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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

やっぱりにーちゃが、いちばんすきっ

作者: 山下愁

 どうやらお父さんが、遊園地の招待券をもらったらしい。



「オルトの奴が当てたんだってよ。『もう遊園地ではしゃげるような年齢じゃないのだよ、お分かり?』と言いながら俺に押し付けてきやがったんだ」


「十分はしゃげる年齢だと思いますけどねぇ」


「俺もそう思う」



 父親と母親が何やら話しているのを、アンドレ・ヴォルスラムとエリザベス・ヴォルスラムは絵本を広げながら聞いていた。


 幼いアンドレとエリザベスでは何が起きているのか分からない。父親と母親も困っている様子である。

 父親の言うオルトというのが、よく文字を教えてくれたり絵本を読んでくれたり全力で遊んでくれる『おるちゃん』だろうか。アンドレとエリザベスは彼が大好きである。どんな遊びでも全力投球で挑んでくれるので、アンドレとエリザベスが疲れるまで遊んでくれるのだ。



「行こうと思っても、これから仕事が忙しくなるからよ。新しい呵責のやり方を覚えなきゃいけねえし」


「困ったわぁ、私も奥様会が週末にあるから」


「ああ、キクガんとことアイザックさんとこの」


「そうなの。お茶をしようって誘われちゃって」



 母親は「アンドレとエリザベスの面倒を誰にお願いしようかと思っているところなの」と困り果てた様子で言う。


 何だかお話がよく分からないが、とりあえず母親と父親がとてもとても困っていることだけは理解できる。ふさふさの尻尾を揺らすアンドレとエリザベスは互いの顔を見合わせる。

 父親は仕事、母親はお出かけしてしまう様子だ。これはもしかしなくても絶好の機会である。あのお願いをしよう。


 アンドレとエリザベスで母親の足にしがみつくと、



「かーちゃ」


「かーしゃ、おねがい」


「ん? なぁにアンドレ、エリザベス。何かしら?」



 アンドレとエリザベスと視線を合わせた母親は、にっこりと微笑んでくれる。



「にちゃにあいたい!!」


「あいたい」


「あらあら」


「あー……」



 アンドレとエリザベスは父親も母親も『おるちゃん』も大好きだが、1番大好きなのは兄のエドワードである。ちょっぴり歳の差があるけれど、面倒見が良くて優しい兄が大好きなのだ。

 滅多なことでは会えないので、アンドレもエリザベスも折を見ておねだりしている。今回がそのまたとない機会だと判断したのだ。幼いながらも一生懸命考えた訳である。


 困ったように笑う母親だったが、何かを思いついたように父親を見上げる。銀灰色の瞳を瞬かせる父親に、母親が言う。



「あなた、魔フォーンを貸していただける?」


「壊すつもりか?」


「そんな訳ないでしょう。エドワードに通信魔法をかけるのよ」



 母親は何やら板切れを父親から受け取り、



「あの子、暇でしょう?」


「暇、じゃねえと思うんだけどなぁ」



 父親は「決めつけるのはよくないと思う」と苦言を呈するも、朗らかな笑みを浮かべた母親は遠慮なく兄に通信魔法を飛ばすのだった。



 ☆



 一方その頃、ヴァラール魔法学院である。



「何で何で何で何で何で何で何で何で何で!!」


「何で俺とハルさんは除け者にされるんだ、ユフィーリア!?」



 アズマ・ショウとハルア・アナスタシスは自分たちの上司である銀髪碧眼の魔女に縋りつき、駄々を捏ねに捏ねていた。


 自分たちの上司から「週末に新しく開園予定の遊園地の式典に出ろって言われたんだよ」という話と同時に「未成年組の2人は式典に出なくていいぞ」と戦力外通告がなされた。最初から式典に参加する選択肢などなかった。

 これに納得できないショウとハルアは、上司の足にしがみついて我儘を叫んでいた。最初から戦力外通告とは納得できない。どうして連れて行かないという容赦ない選択肢を取ることが出来るのか。


 銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは困ったように、



「仕方ねえだろ、男女の従僕を必ず必須って言われたんだから。しかも同行数は上限2名だけっていう制限があるし」


「じゃあ俺が女の人をやるからハルさんが男の人で」


「ショウ坊は確かに可愛いんだけど、無理があるんだよ。今回はまあまあ大きな式典だから新聞記者も来るらしいし、七魔法王セブンズ・マギアスの信用を地の底に落とすような真似をしたら今度こそアタシはグローリアに殺される」



 ショウの苦し紛れの抵抗に、ユフィーリアは容赦なく一蹴してくる。


 本当ならばショウもハルアもあらゆる知恵を振り絞って何とかついて行こうとするし、ユフィーリアもそうしてくれただろう。ただし今回は理由が違う。新しく開園予定の遊園地が完成したので、その式典に七魔法王セブンズ・マギアスとして参加しなければならないのだ。七魔法王が参加するべきものなのかと疑問にも思った。

 ところが、この遊園地を建てたのが世界でも有数の豪商である。名前をカーシム・ベレタ・シツァムという実業家だ。長者番付で10年連続1位を取り続けたお人だ。カーシムが根城とするアーリフ連合国では、男女の従僕が特に重要視されるらしい。



「それに、今回は七魔法王とカーシムに宛てた脅迫状が届いていてな。あまり人数が多いと狙われやすいだろ」


「そんなのオレがぶっ飛ばせばいいでしょ!!」


「確かにそうなんだけれども、七魔法王の評判を地に落とすような真似はグローリアから首を切り離されんだよ」



 色々と文句を言うものの、やはりそれら全てを「七魔法王セブンズ・マギアスの品位を地に落とす訳にはいかない」という理由で一蹴されてしまう。今回の式典はそれほど緊張感のあるものらしい。

 確かに豪商を相手にするのであれば、多少は緊張もする。それにカーシムはヴァラール魔法学院にも多額の寄付をしてくれている商人だ。式典で阿呆なことをすれば首が飛びかねないという理由も、まあ理解は出来る。


 ユフィーリアはあやすようにハルアとショウの頭を撫で、



「な? 今回ばかりは我慢してくれ」


「ぶー」


「ぶー」



 ハルアとショウは、2人揃って頬を膨らませた。我慢してくれとは言われても、やはりどうにも納得できないものはあるのだ。


 そんな2人の頭頂部に「こーら」と軽く窘めるような口調と共に手刀が振り落とされる。頭に軽い衝撃を受けた。

 やや痛みを訴える頭頂部を押さえて振り返ると、エドワードが呆れたような表情で立っていた。この度、ユフィーリアから式典の護衛に任命された大人である。思い出しただけでちょっと腹が立ってきた。


 ショウとハルアはエドワードの鍛えられた腹筋に頭突きをし、



「狡い狡い狡い狡い!!」


「狡いです狡いです狡いです狡いです!!」


「仕方ないじゃんねぇ、お前さんたちじゃ大人しくしてられないでしょぉ」



 繰り返される頭突きなどものともせず、エドワードは「はいはい」とショウとハルアを引き剥がす。



「代わりに新しい遊園地で遊んでてもいいって言われたじゃんねぇ。乗り物とか乗り放題なんでしょぉ?」


「じゃあエドさんついてきてください」


「一緒に乗ろうよ!!」


「俺ちゃんは式典に参加しなきゃいけないからダメでぇす。今回は2人だけで楽しんで来なぁ」


「うぎぃ!!」


「むきゃーッ!!」



 どさくさに紛れてエドワードも未成年組の引率役に引き摺り込んでやろうと思ったが、ご指名された先輩からにべもなく断られてしまった。


 今回、式典に参加予定のユフィーリアの従者として一緒に参加するのはエドワードとアイゼルネの大人組である。その間、お留守番であるショウとハルアは遊園地で自由に遊んでいてもいいと許可されているのだ。

 乗り物も乗り放題だし、遊園地内の軽食は食べ放題という破格の待遇である。さすがにお土産までは無料という訳にはいかなかったようだが、十分すぎるほど高待遇に未成年組は素直に喜べなかった。上司と先輩を差し置いて遊び倒すのは気が引けてしまうのだ。


 すると、



「あれぇ、母さんからだぁ」


「お、チビどもが遊びたいっておねだりか?」


「さあねぇ。でもそうかもぉ」



 エドワードの通信魔法専用端末『魔フォーン』が通信魔法を受信し、甲高い音を奏でる。表面に表示された相手の識別番号を確認してから「ちょっと失礼」と言い残して、エドワードは用務員室から出る。

 扉に張り付いて会話に耳をそばだてると、ありきたりな世間話が扉越しに聞こえてきた。エドワードの声音もどこか柔らかげである。後輩として可愛がってくれているショウとハルアと接するものよりも、若干子供らしさのあるような調子だ。相手が母親だからか、そんな態度にもなるだろう。


 事態が一変したのは、ショウとハルアが用務員室の扉から離れた直後である。



「無理だよ!?」


「おぎゃ」


「わぎゃ」



 いきなりエドワードの絶叫に、ショウとハルアは揃ってひっくり返る。


 エドワードと母親の会話はまだ続いている。しかし、状況は先程の和やかな雰囲気から一転し、エドワードがひたすらに難色を示していた。

 扉の向こうから「だから無理」とか「仕事だって」と説明する声が響く。母親に無茶な要求をされたのだろうか。


 そっと扉を開けて隙間から顔を覗かせ、ショウとハルアはエドワードと彼の母親との会話を窺う。



「アンドレともエリザベスとも会いたいのは山々なんだけどぉ、その日は本当に外せない仕事なのぉ。出来ればまたの機会にしてよぉ」


『そうは言っても、アンドレもエリザベスもお兄ちゃんに会いたいって言ってるのよ?』


「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどぉ」



 魔フォーンを片手に困り気味なエドワードは、ふと扉の隙間から顔を覗かせるショウとハルアの存在に気づいた。銀灰色の双眸で見据えられると、何故か嫌な予感がしてならない。



「母さん、俺は仕事だけど適役がいるよぉ。紹介するねぇ」


「巻き込まれた!?」


「一体何に巻き込んだんだ、エドさん!!」



 悪い笑顔を見せたエドワードに容赦なく意味不明なことに巻き込まれ、ショウとハルアは揃って悲鳴を上げるのだった。



 ☆



 そんな訳で、である。



「何だ、エドの弟ちゃんと妹ちゃんを遊園地に案内すればいいんだ!!」


「なるほど」



 遊園地の入園用門の前で待ち構えていたハルアとショウの前に現れたのは、小さな銀色の狼が2匹である。ちゃんと可愛らしい背嚢まで背負い、水筒を肩から下げ、動きやすさを重視した格好でご対面であった。

 確か、エドワードからの情報では弟がアンドレ、妹がエリザベスだったか。もふもふの毛皮が撫くりまわしたくなる可愛さを有している。お互いに小さなお手手を繋いでいるのも子供らしくて可愛い。


 ショウとハルアは2匹の子供狼と目線を合わせる為に膝を折り、



「初めまして、アズマ・ショウです。ショウちゃんって呼んでください」


「オレはハルア・アナスタシス!! ハルちゃんって呼んでくれると嬉しいな!!」



 努めてにこやかな笑顔で自己紹介をしたが、とうの狼ちゃんたちはしょんぼりともふもふの尻尾を垂らしていた。



「にちゃは?」


「にーちゃ、どこ?」



 やはり求められていたのは兄のエドワードの方であった。



「うーん、エドさんはお仕事だから遊ぶことは出来ないんだ」


「代わりにオレらと一緒に遊ぼう!!」



 事実をお伝えるするのはちょっとばかり気が引けたが、こればかりは都合がつかない。それにエドワードから顔面を掴まれて「弟と妹をよろしくねぇ」と問答無用で言い渡されてしまったのだ。これはもしかしなくても、放置して遊びに出かけようものなら顔面を握り潰されない。

 とはいえ、ショウとハルアも幼い子供と遊ぶことに抵抗はない。まして相手はエドワードの弟と妹である。「嫌だ」とか「面倒臭い」なんて感情は湧かない。


 2匹の狼ちゃんたちは互いの顔を見合わせてから、小さく頷いた。



「いいよ」


「あそんだげる」


「ありがとう!!」


「ああ、今日は目一杯楽しもう」



 ショウとハルアで2匹の狼ちゃんたちと手を繋ぎ、入園用の門を潜り抜けたのだった。



 ☆



 コーヒーカップ、メリーゴーランド、あまり激しい乗り物には乗れないからゆらゆら動く海賊船。

 兄の後輩と紹介されたショウとハルアは、アンドレとエリザベスを心ゆくまで楽しませてくれた。アンドレとエリザベスが「のりたい」と言った乗り物は全部巡ってくれたし、こまめに休憩を挟んでくれたからまだまだ元気いっぱいである。


 空いているベンチに座ってアイスクリームを頬張るアンドレとエリザベスは、



「おいしい!!」


「おいし」


「よかったね!!」


「エリィちゃん、口の周りが汚れているぞ。拭いてあげるからこっち向いて」



 口の周りをベタベタに汚しながら頬張るアイスクリームに、アンドレとエリザベスはご機嫌である。汚れた口の周りはショウが拭ってくれた。

 遊園地なんて初めてだから何があるのか分からなかったが、ここはとても楽しい場所である。どうせならば兄のエドワードとも一緒に来たかった。


 アイスクリームのコーンを両手で抱えるアンドレとエリザベスは、再びしょんぼりと尻尾を垂らす。兄がいないという事実にどうしても寂しくなってしまったのだ。



「にちゃ、いなぃ……」


「なぃ……」



 寂しげなアンドレとエリザベスを見やり、ショウとハルアは互いの顔を見合わせる。それから何かを探すように周囲に視線を巡らせて、



「もうそろそろかな!!」


「もうそろそろ始まると思うぞ」



 瞳を瞬かせるアンドレとエリザベスの手から、食べかけのアイスクリームのコーンが攫われていく。口の周りや手のひらなどをショウが手巾ハンカチで拭い、



「お膝の上に来ようか、アンドレ!!」


「んん? はるちゃ?」


「エリィちゃんは俺のお膝の上においで」


「あい」



 アンドレはハルアの、エリザベスはショウの膝の上に座らされる。


 何が始まるのかと思えば、唐突にどこからか音楽が聞こえ始めた。弾んだ調子の音楽は急に大きく、けたたましく響き渡ったのでアンドレとエリザベスは思わず膝上で飛び上がってしまったほどだ。

 その愉快な音楽が流れると同時に、綺麗なドレスを身につけた女の人や煌びやかな背広を着た男の人が踊りながら道を歩いてくる。通り沿いに立つ入園客に向かってウインクをしたり投げキッスをしたり、忙しなく愛想を振り撒いていく。



「なぁに?」


「なぁに、あれ」


「パレードだ」



 首を傾げるアンドレとエリザベスに、ショウが説明してくれる。



「ほら、今度はおっきなお船が来たぞ」



 そう言われて道に視線を戻すと、綺麗な衣装をまとった人々に先導されるようにして巨大な浮き舟がゆっくりと行進してきた。

 積み上げられた書籍の山、その上に鳥籠のようなものが置かれている。鳥籠の中に閉じ込められて通り沿いに佇む客に手を振るのは、黒髪紫眼の男の人だった。よく見れば、落ちないように鳥籠と自分の腰の辺りを紐で繋げている。


 アンドレとエリザベスはふわふわな尻尾を揺らし、



「わあ」


「あれ、のれるのかなぁ」


「特別な人しか乗れないぞ。今回は我慢だ」



 ショウに否定されてしまい、アンドレとエリザベスは「ざんねんだね」「ね」と諦める。乗れないのであれば仕方がない。


 積み重ねられた書籍の山と鳥籠の浮き舟が通り過ぎると、今度は歯車がいくつも噛み合わさった柱時計を模した浮き舟が通り過ぎる。柱時計から突き出した出窓から目隠しをした男の人がにこやかに手を振っていた。

 その後ろに続いているのが、天秤を模した浮き舟である。巨大な天秤の前に講演台のようなものが置かれており、そこに寄りかかるようにして立っているのは赤いドレスがよく似合う女性だ。


 他にも髑髏どくろや狐、巨大な十字架などの浮き舟がゆっくりとアンドレとエリザベスの前を通り過ぎていく。それらに乗って手を振ってくれる人々に、アンドレもエリザベスも一生懸命手を振りかえした。



「あ、ほら」


「見てみて!!」



 ショウとハルアが、次にやってきた浮き舟を指差した。


 それは、巨大な揺籠ゆりかごを模した浮き舟である。三日月の形をした揺籠には表面に眠っているような顔が描かれており、眠りの世界が題材として扱われている。

 三日月の歪曲した部分に乗せられるようにして舞台が設けられ、周囲を落下防止の柵に取り囲まれたそこに3人の男女が乗っていた。真っ黒なドレスを身につけた銀髪碧眼の女の人、南瓜のハリボテで顔を隠した女の人、それから。


 ――軍服を身につけた、大好きな兄の姿が。



「にちゃ!!」


「にーちゃ」



 アンドレとエリザベスは駆け出そうとするも、膝の上から降りるより前にショウとハルアの腕に抱きかかえられてしまう。強制的に抱っこされてしまったのでアンドレとエリザベスの短い足はジタバタと空中を掻くだけだ。

 軍服姿の兄は、落下しないように鉄柵を握りつつ客に向けて手を振っている。ただし、視線は警戒するように鋭く、愛想を振り撒きながらも何かを探すような素振りを見せていた。


 アンドレとエリザベスのことに気づくことなく、兄は普通に浮き舟に乗せられて通り過ぎてしまう。それが酷くもどかしい。



「にーちゃ!!」


「にーちゃ!!」



 アンドレとエリザベスは懸命に呼びかけるも、その声は周囲の歓声に掻き消されてしまった。兄はやはり気づいてくれない。



「にちゃー……」


「うぅー……」



 通過してしまった兄を涙目で眺め、アンドレとエリザベスはしょんぼりと尻尾を垂れ下がらせる。

 腰に巻きつく腕の存在が恨めしい。これがなければアンドレとエリザベスは兄の元に駆け出せたかもしれない。しかし、この腕がなければアンドレとエリザベスは何も知らぬまま浮き舟の前に躍り出て、そのまま轢かれていた危険性だってある。


 すると、



「ハルさん、行こうか」


「うん!!」



 ショウとハルアはアンドレとエリザベスを抱きかかえ直すと、



「ルナ・フェルノ」



 不意に、ショウが虚空に向けて呼びかける。

 その呼び声に応じるようにして、歪んだ三日月がどこからか出現した。他の客が驚いたような視線を向けてくる中、ハルアとアンドレがその三日月にどすんと腰掛ける。「エリザベスもおいで!!」とハルアが両腕を広げ、ショウが抱きかかえていたエリザベスをハルアに渡す。


 そして、



「ハルさん、2人をしっかり抱っこしておいてくれ」


「ガッテンだ!!」



 ふわりと、何の予備動作もなく上昇していく。


 周囲にいた客たちが「何あれ!?」「あれもパレードの演出かなぁ」と驚いたような眼差しを向けてくる。ハルアに抱っこされているアンドレとエリザベスも遠くなっていく地面に驚きが隠せなかった。

 白い三日月はショウに先導されるように高く舞い上がると、先に進んでしまった三日月の揺籠を模した浮き舟を追いかける。パレードの観客たちが見守る中、ショウはハルアとアンドレとエリザベスを浮き舟に据えられた舞台に降ろしてくれた。


 観客たちの歓声が一際大きく上がる中、アンドレとエリザベスは脇目も振らず目の前に現れた大好きな兄に飛びついた。



「にーちゃ!!」


「にーちゃ」


「アン、エリィ!? ちょっとぉ、お兄ちゃん仕事だってぇ」



 アンドレとエリザベスを抱き上げた兄が、後輩であるショウとハルアを睨みつける。


 ショウとハルアは兄に睨まれてもなお、飄々と笑っていた。怒られようがどこ吹く風である。

 それどころかキョトンと首を傾げるや否や、実に楽しそうな声音でこう言った。



「「おにいーちゃん♪♪」」


「あとで〆るぞテメェら」



 低い声で唸る兄を見上げ、アンドレとエリザベスはぴるぴると目に涙を溜める。



「にちゃ、あんとえりぃ、きらい?」


「にちゃ、きらいやだぁ」


「そんなことないよぉ、今でも大好きに決まってんじゃんねぇ」



 アンドレとエリザベスを強めに抱きしめ、エドワードは優しい笑顔を見せてくれる。アンドレとエリザベスの記憶にある、兄の笑顔だ。

 堪らずアンドレとエリザベスはエドワードに頬擦りした。「くすぐったいってぇ」と笑うエドワードの声は優しい。


 アンドレとエリザベスの2匹を抱っこしたまま、エドワードは浮き舟から観客たちを見やる。



「ほらぁ、2人ともぉ。お手手振ってあげてぇ」


「たかーい!!」


「ひと、いぱい」


「そうだねぇ、いっぱいだねぇ」



 浮き舟から見える観客たちめがけて、アンドレとエリザベスは小さな手を目一杯振り回してやるのだった。





 パレード後、エドワードを含む大人たちによって正座させられたショウとハルアだったが、アンドレとエリザベスが「おこっちゃやーよ」「や」と庇った為に説教は回避された。



 ☆



『第七席【世界終焉セカイシュウエン】従僕、幼い弟と妹にこの表情!!』

『月刊ファミリア調べ、有名人お兄ちゃんランキングで上位に食い込む!!』



 そんな見出しが掲載された週刊誌から顔を上げたユフィーリアは、



「――――だとよ。お兄ちゃん」


「ゔあああ〜……!!」



 用務員室の隅に置かれた長椅子に顔を埋め、エドワードがジタバタと暴れていた。


 あのパレードでの様子が雑誌の記者に撮影されていたようで、エドワードの弟と妹に対する満面の笑顔が全国公開されたのだ。その笑顔に撃沈されたお姉様方がいたようで、週刊誌や雑誌――特に家族系の情報を取り扱う系統のものから取材申請が多く寄せられてきた訳である。

 あまりにも恥ずかしいデレデレした表情がお披露目されちゃったものだから、こうして恥ずかしさのあまり憤死している訳である。校内を歩いていても生徒から「兄貴!!」とか「お兄ちゃん!!」と呼ばれる始末だ。


 エドワードはクッションに顔を埋めながら、くぐもった声で訴えてくる。



「ユーリぃ、記憶を消してぇ!! 全世界のぉ!!」


「やだよ、いい笑顔で映ってんじゃねえか」



 そう言って、ユフィーリアは再び週刊誌に視線を落とす。

 誌面には弟と妹を両手に抱っこし、幸せそうに笑う兄としてのエドワードの姿があった。

《登場人物》


【アンドレ】エドワードの弟。活動的で快活な性格。獣人らしく運動神経も良く嗅覚も優れており、お外で遊ぶことが大好き。最近ではハルアとボール遊びしてもらうのが好き。

【エリザベス】エドワードの妹。大人しく内向的な性格。聡明で頭がよく、絵本を読むことが大好き。最近ではショウに絵本を読んでもらうことが好き。

【ハルア】遊園地の件があってから、アンドレにボール遊びをせがまれるようになる。子供と遊ぶのは大好きだし抵抗はなく、またいつもより手加減をするので子供から好かれやすい。でもたまに忘れて本気を出して泣かせてしまう。

【ショウ】遊園地の件があってから、エリザベスによく絵本を読んでくれるようにせがまれる。絵本を読むのが上手だし、何だったらちょっと演技も入るしアドリブも入れる。それが意外にもエリザベスに好評。


【エドワード】アンドレ、エリザベスの兄。遊園地の件があってから家族系の情報雑誌からの取材が多く申請されることになった。弟と妹のことは可愛がっているのでデレデレな表情になるのは否めない。

【ユフィーリア】エドワードのデレデレ表情が全国公開され、ゲラゲラ笑った。だが、取材申請は本人の意向を汲んでちゃんとお断りしている。

【アイゼルネ】調子に乗って「お兄ちゃン♪」とエドワードのことを呼んだら被っていた南瓜のハリボテを反転させられた。

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― 新着の感想 ―
可愛い。ただひたすら可愛い。妹、弟への愛が尊い・・・ エドさん諦めろ。これを広めないのは世界の損ですよ!
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