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14/21

14…雨降って、

今日は朝から雨が降っている。

そこまで寒くない季節だからか、湿度が上がり不快そうな風がそよいでいる。

もちろん、皇城内は気温湿度が管理されているため、そんなことを皇女であるティアナが肌で感じることはないのだけれど。


「きっと、忙しいのよね」


自室に戻ったティアナは、ため息をつきながら昨日までに届いた封筒たちを何度も見直した。

何度も何度も……

毎日届いていたクロードからの手紙が、ここ数日手元に届いていないのだ。

ティアナはもう一度ゆっくりため息をついて、それらの束をそっと机に置いた。


コンコン

部屋の扉をノックする音で我に返ったティアナは、気丈に振舞った返事をしながら封筒たちを侍女が運び出せるようにしている。


いつもなら返事を待たずティアナから手紙を送るのだが、そんな時に限ってティアナも執務や外周が入っていて時間を取れない。

あと数日で他国からの使節団が来るそうなので、その準備もあり皇城内は人々がいつもより忙しそうに動いている。

そしてご多分に漏れずティアナも、いつもは起きて景色を楽しんでいる移動中の馬車の中で眠ってしまうくらい多忙で疲れている。


きっと公爵家の長男であるクロードも同様だろう。

手紙に時間を取れないくらい疲労しているのだろうとティアナは思いながらも、ここ最近は毎日のように会って手紙まで受け取っていたせいで、余計に寂しさを感じてしまう自分の心を持て余している。



使節団入国に係る皇族会議に出た後、ティアナは廊下で立ち止まり雨模様の庭園をボンヤリと眺めていた。


「なんだか前よりも重症みたい……」


「病気か?」


予期せぬところで声がした。

それが婚約者として内定している犬猿の仲のヴァリンの声だったので、ティアナは満身創痍の体を正して身構えた。


「あなたが何でここに」


ヴァリンは髪や服に付いた雨の粒を払いながら、あきれた顔でティアナを見下ろした。


「お前失礼だな。移動中にうなだれたお姫様が見えたから急いで生死を確認しにきてやったんだろ」


貴賓は濡れないようにと細心の注意を払われているのに、しかも他国の皇太子であるヴァリンがそれを断り雨に濡れて走っただろう姿を見て、ティアナは色々と申し訳なくなった。

ヴァリンにはもちろん、濡らさないようにしなければならない従者たちを思うと、苦笑いするしかない。


近くを通る侍女たちが、水も滴る良い男を片目にチラチラと気にしながら通っていく。

そんな様もどうでも良いくらいティアナは意気消沈している。


「……ありがとう。何とか生きてるわ」


自分のハンカチを出してヴァリンを拭きながら素直にお礼を言うティアナに、ヴァリンは一瞬目を大きくしたけれど、すぐに何かを思い付いたのか面白そうにニヤリと笑った。


「そうか。ならちょっと俺と来い」

「?!」


ヴァリンはティアナを抱き上げると、抱えたまま歩き始めた。


「下ろして! ちょっと! ひ、人が見てる、から!」


どんなに抵抗しても全くびくともしないヴァリンに力の差を思い知らされながら、ティアナはさっそうと運ばれていく。


「いつも唐突で勝手なんだからっ」

「思い立った時が、その時、だからな。"いかなる時も逃してはならない"by俺」


ティアナが大きなため息をついて脱力しているのを見て、ヴァリンは満足そうに鼻歌交じりで歩く足を速めた。

ヴァリンがティアナの留学先の学園の生徒会長をしていた時も、しばしば思いついたら即行動をしており、その思い切りの良さが生徒にうけて支持率は過去最高だった。


ただヴァリンは兄弟が多く、後継者争いを勝ち抜くためには学業だけでなく武力においても鍛錬する必要があったと、ティアナは留学中に聞いたことがあった。

それは本当だったんだと変に俯瞰して確信できるくらい全く歯が立たない。


皇城内で人という人が驚いた顔で振り返っていくのを視界の隅で確認しながら、無駄だけれどティアナの抵抗は続いている。

おとなしく運ばれてしまえば、それこそ何を噂されるか分からない。

ヴァリンの思惑通りかどうかは分からないが、機嫌が良さそうな彼の足は止まることなく、どこか分からない目的地へ進んでいく。




「昨日来た時に気に入った場所だ」


庭園の東屋に着くと、ティアナはやっと降ろされベンチに座らされた。


「で、お前はいつからうちの国に来る?」

「?! まだ決まってないじゃない」

「なぜ? もう決まりも同然だろ」


ティアナの反応が全く分からないとヴァリンは首を傾げた。


「学園も通ってるし……」

「うちの学園に通えば良い。知り合いもいるだろ?」

「待って、お願い。急すぎるわ」


雨がカーテンとなり2人の会話を消していく。


「未練ないように今回連れて帰ってやろうか」

「それはダメ! 本当に……やめて」

「……仲良しの弟たちと離れるのが嫌か」

「違うわ」

「クロは護衛にならないよなぁ。あいつ弱そうだし。俺たち夫婦の文官にするか?」

「やめて! 公爵家の一人息子だし、そんなことしても何もなっ」


ティアナの言葉を遮るように、ヴァリンはティアナに噛み付くように口づけを始めた。


「今後、俺の前でクロと話しをするな。擁護することも言うな」


先ほどと同様に全く抵抗が効かない相手になされるがままのティアナ。

時折ヴァリンを叩いてみるけれど、ヴァリンはそれすらも心地よさそうな笑みを浮かべ、ティアナの両手をつかんだ。



どれほど経っただろう。

満足したのかしていないのか、名残惜しそうにヴァリンはそっとティアナから唇を離した。

そして、まるで愛おしい恋人にするかのように、最後に優しくキスをした。

いつもと違うヴァリンの様子に戸惑うティアナは、容認できないことをされたはずなのに何も言葉が出せず、ただ自分の呼吸を整えることしかできない。


「俺はお前との婚約を喜んで受け入れる。会いたかった、ずっと。よろしくな婚約者殿」


そう言い終わるのと同時くらいに、ヴァリンのブレスレットが光始め、持ち主をゲンナリとさせた。


「時間か……悪いが部屋まで送れないな。またな」


息の乱れたティアナを残し、ヴァリンは舌打ちと同時にどこかへと消え去っていった。

ティアナはただ唇を押さえ、その様子を眺め続けるしかない。

雨音が大きな音を立てているのに、自分の上がった息の方がうるさく感じ始めた。


「……最悪」


にじむ世界を見つめながら、ティアナは小声でつぶやいた。


魔法によって濡れないはずの東屋なのに。

降り止まない雨なのか、こぼれ始めた涙なのか。







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