16…一寸先と闇
「何があった?」
「……とりあえず出禁」
「ははっ! そんなこと知ってる。超有名だぞ。皇城内に知らない人間いないんじゃないか?」
クロードはふてくされた顔をして、大声でゲラゲラ笑っているロナルドに背を向けた。
そして当たり前のように手元にあるクッションを握って白いヤギに投げ付けた。
「ンベェェェェェェェ!!!!」
「お前は黙ってろ」
「うぉっ、母さんのヤギに……」
珍しい完全なるクロードの八つ当たりを見て、ロナルドはヤギに同情している。
皇妃お気に入りのボルザークの部屋は、暇を見つけては皇妃が来るし、ヤギというよく分からない動物の部屋だということもあって、誰も近寄ろうとも入ってこようとしないためこっそりと居るにはもってこいの場所なのだ。
そのため、クロードもロナルドも好んで入り浸るようになった。
その都度げんなりとした白いヤギが大きなため息をつくのだけれど、2人は知らん顔で座り心地の良さそうなソファに座り込む。
「いつもはあんなに冷静なクロがねぇ」
「……最初は普通に我慢できる、いやギリギリだな、そんなラインでくるのかと思ったら、即こっちが我慢できないラインをぶっちぎってきたんだぞ。外交で来てんだから、普通おとなしくギリギリを攻めてくるだけにするだろ?!」
「そもそも攻めないけどな。ギリギリならクロはかわせたよな」
「余裕だ」
「ンベェェェ」
クロードは近くに座りに来たボルザークに再びクッションを投げ付けた。
「あんなのが皇太子とか頭おかしいだろ、あの国」
「思うがままに快活に生きてるよな。姉さんが尻拭いしなきゃならなくなるのが目に見えてる」
「どうにか……」
「俺は今のところ全く思いつかない」
トゥーラン皇国とソレイユ王国の関係が深まれば互いに利益しか生まれないような絶好の相手で、年も近いし顔見知りで、これ以上の相手がいないくらい婚約を辞める理由が無いのだ。
コンコン
控え目な扉を叩く音が聞こえたので、クロードもロナルドも誰が来たか確信した。
「あ、やっぱりここに居た」
ティアナがニコニコと笑顔でボルザークに挨拶をしてから二人のもとへ向かおうとしたのに、ボルザークがティアナの服を口で掴んで離さない。
それを見たクロードが慣れた手つきでボルザークの首を腕に絡ませ、ティアナの服を奪い返した。
「友だちみたいだよな。相手ヤギだけど」
そうロナルドが感心しながら言うと、クロードが苦い顔をしながらボルザークを見た。
すると、扉を叩く音が聞こえた。「ソレイユ王国のお見送りのお時間となります」と声が続く。
ティアナが憂うつそうな表情になって、クロードとロナルドへ視線をやった。
「クロ……」
「大丈夫だから。2人で行ってきて」
「姉さん、時間だ。行こう」
「……いってくるわ」
「ああ、うん」
クロードはティアナに手を振ってからティアナとロナルドに早く行くように促した。
2人を見送った後、またソファにドカッと座りなおしたクロードは盛大なため息をついた。
それを見てボルザークもため息をついている。「ため息は周りから幸せの妖精がいなくなるのよ!」と、ブツブツ言いながら。
「本当素直じゃないわねぇ。不びんな子」
「……うるさい」
歓迎の時にはいたクロードは見送りにはおらず、もちろんNGを出されてしまったからなのだけど……見送りに集まっている高貴な面々の集まりの中、NGを出した当の本人ヴァリンがティアナをエスコートして現れた。
さすが皇太子、ヴァリンは自分が動けば常に思惑通りにいくことが当たり前なので、気にも留めていない様子だ。
ティアナは時折見せる伏せぎみの視線を悟られまいと笑顔を作っている。
歓談中に一行の準備が整い、長かった滞在ももう終わりを迎えようとしている。
トゥーラン皇国とソレイユ王国の一同が向かい合い、最後に挨拶をし始めた。
「それではまた。次は婚約者殿を連れて帰らせていただこうか」
「ははっ、ご冗談を。大切な娘なので、もう少しこちらで過ごさせたいと思っております」
ヴァリンの冗談とも本気とも取れる言葉を皇帝が軽く返して娘を守った後、ティアナが一歩前に出てお辞儀をした。
「それでは皆さま、お気を付けて」
ティアナは美しいカーテシーで挨拶をして、ソレイユ王国の一行を見送った。
馬車が見えなくなりそうな時、ティアナが大きくため息のような深呼吸をすると、隣のロナルドは素直にため息をついた。
「姉さんこれから大変だ」
「もう! 他人事だと思って……」
ロナルドに軽く肘打ちして、ティアナは今度は隠すことなく大きくため息をついた。
隣で頭をなでてくるロナルドの肩にもたれかかり、見えなくなる馬車を映している景色を恨めしそうに眺めている。
「皇女であることが嫌だと思ったのは初めてよ」
ティアナの頭をなでていた手を肩に回し、ロナルドは姉を大切そうに支えた。
「他の誰より学問もマナーも勉強しなきゃならなくても、努力してきたわ。大変だったけど嫌ではなかったもの」
「うん、見てきたよ」
ロナルドがまだ皇族教育が始まっていない時から年上のティアナは色々とたくさんの事を学んでいた。
その姿を見て、ロナルドは姉は何よりも美しい存在だと幼い頃から思ってきたのだ。
「これは努力ではどうにもならないじゃない」
「……」
何よりも美しい存在の姉は、涙も美しく在る物なのかと不謹慎にも思ってしまう。
ロナルドは罪悪感を覚えながら見入ってしまっているのだが、それよりも何よりも、自分が不甲斐ないことにイラ立ちを感じ始めた。
「ごめん姉さん……何も気の利いた言葉を出せない自分が嫌になる」
ティアナは優しく首を振って、姉思いのロナルドを嬉しそうに見やった。
皇族として求められていることの重圧、義務や人としての権利とのせめぎ合いに悩むの中、2人で支え合いながら生きてきたのだ。
お互いの唯一無二の存在として。
「ありがとう。いてくれるだけで十分よ」
今回はどう乗り越えるのか先が見えないこの事象を鑑みながら、2人は立ち尽くしている。




