11…閑話休題1・ふわっふわのパンケーキ【Sideクロード】
「クロちゃん! こっちこっち!」
クロードが朝から父親の用事に付いて皇城へ来たが、今は1人で廊下を歩いている時だった。
そこに普通にいてはならない人が見えて一瞬で身体がこわばった。
一対一で会ったことのない、そんなことできるはずのない相手がこちらを見て、よく分からないが小声で自分を呼んでいる。
「びっビアンキ公爵家クロードが皇妃殿下にご」
「ストップ! お硬い挨拶はなしで。早くこちらに」
この状況を信じられないクロードは、慌てながら周りをキョロキョロして、これぞ挙動不審だといえる様子だ。
皇族専用の廊下から皇妃が身を隠しながら手招きしているのだ。
あまりのクロードの慌てぶりに、皇妃は業を煮やしてクロードの腕をそっとつかんで誘導した。
「クロちゃん、今日は午後からティアナとパンケーキ屋さんに行くのよね?」
「え……あ、はい」
ティアナの予定なので皇妃も認知しているのだろうとすぐ分かったけれど、なぜ皇妃が直々にそんなことを聞いてくるのかクロードには皆目見当が付かない。
「これを店長に直接渡してほしいの」
「……? これは、紙、ですか?」
皇妃から手渡された物は、細かい紙細工のような物で紙できれいにハートの形を折っているのだ。
「ふふ……見たことないわよね。私が折った手紙なの。誰にも言わないでね。夫も知らないから」
「えっ……」
「あ、大丈夫よ。店長はね。私のお友だちで女性だから」
皇妃が平民を友だちということも、この紙細工を皇妃が作ったということも、クロードは信じきれていない。
職人技のようなそれは、皇妃が作るものではないのだ。
クロードが手のひらの上にある紙でできたハートをマジマジと見ていると、皇妃は苦笑いしながら話し始めた。
「クロちゃんは本当にイケメンに育ったわよねぇ。ティアナをお嫁さんにしてもらえたら良かったのに! 本当に残念だわ。何なのあのクソ頑固おやじ。権力の関係なんてクソく……」
「クソ……」
「あら、やだ! ごめんなさいねぇ。イラつくと、ちょっと昔の喋り方が出ちゃうのよねぇ」
「イラつ……」
困ったように笑う皇妃と向かい合い、聞いてはならないだろうことを聞いてしまったような気がするクロードは脳内パニックだ。
皇妃は生まれも育ちも高貴なはずなのに、なぜそんな話し方ができるのか全く分からなかった。
パンケーキ屋に向かう馬車では、ティアナが手を離さずにいたおかげで緊張ゲージが上がっていくし、母娘で組んで策略にはめてきてるのかと疑いたくなることばかりだ。
ティアナとお店に入って少し座っていると、従業員から声をかけられ裏に通された。
「カリンさん! こちらの方です……」
「はじめまして。クロード・ビアンキと申します。皇妃殿下から預かっている物です」
「あら、ありがとう」
カリンと呼ばれた女性はどうやら店長で、女性としては長身で少しかっぷくが良く短髪が健康的に見える。
すると、カリンは何のためらいもなく、きれいにハート型に折ってある紙をスルスルと解き、1枚の紙にした。
少し読むとクロードの方に視線をやって、ニヤリと笑ってから、その後また真剣な顔になり手紙へ目線を落とした。
クロードは嫌でも自分のことが書いてあることが分かったのだが。
その中身が気になるような、聞きたくないような。
「……ふむ」
どうやら読み終わったらしく、カリンはさっさと紙を元のハートに戻した。
その様を食い入るように見るクロード。
一瞬だけカリンの持つ紙の中身が見えたのだが、幾多の国言葉を習っているクロードですら知らない文字で、暗号のようなそれは全く分からなかった。
スラスラと読み内容を理解するということは、ほぼ母国語もしくは公用語のような日常で使っている言葉でしかありえない。
そんな対応をカリンは見せたのだ。
「隠密……」
「ん? えええ?!」
思わず出たクロードの不穏な言葉を聞いて、カリンは目を丸くした後に大爆笑をしながらクロードの細い肩をバシバシ叩いた。
「あははっ、そんなんじゃないのよ。私たち大昔にちょっと、ね」
「大昔、ですか」
「ええ。生まれるもーーっと前。皇女がボタンでなくて私がカリンでない時……何言ってるか分かんないか! ははっ」
カリンの迫力に気圧されているのか理解しきれていないのか、とにかく困惑しているクロードの顔を見て、カリンは少し姿勢を直して話始めた。
「まぁ、あれだわ。皇女様とちゃんと予約取ってくれてありがとう。偉い人が決まり事を守ってくれれば、下々も見習ってちゃんとするから良いことなのよ」
「いえ、決まりは大切なので」
「あら率先垂範ってやつね」
「……? どこかの言葉ですか?」
「さあ。どこかしらね」
カリンは「楽しんで」と言い残してニコニコと楽しそうに奥へと消えていった。
クロードは大きく深呼吸をして、ティアナの方へ戻ったのだけど。
恋人たちを見ているティアナを見て、そういった話題になり、クロードのキャパオーバーになって動揺してしまった結果の出た言葉が……
「高嶺の花だから」
そう言ってみたものの、これは肝心のティアナに全く届いていないらしいことは即分かった。
むしろ別人のことだと受け取られているかもしれない……まずい、と。
何でこうなるんだ……
気持ちくらいは伝えたいと思っているのに、いつも言葉にできない。
幼い頃から一緒にいるのが普通で、改まって好きだと言う機会をつくるにも緊張してしまうのだ。
そうすることで今までの関係が崩れてしまうのは何よりも恐怖だと思ってしまうくらいに。
気持ちを素直に出すくらいは良いのかもしれないと、言ってみたけれど。
「緊張してたのかも」
首をかしげながら手を振るティアナを見て、また届いていないと、それまで楽しくて夢見心地だったクロードは瞬く間に我に返った。
初めてティアナと2人で出かけるのは嬉しいけど、クロードが必要以上に緊張して空回りしそうになって、いやもうしていたかもしれないけれど、思ったことの半分も伝わらなかったのかもしれないと気付いてしまったのだ。
ティアナが見えなくなってから馬車の中でガックリと肩を落とし、座席に突っ伏した。
「伝え方が悪いのか、ティアが鈍感なのか」
どちらもその通りで、当のティアナはまさかクロードも同じ理由で緊張していたなんて、つゆほどにも思っていない。
うなだれているクロードを爽快に無慈悲に馬車が運んでいく。
「……朝からやり直したい」
皇妃と話したあの時は緊張し過ぎて覚えてないくらいだから、もっとちゃんとしたい……と。
今までのどの1日よりも濃ゆい日を過ごした自信しかない今日を、きっと生涯忘れないだろう今日を、思い出しながらクロードは馬車に揺られている。




