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13…婚約者(仮)

「ようこそ、お待ちしておりました」


ティアナの父つまり皇帝が、かしこまった装いで相手側へ手を差し出して挨拶した。

異国のきらびやかな正装をしているであろう者たちが、朗らかな雰囲気でその様子を楽しんでいる。

皇帝の挨拶に応えて握手した相手は旧知の仲らしく、親しそうに話し始めた。

その後ろで皇族一同と主立つ貴族たちが並んでいて、そうそうたるメンバーが集合している。


貴賓室でも最上級のもてなしが用意されているその広間で、トゥーラン皇国の面々が迎えている。

そして次に、異国の立派な正装を着こなしている1人の青年が、見とれるくらいきれいな礼をした。


「ヴァリン・ソレイユと申します。これから2ヶ月ほど皇城で学ばせていただきます。どうぞよろしくお願いします」


声と名前を聞いた途端、今まで下を向いていたティアナが顔を上げて表情が急変した。


「ヴァリン……」

「よっ」


驚いた顔をしているティアナを見て、ヴァリンと呼ばれた青年がニヤリとしたり顔で笑った。


「……ティアナ様、お知り合いですか?」


隣にいるクロードが不思議そうにしてティアナをのぞき込んでいる。


「留学の時にちょっと」

「ちょっとの関係じゃねぇだろ」

「ちょっと以外何もないわ」


訳ありげな2人のやり取りを、面白くなさそうにクロードが眺めている。

ティアナの反対の隣にいる皇太子ロナルドがそれに気付いて、ティアナの後ろからクロードを突いた。


そんな2人のやり取りに全く気付いていないティアナは、親しそうにしないでよ! とでも言いたそうな表情でヴァリンの方へ目配せしているところだ。

それを皇帝を除いた各国の要人たちはほほ笑みながら眺めている。


ティアナやその他の者たちの様子が伝わったかどうかは分からないが、ヴァリンはよそ行きの顔でほほ笑んだ。


「お久しぶりです。これからよろしく」


ティアナは咳払いをして姿勢を正した。

そして、トゥーラン皇国で美しさが随一だと言われている略式カーテシーで挨拶を行い、ソレイユ王国の使節団を魅了した。


クロードもロナルドも「見せなくて良いのに」と意見を一致させ、ティアナの両隣りでブツブツ言っているのだが。

皇帝がもっとひどい顔をしているのを皇妃があきれてため息をついて



大人たちは大人たちの話合いがあるので、その間にヴァリンをもてなすよう仰せつかった同世代の3人。

お茶の準備ができている別の貴賓室に到着したところだ。


「来て欲しいって言うから来てやったのに」


ティアナはギョッとしてヴァリンをにらんだ。


「やめて?! 頼んでないわ。あなたが婚約者なんて私は本当に初耳だったのよ」






「はじめまして、皇太子殿下。姉君が留学に来られた時にお話をうかがっています。で、お前が……クロか」


他国の皇太子に突然自分の愛称を呼ばれ、驚きで目が大きくなったクロードは同じくらい長身のヴァリンと目を合わせ、そしてすぐさまティアナの方を振り返った。


「可愛い2人の弟くん、だな」


わざとらしく聞こえるように放たれたヴァリンの言葉で、背を向けている状態でクロードの眉間にシワがよった。

寄ったシワは一瞬で戻したが、やはりイラつきは隠せないでいる。

何とか表情を戻したクロードが、一呼吸おいてヴァリンの方へ向き直した。


「はじめまして。ビアンキ公爵家長男、クロード・ビアンキと申します」


挨拶の後に丁寧なお辞儀を披露すると、ヴァリンはわざとらしく拍手をし始めた。


「へぇ、あのビアンキ公爵家か……」


あの、という言葉にクロードが引っかかるような反応をしたのに気付き、ヴァリンは意味深な笑みを返した。


「ああ、失礼。よろしく」


意味がわからないとクロードは首を傾げながら、ヴァリンから差し出された手と握手をした。

鍛えていない自分の手とは違う強い手を一べつして、クロードは爽やかに笑みを浮かべた。


「ティアナ行くぞ」

「ちょっ、どこへ?!」


とりあえずの握手が終わると否や、ヴァリンはさっさとティアナの腰に手を回して歩き始めた。

突然連れて行かれたことに、ティアナは意味が分からずヴァリンを離そうとするけれど全く歯が立たない。


「庭園。案内してくれるっつってたろ」

「いつの話よ! 覚えてなっ、止まってよ、ちょっと!」



冷めた目のクロードとロナルドが立ち尽くし、遠く見えなくなっていく2人から視線をそらせないでいる。

他国からの貴賓、しかもティアナの仮婚約者ヴァリンを咎めるなんてできないのだ。


「凄いのが来たな……大丈夫かクロ」

「大丈夫に見えるか?」


まっすぐ見ていたロナルドが、ふと隣りのクロードの方を向くと、一瞬で目が大きくなった。


「あーいや全然……悪かった」


ロナルドが思わず謝ってしまうほど、今のクロードは凄まじい形相をしているらしい。

皇城の従者が現れ次の予定の時間だと告げたので、気まずそうなロナルドはクロードにそっと挨拶をしてその場を後にした。






「……何なんだアイツ! 出だしからケンカ売ってくるとか。クッソッ!! 何でよりによって他国の皇太子なんだよ」


怒り心頭のクロードの前には、さっきから何度も大きなため息をついている白いヤギが白目をむきそうになりながら傾いて座っている。


「聞いてんのか」

「ああ?! 何度も、何度も何度も何度も! 聞いてやってるわよ!」

「……」

「グチグチグチグチグチグチグチグチ、さっきから聞かされるこっちの身にもなりなさいよ! 何でここにいるの、お前は!」


ロナルドが去った後、クロードはなぜか迷うことなくボルザークの部屋に行き、先ほどの一部始終を事細かに説明して止まらない愚痴を何度も聞かせていたのだ。


「お前は……暇だろ」

「ムカつくわね。こっちはこっちでヤギとして反すうしたり忙しいのよ。あーもう! お姫様を諦めたら?」

「……諦められるなら、もうとっくに諦めてる」

「ああ、諦める事を諦めたってやつね」


鼻で笑うボルザークの言葉を聞いてムスッとふて腐れたクロードは、傍にあった数個のクッションを1つ取ってヤギの顔面に投げつけた。


「いっでっ! んまー! 動物虐待よ。私を可愛がってる皇妃に言ってやるわよ」


先日、白いヤギを見た瞬間に目を輝かせた皇妃が、それはそれは大切に世話をさせているのだ。

怪我をしないようにとそこら中にクッションを置いているが、さすがのボルザークも皇妃の好意を無下にできず、つまづきやすいとは言いきれていないらしい。


ヤギを飼うのが長年の夢だったとか皇妃が言うのを、驚く面々の中で皇帝は唯一嬉しそうに聞いていた。

高貴な身分だった皇妃が、なぜ家畜のヤギを知っているのかクロードは疑問に思ったけれど、皇帝は何も聞かず皇妃に寄り添っていたとか。


「あ、そろそろ父上のとこに行かないと」


時計を見たクロードがスッと立ち上がりボルザークに手を振って、トボトボと歩いて扉に向かった。



「はぁあ、本当にそっくりなんだから。似るのは核だけにしなさいよ」


ボルザークはそう小さく呟いて、クッションにボフッと頭を乗せ、最後に特大なため息をついた。

やれやれとクロードの背中を見送っている。




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