20…ルボロ(4)何よりも大切な
「……少し休んで、話をしよう」
セリーヌとクロードの疲労具合を心配したロナルドが、静寂を破った。
ティアナはうなずくと、静かにソファに座り、困惑ぎみのロナルドと黙ったままのクロードを手招きで誘った。
「何があったんだ……」
やっと独り言をつぶやいたクロードだが、ユスラの異常すぎる怒り具合を理解しきれずにいる。
セリーヌとビアンキが部屋から出て行った後、ユスラは本気の殺意を持って切りかかっていったのをクロードは経験した。
あんなにも我を失った様に向かっていくユスラは、その時は確かに自分だったはずなのに……その時の感情はしっくりと納得ができないでいる。
まだ若く経験の浅いクロードは、もちろん今まで人に対して殺意など持ったことはない。
ティアナの婚約者候補であるヴァリンに対しては怒りこそ持ってはいるが、殺意とまではいかないのだ。
だから、クロードはあのユスラの狂気にも取れる殺意を、すぐに共感もできず消化することもできず、言葉を失っていた。
ただ、何とも表現しがたい歯がゆさが今も自分を苦しめていることだけは分かった。
余韻と言うには大き過ぎて、手に負えないと言うには軽すぎる……今のクロードでは言葉で説明することも難しい状態なのだけれど。
「自分が幼すぎるのか……悔しい」
そんなクロードの小さくて消えそうな言葉を、ティアナとロナルドは聞こえていたのか否か、返事をすることはなく、いつものように身を寄せ合って静かにソファに座った。
クロードとロナルドに挟まれつつ、ティアナはオウカとルボロのやり取りを思い出していた。
"一緒にはなれないの?"
ティアナはその時のオウカになっていたから分かる。
オウカは心の底からルボロを想っていたし、2人は確かに想い合っているように見えた。
平然を装っていたが、オウカは内心は緊張して尋ねていたことも、ルボロの返事に深く傷付いていたことも、ティアナは確信を持って理解できた。
どうして? 切なすぎるわ。
何が理由でダメだったのかしら……
オウカも経験するなんて、今いる過去に何か関わりがあるのかしら。
セリーヌとユスラのことだけでも分からないことだらけなのに、また1つ疑問が増えてしまった。
誰もが寝静まっている深夜、ルボロは庭園のベンチに腰掛けて苦しそうに目を閉じ、ある日の忌まわしい出来事を思い出していた……
あんなに必死に誰かのもとへ向かったのは悠久の時の中で初めてだった。
こんなにも苦しいものなのかと俯瞰している自分にすら嫌気が差すくらいだ。
「おいっ、ユスラ。星の塔へ……俺からは、これ以上は言えない」
息を切らし憔悴しきった形相のルボロを見るや否や、ユスラは目を大きくした。
「!! 感謝する!!」
もうユスラは走り出していて、そう言い終わる前に姿は見えなくなっていた。
それに幾分の微塵の安堵を覚えたが、やはり重苦しい気持ちは晴れない。
「間に合ってくれ……何よりも大切な、存在だったんだ」
ルボロは「自分の立場が恨めしい」とポツリとつぶやき、頭を抱えてソファにドカッと座り込んだ。
そして辛そうに大きなため息を吐いて動かなくなった。
ただ、ただ、今は大切な友人であるセリーヌの無事を祈って……
「……オウカ。頼む」
そんな祈りは、いとも簡単に踏みにじられてしまったけれど。
「オウカが好きだった花だな」
庭園は先ほどから風が吹き始め、昨日までの蒸し返すような暑さとは違い、幾分か涼しく感じられる。
色とりどりのプルメリアが風に揺れているのを、ルボロは優しく笑って眺め始めた。
この花が好きなのだと言いながら、笑顔でルボロに振り返ったオウカを、初めて愛おしいと思ってしまった日のことを思い出していた。
その花を好きだった、今はいないその人に想いを馳せて……
その姿は、神ではなくただの1人の男にしか見えない。
「ルボロ! おはよう。何しているの?」
オウカはいつも屈託のない笑顔でルボロを呼んだ。
「俺の土地に実りがあるように……人の言い方をすれば、加護を与える、ってやつだな。その準備だ」
「へぇ。本当に神様なのねぇ」
オウカは何年も前からルボロによく会いに来るけれど、ルボロが神様らしいことをするのに遭遇するのは今回が始めてだ。
ルボロが何か唱えながら歩いていくと、そこに大きな魔法陣のようなものが浮かび上がる。
解読できない文字のようなもので描かれてあるそれを、少し離れた所からオウカが興味深そうに見ていると、ルボロはゆっくりと立ち止まった。
「……あら、お気になさらず続けて」
「無理だ。100メートルくらい離れてくれ」
オウカは嬉しそうに笑いながら、首を振った。
「ここにいたいの。邪魔はしないから」
ルボロは諦めたようにため息をついて、続きを始めた。
それを描き終わった頃、ルボロがオウカを見ると、熱心に花を嗅いでいる。
「……何してるんだ。腹でも減ったか」
「違うよっ! ルボロ、この花の名前知ってる? 私この花がすっごく好きなの」
咲き誇るプルメリアを背に、笑顔のオウカが振り返って目が合った瞬間、ルボロの目が大きく開いた。
ダメだ、オウカは人間だ。
「あ、ああ、プルメリア、だな」
必死にブレーキをかけたのに。
まさかあいつがオウカを気に入ってしまうなんて思いもしなかった。
いつでも受入れられたのに。
いつもそばにいたのに。
「もう……どうすることも、できないのか」
誰もいない庭園で夜風に吹かれているルボロは、すがるように1人で話し始めた。
「諦めに似たような絶望を、いつまで感じなければならないのか……」
再びオウカの笑顔がよぎり、ゆっくりとセリーヌとユスラの異常なまでの仲睦まじい姿を思い出した。
ルボロは深いため息を1つ短くついて苦悶の表情で天を仰ぐ。
美しい夜空が、今はまぶしすぎる。
「何が神だ……結局守ることができない自分を、立場を、どうしても許すことができない」
誰も聞いていない神の懺悔が、風に吹かれ虚しく響いていく。
そんなルボロをあざ笑うかのように、心地良い風が吹いた。
「神なんて存在は無くなってしまえば良い……どうやったら終われるんだ」
無気力なルボロの声が、暗闇にかき消されていった。




