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1…ティアナという皇女

「なにこれ……」



青空の下、心地良い風が吹いた。

広々とした庭園一面に咲き誇る可憐な草花たちが踊るように揺れている。

ここにある美しくて長いアプローチを歩いていけばトゥーラン皇国随一の白くきらめく大聖堂が見えてくる。



「どう、なってるの……」


その大聖堂の一室で、1人の少女が手をかざしている水晶から放たれる光に包まれ驚いている。


トゥーラン皇国は魔法大国で、ほぼ全員が何かしらの魔法を使用できる。だいたい10才前後で生まれ持った属性の魔法が発現し、魔力量や属性は生まれた時点で決まっていて一生変わることがないとか。


大聖堂の奥に貴族以上の者たちしか使用できない魔力計測のための部屋があるのだが、ダンスホールより少し狭いその部屋で、10才になった高貴な身分の子息令嬢が年に1回ほど召集され魔力測定が行われる。

今まさに、測定に使用される水晶に手をかざした途端まばゆい光に包まれた少女が目を大きくしておびえている。


「ティアナ!!」


最も高貴な位であろう父親らしき男が焦って少女の名前を呼んだ。

周りの護衛たちに抑えられながら叫び近寄ろうとする様は、噂以上の溺愛ぶりを知らしめるには十分だった。


ティアナと呼ばれたその子は、涙目になりながら父親にすがる表情を向けている。


「とうさま、どう……したら、良いの?」


こらえきれずポロポロとこぼれ落ちていく雫を、水晶にかざした手を、どうすることもできず震え始めた。


すると、1人の賢そうな杖をついた老人がやれやれと少し前に出てきて、ふぅっと息を吐いた。


「大丈夫じゃ。こりゃあ魔力量がちぃと多すぎとるだけじゃ。ほれ、出てこい」


そう言いながら杖をトンッと地面に突き、小さい円を描きながら何かを唱えると、円が輝き始めた。

そこから1匹の何かが出て、ティアナの周りを嬉しそうに走り始めた。体が光りの粉をまとい始めたそれは、ティアナの光を少しずつ吸い込んでいるかのように見える。


「「「猫?!」」」


その場にいるほぼ全ての者たちは仰天してたじろいだ。

トゥーラン皇国で猫は神聖なものとされてはいるが、魔力が特殊で凶暴で言うことを聞かない野蛮種と認識されているため、特に貴族は恐れて敬遠しているのだ。

腰が抜けてガクガクと震えている者。会場から我が子を残して走り去ろうとする親。泣き叫ぶ子どもたち……


混沌とした空間、そして狂ったように自分の名前を叫ぶ父親が護衛に囲まれ抑えられているのをよそに、ティアナは花が咲いたように笑いながら手を広げ、猫を呼び寄せた。


「ルイ!!」


ルイと呼ばれた猫は、ミャーと甲高い声で鳴きながら軽やかにティアナの胸元へとジャンプした。


「久しぶりね! 会いたかった!!」


まるで親友に会えたかのような笑顔でティアナはルイを抱きとめた。

少女と1匹の愛らしい仲睦まじい光景に、その場にいる者たちは信じられないと呆気にとられながら見守るしかない。

先ほどまで騒がしかった父親も、言葉も出せず立ち尽くしている。


先ほどの老人が杖を床に突いてコンコンと音を響かせた。


「ティアナ様の属性は光、魔力は膨大すぎて測れん。これにて解散じゃ! ほれ、そこから出るんじゃ」


その場にいる貴族たちをさっさと追い出し、ティアナと父親と護衛たちだけにした。


「大賢者よ、これは……どういうことだ」


まだ信じられないものを見ているかのような表情で、父親は猫を抱きしめている娘を眺めてポツリとつぶやいた。


「皇帝陛下、見えているものが現実じゃ」


皇帝は信じられないという顔で老人を見て、もう一度ティアナに視線を戻した。


「これは前から時々ティアナの膨大すぎる魔力を食うてくれとった。おかげでティアナは穏やかに過ごせとる」

「時々……」

「そうじゃ。最初は、まぁ偶然じゃったが……可愛い孫娘のほんの助けにはなったかのぉ。魔力量が多いのはわしの家系じゃろうて。ティアナはその血を継いどるんじゃろ」


父親の皇帝の魔力量は平均的でそれほどではないが、皇妃であり大賢者の娘である母親の魔力量は多い方で、ティアナも継いでそうなったと言う。

しかしそれでも比べ物にならないくらい多大だと大賢者は続けて説明した。


「ルイという名前はティアナが付けた名前じゃ」


「ああ、そうだな」


そこにいる全員がいっせいに勢いよく声の方へ振り返り、目を大きくした。

大賢者も目が飛び出そうになっている。


「俺は元来違う名前があるけど、今はティアナが付けたルイがお気に入りだからな」


!!!!


「ルイ、しゃべれるの?? 嬉しい!!」


ティアナは自分の膝に前足を掛けていたルイを抱き上げて、再び笑顔になって抱きしめた。


「これからたくさんお話しましょ!!」

「いいぞ、俺はティアナを気に入ってるからな」

「これから一緒にいられる?」

「いてやっても良いぞ」

「やったぁ!!」


会話だけみれば微笑ましい場面だけれど……ここにいる大人たちには受け入れるのに時間が必要そうだ。

自分たちが学び知っている猫とはかけ離れているし、ましてや話せるなんて誰も教えてくれなかったのだから。

特に皇帝の気持ちはいかほどか。

娘が猫と友だちのように接していて、何だったら父親の自分よりも親密そうで、もう心の持っていきようが分からないようで放心している。


「あら、お父様もだけどお祖父様も、見たことない面白い顔してる……」


もちろんティアナはまるで他人事だ。

そんな喧騒の中、ルイが自分の鼻をティアナの鼻に付け合わせ挨拶のようなことをした。

すると部屋の片隅に置いてある小さな杯が輝き始めた。

ざわつく大人たちをよそに、ルイを抱えたティアナが不思議そうに静かに近付いていく。


「きれいなピンク……これ何かな?」


ティアナがポツリと独り言を言いながら恐る恐る杯を指でつついてみたけれど、何も起こらない。

誇らしく光るピンクの杯はおとなしくティアナの手に収まった。杯には文字が浮かんでいる。


「古代文字? 全部は分からないけど少しだけ読めるわ。イツカ……キット……?」



イツカドコカデ

キットカナラズ







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