変わったあなたを落とすには
恋のお話です。
立夏――
大学に、変わった子がいるんだ。いや、ひょっとしたら変わってるわけじゃないのかもしれない。どっちでも良いとは思う。―ハハ、悪い。知ってるだろ、俺がこういうことを言うのが好きなことくらい。
別に、その子に興味があるわけじゃない。違うな、興味はあるんだよ。ただ、恋人にしたいとか、そういうんじゃないってこと。―あ、うん、女の子な。で、ただ純粋に人間として興味があるってわけ。―…さあ、何でだろうなあ。っておい、どこ行くんだよ。どうせ暇なんだから、聞いてってくれても良いだろ?
―その子の名前?そういえば、知らないな。まあ、何でも良いだろ。じゃ、仮にA子としよう。使うかわかんないけど。A子とは、いくつか講義が被ってるんだ。喋ったことはない。その子、どの講義でも一人で座ってるんだよ。―いや、わかってるって。大学じゃ、そういう奴も珍しくないけどさ。で、A子はいつも何かノートに書きつけてるんだ。―予習じゃないのか?どうかな。毎講義予習するような奴が、始まるぎりぎりに予習してるとは思えないけど。つか、大学だぜ?高校とはわけが違うだろ。―早く続きを話せ、だあ?お前が言ったくせに。
ま、ノートのことは良いんだ。何なのかよくわかんないからな。んで、A子はとにかく絶対に一人なんだな。誰かと歩いてるところなんか見たことないし、誰かと話してるところすらないんだ。俺の注意深い観察にも係わらず、だ。―きもいって言うなよな、俺だって傷つくんだぜ。で、俺は気付いたんだよ。そもそも、その辺ですれ違ったこともないってことにな。いや、考えてもみろよ。お前だって、絶対に誰とも話さなくて、廊下ですれ違いもしないクラスメイトがいるって気付いたら、きっと俺に報告してくるだろ?―大学とはわけが違う?そりゃそうだ。一本取られたな。
で、こないだ、そのすれ違わない謎が偶然解けたんだよ。A子はずっと図書館にいたんだ。俺は滅多に行かないからさ。会わないわけだよな。その日はちょうどA子と講義が被ってる日だったから、俺、あの超退屈な図書館で講義の時間まで粘ったんだ。その子はぎりぎりまでそこにいて、開始五分前くらいになってから、慌てもせずに教室に移動し始めてさ。俺、間に合わないかと思ったんだぜ。けど、なんとびっくり、ちょうど始まる直前くらいに教室に着いたんだよ。あれは、移動にかかる時間を知り尽くしてるぜ、多分。で、講義が終わったらまっすぐ図書館に戻っていくんだ。―は?ストーカー?…否定はできないか。まあ、今後はしないから。
―それだけか、って?ま、そうだな。何だよ、俺だってオチの一つや二つつけたいんだぜ。でも、とにかくよくわかんない子なんだよ。けど、ちょっと気になるの、わかるだろ?ハハ、さすが、兄妹なだけあるな。―話しかけてみる、か。正直、ありかもな。どんな反応するんだろうな。―無視?それだったらきちいなあ。
芒種――
よう、ナナ。久しぶり。近くに来たから、ってこうして会いに来てくれるの、意外だったな。何だかんだ、お兄ちゃんっ子だよな、お前。おい、来たばっかりだろ?兄ちゃんにもうちょっと付き合ってくれよ。寂しいんだぜ、一人暮らしはさ。それに、こないだの話。覚えてるだろ?―そうそう、A子のこと。ちょっと進展あったんだ。気になるだろ?
まず、名前がわかった。ミカっていうらしい。苗字?知らん。とにかく、これでA子は卒業な。―どうやって知ったのか?別に、直接聞いただけだよ。うーん、やっぱ時系列通りに話したほうが良いか。
俺、あの後、何日もしないうちにミカちゃんに話しかけに行ったんだよ。わざと教室にぎりぎりに着いてさ。そしたら前のほうしか空いてないから、ミカちゃんの隣に行ってもそんなに不自然じゃないだろ。―ああ、そう、いつも前のほうに座ってるんだ。いやあ、あのときはまさに天のお導きって感じだったな。ちょうど、ミカちゃんの隣だけぽっかり空いてたんだからさ。で、俺、隣に座っても良いか聞いてさ。ミカちゃん、俺が声かけたとき、すごいビクッとしてたよ。そのときは声も出さずに頷くだけだったから、こっから仲良くなるのは難しいかなって思ったな。
ま、すぐ諦めるのも何だから、日を空けてもっかい同じことやってみたんだ。わかってる!きもい、だろ?けどさ、どーーーーーしても気になるんだよ。―顔?まあまあかな。―何でまたきもいが出るんだよ。別に見た目に惹かれてるわけじゃないんだよな。ま、良いや。とにかく、もう一回隣に行ってみたんだよ。で、今度こそって思ってさ、聞いたの。何を書いているのかをさ。そしたら、ミカちゃん、どうしたと思う?その書いてたノートをこっちに寄越してさ、言うんだよ。これ、意味わかる?って。
良いチャンスだったんだけどなあ。初めて、英語ちゃんと勉強しとくんだったって思ったよ。―いや、もう何が書いてあったかは覚えてない。けど、二行の同じ英文をひたすら書いてたみたいでさ。正直、気味悪いとは思った。だって、ノートももう終わりかけだったんだぜ。てか、何が書いてあったか覚えていればお前に聞けたのか。しくじったな。―誰が鳥頭だよ。俺だって、頑張ればあれくらい覚えられるっつの。…多分。
英語はわかんないって言っても、ミカちゃんは別に残念そうにはしなかった。けどな、さすがの俺でも母音くらいはわかるわけだ。で、その二行の英文が韻を踏んでるんじゃないかって推理したんだよ。―推理っつったら推理。けちつけるなよな。ま、それで、詩なのかって聞いてみたんだ。そしたら、多分そのつもりなんだろうって言われたよ。どうも、自分で作ったわけじゃないらしい。んで、もうちょっと色々聞いてみたかったんだけど、講義が始まっちゃってさ。黙るしかなくなっちゃったんだな。
講義が終わると、ミカちゃんはすぐに帰り支度を始めるんだけど、それから教室を出て行くのがまあ早いこと。だからその日もすぐに出て行くんだろうなって思ってさ、俺、何とか爪痕残したかったんだよな。やめろ、その顔。兄貴をきもがるんじゃない。ま、そんときなんだよ、名前聞いたの。あ、ちゃんと自分から名乗ったぜ。それが礼儀だからな、知らないけど。―俺?苗字も名前も言ったよ。けど、向こうはミカ、としか名乗らなかった。別に、そういう奴もいるだろ。
進展あったって言っても、実際整理してみるとこれくらいだな。最近もたまに隣に座ったりするけど、話すこともないし、向こうから話しかけて来るでもないし。あ、でも、ミカちゃんだって俺のこと覚えてくれてるんだぜ。目が合ったらちょっとだけ笑ってくれるしな。―ノートなあ。確かに変だけど、だからって仲良くなれないわけじゃないだろ?―ほの字?…お前、ちょっと古臭くない?友達に言っても伝わらないやつだろ。つか、別に惚れてるわけじゃないっつの。ったく、これだから高校に入りたてのガキは。そういえば、お前のほうはどうなんだ?学校、楽しいか?―え?ハハ、父親面なんかしてるつもりないんだけどな。
小暑――
電話なんか、珍しいな。何かあった?―暇つぶしなら、別に友達に電話すりゃ良いのに。ま、俺は良いけど。―最近あったことなあ。これといったことはないかな。―ミカちゃん?ああ、ちょくちょく話してるよ。―いや、仲良くなったってほどじゃないかもな。けど、心を開いてきてくれてる気はしないでもないぜ。何だろうな。ま、どこ吹く風、って感じ?―ノリ悪いって、そんな言い方しなくても良いだろ。確かに、簡単に言えばそうなんだけどさ。
ちょうど先週のことだけど、大学でグループ課題が出てさ。近くの席の人と、って指示が出たんだけど、ミカちゃんの隣に座ってたもんだから、ま、一緒にやることになったんだよ。あと、後ろに座ってた知らない二人も。そしたらさ、ミカちゃん、やっておくから、なんて言い出すんだぜ。他の二人は大喜びしてたけど、俺はそういうのちょっと嫌なんだよな。で、手伝うって言ったんだよ。まさか断られるとは思わなかった。―感じ悪い、か。俺はそこまで思わなかったけどな。
いや、でもほんと、良い子なんだと思う。人見知りなだけじゃないかな。―ノート?ああ、あれか。そういえば、もう書いてるところ見ないな。使い切ったとかかな?―いや、あれから一度も詩のことは話してない。そこまで仲良くないのに、あんまり深掘り出来ないだろ。
ま、明日もその講義があるから、もっかい手伝うって言ってみるよ。いるだろ、助けを求めるのが苦手な奴もさ。―そんな大袈裟か?やっぱり、ナナとはなかなか価値観が合わないな、ハハ。ベクトルは一緒だと思うんだけど。
そういや、読書が好きらしいよ。ほら、いつも図書館にいるから、聞いてみたんだよ。ま、図書館にいるのは勉強するためみたいだけどさ。偉いよな、ちゃんと勉強して。―俺だって程々にやってるから!ったく、これじゃどっちが上だかわかんないな。
―え?何で?―ああ、確かに。本読んでおけば、もっと話振れたかもしれないか。―今からでも間に合うか。ま、気が向いたらな。活字は駄目なんだよ。現代っ子だろ、俺って。何だよ、出た出た、のため息か?―応援って、何のだよ?…あーあー、わかった!ほんと、何回言ったらわかるんだよ。お前はいつも、一回思い込んだらなかなか抜け出さないもんな。―俺が兄貴だからわかるんだって、けど俺はナナのこと、全然わかんないよ。―男だからか。それはそうだな。
…今の、母さん?―そうか。お前は大丈夫か?―悪い、大丈夫って言うしかないよな。ごめんな、兄ちゃん、一人で出て行ったりして。―そりゃ、そっからじゃ大学遠いけどさ。―ハハ、やっぱりナナは優しいな。無理しないで、いつでも電話しろよ。何なら、家に泊りに来たって良いんだぜ。―え?いや、違うよ。こないだは偶然散らかってただけだって。人が来るってわかってたら、ちゃんと綺麗にするから。―はいはい、普段から掃除しますよ。―おう、じゃあな。おやすみ。
処暑――
ただいま。お、久しぶり。わざわざ出迎えか?…ん、どうした?―タイミング、悪かったな。ファミレスでも行くか?―よし、じゃ、さくっと着替えて来いよ。ここで待ってるから。―いや、良いよ。大して物も持ってきてないしな。
何食べるの?―腹減ってないのか。俺はがっつり食べちゃうけどな。ドリンクバーでも頼めば?―おいおい、大人だって頼むだろ、ドリンクバーくらい。ませ方間違えてるぜ。―ハハ、ま、何か欲しくなったら頼めよ。…あ、すみませーん。
夏休み、何してるんだ?―真面目か。そりゃ、先に終わらせたほうが賢いけどさ。どっか行ったりしてないのか?―何だ、ちゃんと出かけてるんだな。海か、俺も行きたいなあ。誘ってくれたら良かったのに。―ハハ、冗談だよ。―俺はずっと家でゴロゴロしてる。―良いだろ、社会人になったらできないんだから。
そうだ、聞いてくれよ。俺、ミカちゃん行きつけのカフェを教えてもらったんだぜ。―いや、正直、そんなに仲良くなった感じはしないんだよな。前、課題やるときに連れてってくれたんだ。―そうそう、ミカちゃんが一人でやるって言い張ってたグループ課題な。話したっけ?よく覚えてるな、お前。―チェーン店ではなかったよ。イエロー…なんちゃらみたいな名前の。―良いだろ、場所がわかりゃ、店の名前なんてさ。
―うん、何回か一緒に行ったよ。―違うよ、作業のためな。そういえば、ミカちゃんやけに独り言が多かったな。聞き間違いかと思うくらい小さい声で、ぼそっと言う感じ。―ま、俺は別に気にならなかったけど。いや、でも何て言ってたんだろうな。たまに笑ってた気がするんだよ。鼻で笑う感じ。―さあな。じろじろ見るわけにもいかなかったし。集中してないと思われたら嫌だろ?
―他の友達?ミカちゃんに?―あ、俺?いるよ。あのな、ナナに話してないだけで、俺、結構友達多いんだぜ。―わかってるなら、何で聞いたんだ?―野郎たちの馬鹿騒ぎの話なんか聞いても面白くないだろ。ミカちゃんの話はゴシップだよ、ゴシップ。まんまと気になってるだろ?何だかんだ、ミカちゃんといる時間なんてほとんどないよ。
そういえば、こないだ、課題も何もないのにカフェに行かないかって誘われたっけ。―いや、予定あったから断った。―何だよ、可哀想って。そんな悲しそうでもなかったけどな。何となく聞いてみただけって感じだった。そういう子なんだろ、多分。
―ハハ、次なる指令だって?何なりと、ボス。―独り言の謎ね。そこ、そんなに気になるか?―別にって、何だよ、それ?―そりゃ、女友達なんてあんまりいないけどさ。―い、良いだろ、彼女がいなくたって!余計なお世話だっての、この恋愛脳め。―わかったよ、もうちょっと仲良くなれるか試してみる。…そういうお前はどうなんだよ?兄ちゃんが聞いてやるぞ?―ハハ、きもいって、そりゃないぜ。
霜降――
じゃーん!どうだ、俺だって部屋を綺麗にできるって、これでわかるだろ?―褒めてくれたって良いのにな。俺はソファで寝るから、ベッド使ってな。…心配しないでも、シーツなら洗ってあるから。ハハ、目に見えてほっとするなよな。もう腹減ってるか?ピザ頼もうぜ、ピザ!家じゃ食べないだろ?―よし来た!早速頼んじゃうか。届くまで、好きにしてて良いからな。
なあ、届いたぜ。っておい、ナナ、それ。隠しといたのにさ。―もっと他のが出て来ると思った?油断も隙もありゃしないな。―ま、そうだよ。ミカちゃんのノート。―な?びっしりおんなじことが書いてあるだろ?―道端で手に入ると思うか?RPGじゃあるまいし。本人からもらったんだよ。―さあ、何でだろうな。―いや、ほんとにわかんないんだって。とりあえず、食べようぜ。持ってくのか?…汚すなよ?
―俺だってびっくりしたんだぜ。急に渡されてさ。―もう見たくないのに、捨てられないんだと。いよいよ変だよな。―詩の意味?一応単語は調べたけど。よくわかんなかったな。ナナはどう思う?―だよな。ちょっと暗い感じ。―お前のミカちゃんのイメージ、こんななの?ハハ、俺の話のせいかな。ま、わからないでもないけどさ。
そうそう、最近急に打ち解けてきた気がするんだよな。向こうから声かけてくれたりさ。―そうだな、相変わらず独り言は多いよ。―何だったかなあ。どう思う?とか、後でね、とかは聞こえたことがあるんだよな。―いや、俺に向けて言ってるわけじゃなかった。一回、わざと聞き返してみたんだけどさ、俺じゃないって。―確かに、変な言い方かもな。じゃあ、誰に言ってたんだっていうか。…ちょっと揚げ足取りかな。俺たち、勘繰り過ぎなんじゃないか?
あ、そういや、そのノート渡してきたときも何か言ってたっけな。これで良いよね、だったか…ま、よく聞こえなかったんだけど。―イマジナリーフレンド?何、流行ってんの?―ああ、そういうのを作る奴らもいるんだ。ミカちゃんもそうなのかな。―確かに、だとしたら大分浸食されてるよな。なんか、ちょっと心配になってきたよ。
お、どうした?―え、どれ?…うわ、ほんとだ。全然気付かなかった。…いなくならないで、か。ほんとにひとりぼっちなのかもしれないな。―いや、俺宛てではないだろ。多分、この詩に関係あるんじゃない?それにしても、これ誰が作ったんだろうな。それがわかれば…でも、やっぱあんまり詮索するのも良くないよな。そのうち向こうから話してくれるかもしれないし。―ガチって、何が?おいこら、何笑ってんだよ。良いだろ、別に…。
冬至――
久しぶり。元気にしてたか?―え、そう?元からそんな頻繁に電話なんかしてないだろ。どうせ、あと何日もしないうちに帰るんだし。…さては、さみしんぼだな?―違うの?そんなに言うほど長く空いたかなあ。ま、ナナがそういうならそうなんだろうけどさ、ハハ。
母さんたち、どう?―ふーん。なら、良いけど。てか、聞いてくれよ。最近、ミカちゃんが冷たくてさ。―元からって…あ、そっか。話してないのか、俺。やっぱ、全然連絡してなかったっぽいな。悪い。
俺たち、結構仲良くなったんだよ。ミカちゃん、映画も好きらしくてさ。ほら、俺も一時期は映画見まくってただろ?それで、ぎりぎり意気投合したんだよな。そしたら、ミカちゃんの口数、結構多くなったんだぜ。って言っても、俺が聞いて向こうが答えるって形式は変わんないんだけどさ。
―いつからだろうなあ。塩対応かもって、ふと気付いた感じなんだよ。―やっぱ、そう思う?馴れ馴れしくしすぎたのかな、俺。でも、それなりの付き合いだぜ。もう半年近いんだから。なのに、距離感窺わなきゃいけないとか、そんなことある?ずっと普通に喋ってたわけだし。―怒らせることなんかしてないって。―これだからって、その言葉、そのままお返ししたいね。
―いや、何も。…あ、待って。そういや、こないだすごい変なことがあったわ。なんか、ミカちゃんの出席票が何かで飛ばされて落ちちゃってさ。俺のほうに来たから、拾ってあげたんだよ。で、そんときにそこに書いてあった名前が見えたんだけど、どうも、「ミカ」じゃないっぽいんだな。―夏に美しい、だった。だから「ナツミ」のはずなんだよ。―そう、多分漢字をひっくり返して名乗ってたってこと。な、変だろ?―そうしたいのはやまやまだけどさ、何て聞けば良いんだよ?それに、何か事情があるのかもしれないしな。―え…コンプレックスとか?―わかってるよ、ありそうにないことくらい。
うーん、てか、ひょっとしたらそのときからかも。何て言うか、会話がしどろもどろになった感じ?―けど、俺に名前を知られちゃいけない理由ってなんだよ?―騙す?ハハ、そんな子じゃないって。俺、金持ちでも何でもないしな。ま、俺はミカちゃんの意思を尊重するよ。俺みたいなのに気張らなくて良いってわかってもらえるようにさ。
―良いだろ、俺が誰を気に掛けたって。家族を疎かにしてるわけでもないんだ。…ま、連絡は全然できてなかったみたいだけどさ。それはミカちゃんのせいじゃないし。ハハ、とにかく、年末には帰るから。もうすぐ兄ちゃんに会えるぜ。―お、今日はやけに素直だな。やっぱりさみしかったんだろ、ハハ。
雨水――
何だ、ナナか。どうしたんだよ、急に押しかけてきたりして。―え、父さん、また?母さんも母さんだよな。そんなに贅沢したいかねえ。ま、上がったら。…てか、ナナ。いくら何でもこんな時間に出歩いたら危ないだろ。今日は良かったけど、俺、この時間に家空けてる日だってあるんだからさ。―謝ることないけど。
ナナさ、今日ソファで良い?俺、ちょっと疲れてて、ちゃんと寝たいんだよね。―え?別に、何か落ちた音だろ。俺の部屋には重力があるからな。―誰もいないって。いたとして、お前に隠す理由なんかないし。ハハ、期待したか?残念でしたー。…じゃ、俺もう寝るから。冷蔵庫に入ってるの、好きに飲み食いして良いからな。酒は駄目だけど。―ハハ、そうだな。ナナは言われなくても飲んだりしないか。―おう、おやすみ。
あれ、もう起きてたのか。―誰かが出てった音?夢でも見たんじゃないか?―ハハ、ミカが家に来るわけないだろ。―え、何?―別に、ちゃん付けするのも呼び捨てにするのも俺の勝手だろ。―仲直りっていうか…まあ、態度は普通に戻ったかな。―別に、そういうんじゃない。…なあ、ミカのこと、そんなに気になるか?ほっとけよ、ナナには関係ないだろ。
―もう?昼飯、一緒に食べようと思ってたんだけどな。ま、ナナが帰りたいならそれで良いよ。じゃあ、気を付けてな。またいつでも来いよ。―うん、今は春休み。―さあ。来月辺り、帰っても良いけど。―長期休みの度に帰らないと駄目なんてルールないだろ。―わかった、わかった。ちゃんと帰るよ。
春分――
もしもし、ナナ?どうした?―あー、悪い。色々立て込んでてさ。―顔くらいは出せた、か。そうだな、ごめん。―別に、何も。―いや、まあ、立て込んでたっていうか…言葉の綾だよ。―何でここでミカが出て来るんだよ?良いだろ、俺が誰と過ごしてたって。―…まあな。―大丈夫って、何が?―ハハ、何言ってんだよ、ナナ。俺はずっと俺のままだろ?お前のことも大事に思ってるって。ただ…こんなこと言ったらお前は笑うかもしれないけどさ、ミカには俺が必要だと思うんだ。―冗談に聞こえるか?―え?もう良い、って…おい、ナ…
勘違いと誤解は、愛にはつきもの