
よくユスラが作戦会議でやっていた恰好なのだが、クロードは気付いていない。
ユスラになった時に見た地図とはだいぶ変わってるけど……
地形のような元はやっぱり変わってないな。
昔の地図を広げて作戦を練るユスラたちのおかげで、少し懐かしさも感じながらクロードは今と昔の地形の違いを楽しんでいる。
ふと、できることならユスラに助言したいと思っていたことを思い出した。
なぜか今も昔も手を付けられていない部分があるのだ。
「皇帝陛下、この場合はこの地域に防御壁があれば良いかと。東の山脈は大丈夫に見えるのですが、この山と山のつなぎ目が……魔法が弱まるような構造になっていますね」
何食わぬ顔で地図を見つめるクロードを、皇帝は驚がくしながらゆっくりと眺めた。
「クロードよ、この地図だけでそこまで分かるのか」
「はい、このくらいなら、まぁ。でも気になるのは、こんなもんですかね」
「そうか……ああ、あれだな、前から思っていたが、お前は父親とそっくりだな」
父親よりは母親に似ているとクロードはよく言われるため、父親とはあまり似ていないと思っていた。
その言葉に驚いて地図から目を離して顔を上げると、クロードは久しぶりに皇帝と目が合った。
この国の最高権力者であると同時に、大好きなティアナの父親だということも改めて思い出してしまい、平常心を装うのに精一杯になってしまった。
つい今まで、あんなにも淡々と説明をしていたのに。
「……ええっと」
何を言われたのか一瞬で忘れてしまうくらい動揺している自分に驚きながらも、クロードは今の会話を脳内再生させていく。
「あ! 私が、ですか?」
「ああ……そっくりだ。公爵家でなければと悔やまれるが。いやそれでもダメだ。誰でもダメだ。小憎たらしいことには変わらないが」
「……はぁ」
小憎たらしい? 気のせいか単なる悪口にしか聞こえないけど。いや、やっぱりそうだよな。
ティアの父親でなければ色々とやり返してやるんだけど……
「まあ、これからもロナルドを支えてやってくれ」
「はい。それは、もちろんです」
これはいつも通りの会話の定型文だ。
「ティアナには必要以上に近付くな」
「はい?」
何で突然……?!
「今日は街の文具店へ魔道具とペンを買いに行くんだろう?」
ティアナが街へのどの店へ行くか等は皇女の外出情報として渡っているだろう。
しかし、誰と一緒に何を買うかまではティアナが伝えていないはずだ。
事細かくの報告は必要がないと端折られることが多い。
クロードはもう一度皇帝と目を合わせた。
この人はティアの親じゃなくてストーカーか何かかな?
皇帝とのあれこれから解放され、ティアナと待ち合わせになっている皇城の皇族のみ許されている外出用扉まで向かった。
扉の外側はシンプルだが美しい空間となっていて、大きな馬車が入れるエントランスになっている。
そこは許可された者が待つことができるのだが……
過去へ行くようになって、なぜかクロードとティアナは恋人であり夫婦であるユスラとセリーヌになることがある。
2人の距離が常に近いため、ティアナと近付くことが多い……というか多過ぎる。
その度にクロードは緊張してしまうのだけれど、ティアナに悟られないようにしているつもりでも色々と限界だ。
幼馴染としての近さとは違うものに憧れてはいたものの、今日も会うだけでも緊張するというのに、慣れるなんて日は永遠にこないのではないかとクロードは悩んでいる。
「クロ」
そう呼ばれるのが当たり前になっている声も、毎回特別に聞こえるのだから。
「クロ?」
ん? 何で疑問形?
「クロってば!!」
あ、本当に呼ばれてたのか!?
「ごめん! ボーっとしてた。何?」
今日はティアナと学用品を買いに街まで行くのだけれど、やはり距離は幼馴染のそれで、クロードは落ち着いているけれど、物足りなくなっている自分がいるのも確かだと気付いてしまった。
一応、両想いなんだよなぁ……
クロードは上の空でそんなことを考えながら馬車に入り、扉を閉めた。
そして無意識に流れるように先に座っていたティアナの隣に座り、寄り添って腰を抱いて足を組んだ。
「クロ?!」
「え?!?!」
ティアナはもちろんだが、それをした当の本人のクロードの方が驚いている。
窓にはカーテンがしてあり、外からは見えていないので安心はしたけれど、それどころではない。
やばい! 完全無意識だった。これユスラがやってたやつだ!!
今離れたら不自然だよなぁぁ……
「こ、これで明日の授業は大丈夫ね」
ぎこちない雰囲気のまま馬車を降りて文具店に入り、やっとのことで目的は達成された。
約束していた街で人気のアイス屋に行き、2人は座るベンチを探ているところだ。
「まだティアとの至近距離は慣れなくて……頻繁に会えるわけでもないし」
「……そうよね、いつも一緒にいれたら良いのに」
その後に小さく付け加えられたティアナの悲しそうな「ごめんなさい」に、クロードは自分の胸がキュッと締め付けられて苦しくなったのが分かった。
ティアナには仮だけれど婚約者候補がいる状態だ。
このままだと自分の気持ちは無かったことにしなければならない。
それを受け入れるべきたろうかと何度も何度も考えてきたが、やはり諦めがつかない。
どうにかならないかと考え続けてはいる。
しかし抜け道を探すにも毎回行き詰まり、その都度自分の知識不足を思い知らされる。
最後の最後まであがいてやろうとは思っているが……
クロードは大きくため息を付いて、突然のため息に気まずそうにしょんぼりしているティアナに気付かないまま、アイスを持っていない手でぼんやりとベンチへエスコートした。
ティアナが座ると迷うことなくティアナの隣にくっつくように座り、足を組んだ。
ティアナの背中に腕をやり引き寄せると、そのまま自分の頭をティアナの頭に付けて何か考え事をしている。
どれくらい経っただろう、ずっと沈黙が張り付いていた……
「?!?!」
どうやら気付いたらしいクロード、一瞬ピクリとしてから全く動けなくなり、目玉だけをキョロキョロと動かしている。
「ご……ごめん」
「え、あ、だ、だだだいじょうぶ」
小刻みに返事をするティアナだけれど、もっと前からずっと緊張していたのだから、クロードよりも非常にお疲れ気味なのが簡単に見て取れる。
ユスラはどうやって平常心でセリーヌと至近距離でいられたのか。
どう考えても慣れないんだが。
手に汗握る状態でアイスを食べ切った2人だったけれど……
いざ皇城に着きティアナが降りて離れ離れになると、それはそれでやっぱり寂しくなったとか。
俺は間違いなく今までも今もティアナが大好きで、これからも永遠に想い続ける自信しかない。




