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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おすすめの包丁

作者: quo

少し修正・加筆しました。

「里美、昼寝してるんだったら包丁買ってきて。」


外から帰って来た母親が里美に言った。彼女はバタバタと台所に入ると、洗い物を始めた。


”あれ、私、寝てた?テレビ、つけっぱなしだ。いつの間にか寝ていたみたい。”


里美はソファーから起き上がる。テレビは通販番組を流している。派手な演技と派手な笑顔の男は、手に取った包丁をいきなり半額にした。切れ味は最高だといって骨付きの肉を真っ二つにすると、スタジオから歓声が上がる。


”あんな骨付き肉なんて、一般家庭じゃ斬らないでしょ。”


冷ややかな目でみながら、そう、里美が思っていると、母親が手を拭きながら台所から出て来た。


「安物は駄目ね。すぐに切れなくなっちゃうの。ちゃんとしたの買ってきてね。」


”買ったのはお母さん、あなただよ。ま、何もやること無いし行ってやるか。”


商店街の奥に、金物屋がある。そこで買いなさい。そう言って母親が里美に一万円を渡す。

「一万円の包丁って高すぎない?」

「おじいさんのおすすめって言えばいいのよ。”おすすめ”よ。」


お釣りで、甘い物を買っていい。その言葉で、里美の頭から包丁の値段の事は消え去った。

「コンビニに寄って来るね。なんか買って来るものない?」


奥から大きな声で「ないよ~」と、返事が返ってくる。


”玄関のドア、開けてるんだからね。外に聞こえるし。あ、曇ってるじゃん。雨が降るのかな。”


里美が空を見上げていると、奥から二度目の声がした。

「そうだ、無理はしないでね。」

「は?なに言ってんの。子供じゃないんだし。」


里美は半ば、母親の言葉を聞き流して商店街へ向かった。商店街を歩く人は、いつものようにまばらだ。シャッターが多いのは、どこの商店街も同じ。そんなニュースを思い出しながら、奥へと進むと看板が見えて来た。その看板には「金物屋」と書かれている。


”金物屋っていう金物屋さんか。攻めてるネーミングだね。”


店の中に中に入ると薄暗い。所狭しと刃物が置いてある。壁に飾られている物、陳列棚に掛けられている物、中には、そのままテーブルに出されている物もある。


”不気味すぎる。早く買って帰ろ。で、おじいさんってどこにいるんだろ。”


奥からラジオの音が聞こえてくる。覗くと座敷に老人がいた。しかめっ面でラジオのニュースを聞きながら地図を睨みつけている。


「すいませーん!」

「おお、びっくりした。お客さんかね?」


”お客さんじゃなきゃ何なんだ。”


「包丁が欲しいんですけど。おすすめってありますか?」

「おすすめかね。そうだね。今ならこれかな。」


老人が手に取ったのは、テーブルに置かれた包丁だった。やや細めで薄暗い店の中で刃が鈍く光っている。


「じゃあ、それでお願いします。いくらですか。」

「五千円貰おうか。それで済むなら、安いもんじゃろ。」


”安いか高いか分からないし、大丈夫かな。”


まあいいかと、里美が一万円を渡すと、老人は包丁を新聞紙に巻いて里美に渡した。お釣りとレジ袋を持って来たが、使用済みのスーパーのレジ袋だった。レジ袋は丁重に断り、包丁をマイバックに入れると店を出た。


”五千円も残ったか。さて、コンビニに行きますか。いや、ケーキ屋さんだね。いちごタルトを買おう。母さんも、文句はないでしょ。”


里美がケーキ屋を出る。いちごが旬のこの時期、人気のいちごタルトはラストの一つだった。LINEで母親に報告しようとしたが、サプライズしてやろうとして止めた。なにしろ、ラストの一つだったのだから。


機嫌よく歩いていると、走って来た男と激しくぶつかった。美里は勢いで地面に倒れ、男も里美に覆いかぶさるように倒れ込んでいた。

男は低い声で呻き、体をよじらせた。


「痛っった!ちょっとどいてよ!」


男の体を蹴って引きはがすと目が合った。顔は苦痛に歪み、大きく見開かれた目は血走っている。


”痛いのはこっちなんだよ!”


男はよろよろと立ち上がると、力を絞り出すように、また呻きながら走り去った。

息をきらした人々が駆け駆け寄って来る。そして、倒れ込んでいる里美を優しく手を取り立たせた。


「頑張ったね。怪我はない?」

「大丈夫です。ちょっと背中を打っただけです。本当に大丈夫です。」


”頑張った?この年で泣いたりしませんけど。”


取り囲む人々に声にお礼を言い、里美は家路についた。


「ただいまー。包丁買って来たよー。」

「早かったわね。あら、いちごのタルト。それに綺麗な赤ね。でも包丁は洗わなきゃ。」


そう言って母親は台所に引っ込んだ。

あまりの出来事にタルトの存在を忘れていた里美は、母親の言葉に胸を撫でおろした。どうやらタルトに怪我は無い様だ。


里美は待っている間、自分の部屋に戻って着替えを始めた。男とぶつかった時に、砂がついてしまったからだ。脱いだ服を見ると、袖に血が付いているのに気が付いた。急いで自分の体を見回すが、アザだけで傷はない。


”あの男の血かな。気持ち悪い。この服、捨てちゃお。”


里美がリビングに戻ると、台所から勢いよく流れる水の音がする。母親は、まだ包丁を洗っているようだ。

タルトを待つ間、ソファーに寝転がると、ぼんやりとテレビを見始めた。通販番組からニュースに変わっている。議員が何かを言い合っている姿が流れている。彼らは、賛成と反対とに分かれ、大切な事を決めようとしている。


そこに”速報”の文字が現れた。強盗事件の犯人が死んだというテロップと共に、犯人の写真が映し出された。それを見た里美はソファーから跳び起きる。


”あの男!”


呆然とする里美。いつも、鎮座している男女のアナウンサー。男のアナウンサーが微笑みながら言った。


「犯罪者を見つけたら、市民が、即、刑を執行する。この法律は立法に向けて試行中ですが、市民には広く受け入れられているようです。」


女のアナウンサーも頷きながら言う。


「今回は多くの市民による追跡が功を奏しました。とどめは女の子が刺したそうです。包丁でわき腹を一刺し。実績がますます多くなっていますね。国会での審議も進んでいるようです。」


里美が唖然としてテレビをみていると、ようやく包丁を洗い終えた母親がタルトと包丁を持って台所から出て来た。タルトの鮮やかな赤の表面に、いびつに光る包丁の刃が沈みこむ。赤がゆっくりと切り口にたれ、タルトは二つに切り裂かれた。


「お母さん。私、そのタルトいらない。」


里美はそう言うと、テレビを消して自分の部屋に戻った。

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