17…ルボロ(1)約束のない再会
「痛っ」
「ティア、大丈夫か」
「諦めたくないのっ! きっと大丈夫だからっ」
「いや、でも、まずくないか。無理したら……」
「大丈夫、だからっ! はやく入れて!」
ティアナの部屋の前を通り過ぎようとしていたロナルドがはたと足を止めた。
何やらティアナとクロードの不穏な会話が聞こえてきたので気が気でない。
「ティア! 待て、ちょっ……」
バンッ!!!!
扉が勢いよく開く音に、ティアナとクロードが焦って振り返った。
「ロンで良かったぁ」
「だから言っただろ、皇妃様に知られたらまずいって……」
2人の隣には、全てを諦めた顔のボルザークが横たわっている。
何だか様子がおかしい。
ロナルドが少し歩み寄りティアナとクロードの間をのぞき込むと、後半身に服を着せられているボルザークが目もうつろに特大のため息をついた。
全身スーツのようなそれは、どうやら身丈が少し短かったため、どうにかこうにか入れようと2人で試行錯誤していたところだったらしい。
「お前……太ったんじゃないか?」
「ンベエェェェエエエエ!!!!」
クロードの言葉に、ボルザークは血管が切れそうになっている。
「そういえば! さっき母さんが1時間後にボルザークの部屋に行くって言ってた……あと15分だな」
ロナルドの母といえば、ボルザークを目の中に入れても痛くないくらい溺愛している皇妃だ。
残念そうにするティアナ、その横でティアナを見て苦笑いするクロード……
ボルザークは安心したように大きく深呼吸して、立ち上がりスタスタと部屋を出ていった。
「それより、よくこんな服あったなぁ」
ボルザークが出ていくのを見守った後、ロナルドが感心しながら服を掲げた。
「なぜか歴史書の部屋にあったの」
皇城の中に許可された人間しか入ることができない図書室がある。
一般的な物よりも詳しく、何よりも事実が忠実に記し残されている貴重な歴史書のみが所蔵されている部屋だ。
先ほどクロードと2人で行き、その一角の古い忘れられた宝物庫のような物を開けてみると、色々と人が着るような物ではない衣類が出てきたとティアナは説明した。
「9着あったの」
ティアナは自室のソファの方を指差し、残り8着の服たちをロナルドに見せた。
「何か杯について出ないかと思って行ったら……」
「俺たちで読み漁ったはずだけど、それに関してだけは記憶にないんだよな」
「それにね、神についての記述がほとんど無いのは逆に変だと思ったの」
「神について、か。神は、9人だったか。姉さんの部屋の……」
「壁の穴は9つよ」
「もう1度、次は3人で行ってみよう」
歴史書の部屋にあるソファに、ティアナとクロード、ロナルド各々が本を持って横並びで座った。
いつものように幼なじみ3人で談義しているのだが、今回は初めて歴史というより神話に近い物を読んでいる。
「『9人の神を、平和のために、姿を隠させた』……何だか、誰が主語か分からない文章だわ」
「ここにはこうある『文の意味を解けば、どの神か分かるだろう』」
「何の文だ?」
「なあ、この宝物庫は誰が開けた? 魔力を込めて開けるタイプのだよな」
「俺だけど……この透明な球体に」
「これか。小さいけど、神殿の水晶に似てるよな」
ロナルドが考え込んでから、ティアナの方を見た。
以前ピンクの杯が現れたのは、ティアナの初めての魔力測定の時だったと聞いたのを思い出したのだ。
「姉さん、ちょっと触って魔力込めてみて」
ティアナが手をかざし魔力を込めると、神殿の水晶のように輝き始めた。
!!!!
まばゆい光に目がくらんだ後に、やはり期待通りの物が床に鎮座している。
「……今度は黒い杯だわ」
ティアナが指先で杯に触れた瞬間、ほのかに光を含み始めたが誰も気付けないくらいの小さな小さな光だ。
「これ、ティアの部屋の?」
「あの穴の、だろうな」
3人で杯をのぞき込んでいると、少しずつ光が強くなってきたことにティアナが気付いて目を大きくした。
「?! 待って。黒く光ってるわ!!」
「ティアこっちへ! ロン離れるな!」
何が何やら分からないロナルドを、ティアナとクロードそれぞれが両腕をつかんで離れないようにしている。
「何?! 姉さんもクロもっ、なっ……」
大きく閃光を発した後、光が消えるとともに杯に吸い込まれるように3人の姿もなくなってしまった。
そして、黒い杯が楽しそうにコロコロと回りながら転げている。
突然の突風にティアナは目を閉じ、ゆっくりと目を開けた。
「えっ……クロ? ロン?」
ティアナが周りに誰もいないことに気付いて目を大きくした。
背筋が凍えるのを感じながら、見晴らしの良いそこから周りを見渡してみるが、落ち着ける要素が何一つ無い。
当然いると思っていたクロードとロナルドがいないのだ。
山の形状や草原の雰囲気から皇城の裏手の方だと予測できたけれど、皇城そのものが無く、手付かずの自然が一帯に広がり辺りはうっそうとしている。
「これはきっと前回よりもっと昔ね。まだ皇国が始まっていない……」
まだまだ落ち着かないティアナは1人でそうつぶやき、クロードとロナルドを探そうと思った瞬間、はたと止まってしまった。
何か重たい……ティアナは両手に剣を持っているのだ。
これは何かと疑問に思ったあたりで、人影に気付いた。
「オウカ?! 何やってるんだ」
ティアナは一瞬キョトンとした後すぐに、今回はオウカという人物になっているのだろうとすぐに理解した。
「ルボロ! ねえ見てて、これ知ってる?」
オウカは両手の剣を器用に振り回し、太刀振舞いの真似事をし始めた。
「危ないからやめろ!」
ルボロは一瞬オウカを止めようとしたのに……
オウカの剣舞は、見様見真似で荒削りではあるけれど、体幹が良いのだろう振る舞いが美しい。
少しずつルボロの表情が真剣になり、ついには黙って見始めた。
オウカの着地音と剣が奏でる空を切る音で空間が満たされていき、それがルボロを心地良くさせているようだ。
時折、優しそうな笑みを浮かべながらオウカに集中している。
舞いが終わって、オウカがドヤ顔の笑顔でルボロへふり返ると、ルボロは盛大なため息をついてオウカへ近付いた。
「16歳にしてはうまいが、この部分の手はこうだ」
「え、ルボロが剣術をできたなんて……」
ルボロの少しふくよかな体型から繰り出される美しい剣舞を、オウカは大きくなった目でまじまじと真剣に見ている。
「失礼だな」
ルボロの大きな胴に抱きついて「触り心地は最高よ」とオウカはいたずらっ子のように笑った。
ため息をつきながら、ルボロは大切そうにオウカの頭をわしづかみにして引き離した。
「周りの目があるかもしれない。離れておけ」
「私たちは一緒になれないの?」
「ああ」
この胸の痛みはオウカのものね……
なぜダメなのかしら?
すると突然場面が変わり、驚く間もなくティアナは出会い頭に誰かとぶつかってしまった。
慌てて見上げて謝ると、そこには長身の恰幅のいい男性がビクともせず立っている。
あ、さっきの、ルボロ?!
「お前は……そうか、ああ、またか。また生まれ落ちたか」
ルボロは悲しそうに見つめてきた。
「どうか生き抜いてくれよ」
優しく諭すような懇願しているかのようなルボロの声が、ティアナの胸をギュッと締め付けてきた。
「私のこと? この人のこと? ……えっ」
ティアナはハッとして、大きくした目でその人物を見た。
今、自分の言葉で、当時の人物と確かに初めて会話ができたのだ。
驚いているティアナを見て、その人は寂しそうに笑っている。
少し遅れてやってきたクロードがティアナを後から抱きしめて、ティアナはそれどころではなくなってしまった。
心臓に悪いからっっ
どうやら今のやり取りを見てはいなかったユスラが……ティアナからはクロードにしか見えないけれど……身を乗り出して話し始めた。
「ルボロ! ここにいたのか。本当に人の多い所が好きだな」
ルボロは何事もなかったかのように視線をセリーヌからユスラに移した。
どうやらユスラとは顔見知りのようで、少しげんなりとした顔付きに変わってルボロの目がすわった。
「ああ、ユスラか。そろそろ建国で忙しいだろ。何か用か?」
先ほどの会話を覚えていないのだろうか……ルボロがユスラと話をし始めたのを、ティアナは訝しげに眺めている。
ルボロの発言から、前回よりも少し昔に来ているのだと理解しながら。
「少し建国について教えてもらおうかと」
「……後ろの人間は? 目の前のセリーヌは知ってるが」
「ああ、ビアンキといって俺らの幼なじみだ。信頼に足る奴だから大丈夫だ」
ユスラはロナルドをビアンキと言って紹介し始め、グイッと前へ押し出した。
ビアンキ公爵家のクロードが皇帝のユスラで、皇太子のロナルドがビアンキになるなんて、チグハグで面白くてティアナは突っ込みたいのだけれど。
セリーヌになっているため何も話せず、脳内で1人だけで寂しく楽しんでいる。
きっとロナルドが何がどうなっているのかわけが分からない状態だろう。
そう同情しながら、経験者のティアナとクロードは今回もセリーヌとユスラになっている。
ルボロはユスラやオウカと一体どんな関係なのかしら……
先ほどのオウカの胸の痛みを思い出しながら、ティアナはルボロを見た。




