第六話
「おはよ」
廊下で涼花先輩と鉢合わせた。
俺のことを嫌っているとばかり思っていたが、少なくとも挨拶はしてくれるみたいだ。
「おはようございます」
「ごめんね、混乱させちゃって。でも、白ちゃんとの話し合いの結果、わたしはやっぱり部には戻らないことになったよ」
一応報告だけ、といった風な様子で告げる。
どうして、涼花先輩は部に戻らないことになったのか、気になるが——言葉で説得してどうにかなるのか。
睡眠不足もあって、反論も思いつかない。
「そう、ですか……」
それだけ呟き、立ち尽くして俯く。
「葵くん」
「……はい」
「わたしの分まで、がんばってね」
その言葉を受けて、なにかが切れるように、感情の奔流が生まれる。
真っ先には、怒り。そして、悲しみ。加えて、言葉では表現できないような細かい感情が強くあふれ出る。
だがここは学校で、それを一気に解放することは、できない。
こぶしを強く握る。
「……じゃあ、わたしはそろそろ行くね、移動教室だから」
先輩の笑みにも、無理しているところがあるんじゃないかと、そんな風に邪推してしまう。期待してしまう。
きっと、無駄な期待なんだろう。
たとえ本当に先輩が無理していたとしても、そのうえで決めたことなら、もう覆らない。
今日は部活がないので、白先輩に事情を聞くこともできず……いや、そんなことないか。
白先輩のクラスに行って、昨日のことを聞けばいいだけ。
たったそれだけのことだが、気が乗らない。話を聞いたら涼花先輩が戻らないことが確定してしまうような気がして……。
どっちにしろ、涼花先輩は戻ってこないんだけど。
今日はいつにもまして授業が頭に入ってこない。だからといって文化祭冊子の作品の展開を考えるわけでもなく、ただ涼花先輩のことだけを——
どうして俺はこんなに、涼花先輩のことを考えているんだろう。
我に返るような、そんな気分だ。
俺が涼花先輩と出会ったのは、たった一か月前。それまでは、涼花先輩の存在を知ることもなく普通に暮らしていた。
そうだというのに、なぜこんなに涼花先輩のことが気になってたまらない?
とっ散らかった思考の数々が、一つたりともまとまらない。
そんな中で、大きなため息だけが口から洩れた。