19…ルボロ(3)翻弄される
どうして、今なのかしら?
理由はよく分からないけど、私たちが過去に案内されているのよね。
セリーヌにユスラ、神話に出てくる神たち……
私たちに、誰が、何を、伝えたいのかしら。
普段ティアナは朝早く目が覚めると、1人で窓から庭園を眺めることにしているのだが。
「私の好きなアカシアが無いのね」
自分の知っているものとはやはり違う皇城の庭園をぼんやりと見ながら、今起きていることを考えていた。
考えても考えても堂々巡りにしかならない。
そういう時はだいたい、考えるための材料が揃っていないから。
思案してもほぼ意味がない、その必要な情報を得ることが優先事項なのだが、ティアナはどうしても止められないでいた。
なぜだか胸がざわついて落ち着かないのだ。
「ティア?」
一瞬ティアナの心臓が飛び跳ねて、自身も一緒に浮き上がった感覚になったけれど、頑張って何事もなかったかのように声の方へ向いた。
「クロ、おはよう」
「もう起きてたんだ?」
「え? ええ……」
先ほどとは打って変わって、クロードがそばにいるだけで心が落ち着くものなのかと驚きにも近い感情を持ちながら、でもその気持ちを隠すように、ティアナは窓ガラスに指で触れた。
「当たり前だけど私の知ってる庭園と違うのよね」
落ち着いて話をするティアナを見て、クロードは少し不服そうにしながら近付いている。
ティアナの背後に来ると、クロードはぎこちない仕草で窓ガラスにあるティアナの手に自分の手を重ね、ティアナを後ろから抱きしめた。
「少し、このままで」
今にも飛び出そうな心臓を押さえるのが精一杯で、声が出せないティアナ。
自分の自由な手をそっとクロードの腕に触れさせて小さくうなずいた。
今までのどんなことよりも緊張しているけれど、今までのどんな時よりも幸せを感じて……
このまま時間が止まってしまえば良いのに。
そう思いながら、やっと言葉が出そうになってきたので、先ほど考えていたことをクロードに聞いてもらうかと思い始めた。
コンコン
扉を叩く音が響いたので、ティアナとクロードは離れて勢いよく振り返ると、そこにはすでにロナルドが立っていた。
「距離が近すぎな気がするけど」
目が泳ぐのを一所懸命に我慢しながら、ティアナは背筋を伸ばした。
「そんなこと、ないわよ、ねえ?」
「ああ、窓の外見てただけだし」
ロナルドは2人に返事をすることなく、不機嫌そうに近付いていく。
もうティアナの目が泳ぎそうになった瞬間……
バンッッ!!!!
激しい音を立てて部屋の扉や窓といったもの全てが開いた。
クロードとロナルドがティアナを自分たちの背後に隠し臨戦態勢を取ると、暴風が起こり皇城の警戒アラートが鳴り始めた。
3人は目を開けていられないくらいだ。
「これはっ、この時代が始まったのよね?!」
ティアナが必死に2人の背中に隠れながら確認したが、2人はうなずくのに精一杯だ。
騎士たちが駆け寄ってこようにも、突風が次から次へと巻き起こっているため手こずっている。
それを見たクロードもといユスラが、片手を上げて無理をしないようにと騎士たちを制止した。
「ここは俺がやる」
敵のようなものが確認できないのにも関わらず、ユスラは両手に魔力を込め、部屋の隅から隅まで何かを描くように手をかざした。
これは……魔力?
見たことないものだわ。
現代までに消滅してしまったものかしら……
すると、部屋の隅の窓辺に人影らしきものが浮かび上がり、その場は静まり返った。
「ああ、本当、お前、邪魔だな……忌まわしき、ユスラァ」
台詞とかけ離れた美しい声が響いた刹那。
ユスラは怒りを露わに抜刀し、剣舞のように振り回し始めた。
声を聞くまいと耳に手を押し当て、見る見る青ざめていくセリーヌを、ビアンキは防御魔法で囲いながら少しずつユスラから距離を取らせ始めた。
離れることを拒否するセリーヌに「ユスラを邪魔しないためだ。頼まれてた」と優しく言いなだめ、ビアンキはユスラと一瞬だけ目を合わせた後セリーヌを連れて避難した。
セリーヌとビアンキが走っていると、庭園にルボロがいるのが見えてきた。
ビアンキを振り切って思わずセリーヌがルボロのもとへ駆け寄ると、何が起こっているか分かっているかのようにルボロは大きなため息を1つついた。
それが終わると同時に、ユスラを1人で残してしまったこと、自分が無力で悔しいこと……セリーヌは全ての感情を吐き出してしまった。
自分の頬を大粒の涙がこぼれ落ちていくことを気に留めることもなく、必死に言葉をしぼり出していく。
一通り言い終わり、自分の激しい呼吸が響くだけになった空間に気付いき、セリーヌは気まずそうに視線を足もとに下ろした。
「……ルボロには何でこんなに話せるのかしら」
素直に出てきた言葉に、セリーヌ自身も驚きながらルボロを見上げてみた。
目が合ったルボロはギョッとして、両手を上げながら一歩下がりセリーヌから距離を取った。
「本当にやめてくれ。俺がユスラに殺される」
「ああ、確実にやる」
いつの間にかセリーヌの後にはユスラが立っていて、その目はルボロを射殺さんばかりに据わっている。
「終わったのか?」
「いや、逃げられた……」
このビアンキとユスラの会話を、ルボロは怪訝そうな顔をしながら2人とセリーヌに聞こえないようにポツリとつぶやいた。
「逃げる? なぜ……そんな必要があるのか?」
のぞき込んできたセリーヌに気付き、ルボロはとっさに表情を変えユスラの方へ向いた。
「あいつの能力はどの神よりも強い。断トツだ。気を付けろよ」
そして、ルボロがいつものように言葉を選びながら話始める。
「……まぁ、俺は名前を言えないが」
「はっ。俺は言えるから、言ってやろうか」
ユスラが得意気な顔して口を開こうとした瞬間、また場面が変わった。
待って!! その先を、その名前を、聞きたいのにっっ!!
ティアナの願いも虚しく、その神の名前を聞くことは叶わなかった。
皇城にあるセリーヌとユスラの部屋に移った3人は、しばらく言葉を失っていた。
3人の話を擦り合わせなければと思うのに……
ティアナは同じ気持ちだっただろうクロードと目が合ったままフリーズしているし、ロナルドは困惑しきった顔をして2人を見ている。
……タイミングが悪すぎるわ。また分からないことだらけのまま。




