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還俗令嬢のセカンドスローライフ  作者: 石田空


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16/19

呪いの季節

 クレージュ領の夏は短く、日が沈むのがだんだん早くなってきたかと思ったら、朝と夕には羽織り物を着ないと寒くて動けない日も増えてきた。

 ジル様は相変わらず早くに仕事に出かけ、あちこちに指示を飛ばしているのは、そろそろ問題の呪いの季節に差し掛かりつつあるからだろう。

 そうは言っても、未だに農民たちは元気だし、その呪いというものにかかる気配はない。そろそろ収穫祭だからと、皆が皆手袋を嵌め、布を巻いて一生懸命作業に取り組む様は勇ましい。

 ジル様がベッドから出る際、私は寒さに「ひやんっ!」と悲鳴を上げて目を覚ました。それに着替えていたジル様は困ったようにベッドのほうに振り返った。


「おはようございます。季節の変わり目で秋も近付いてきましたからね」

「ああ……おはようございます。麦の綺麗な時期になりましたね」

「ええ。だからこそ、早めに終えなければいけません」

「……呪い、ですか」

「はい」


 本当に呪いだって風評被害を受けてたら、クレージュ領のものを買ってもらえないんだから、早めに対処してしまわないと難しい。

 一応クレージュ領の人たちはかかっていない。私も今のところかかっていない。外から来る人たちが風邪に似た原因不明の病気で倒れる、とそこまではわかっていても、対処できないのだから困る。

 私ももそもそとベッドから起き上がると、ジル様は苦笑した。


「まだ寝てていいですよ。自分はそろそろ視察に向かわねばなりませんから」

「ですけど……せっかく豊作の季節なんですよ。今年は天候に恵まれましたし。それが売れないのは困りますから。呪いの手がかり、夏の間にもっと早く詰められたらよかったんですが」

「心配かけてすみません。ですが、自分たちもただ手をこまねいている訳にはいきませんから。もうしばらくしたらエリゼも来るでしょうから、彼女に食事を用意してもらってください」

「はい……お気を付けて」


 せめてものことで、私はジル様の頬と額にキスをした。相変わらず夫婦らしいことはなにもしてないものの、これくらいはふたりでするようになっていた。

 ジル様が出かけていったあと、私はエリゼさんにドレスの面倒と髪型を整えてもらい、一杯のお茶をもらってから食事に出かけた。


「秋になったのに、まだ呪いの手がかりが掴めなくってすみません」

「いえ。まだ本番ではありませんから」

「ですけど……」

「まだ季節はありますから。あまり思い詰めないでくださいね」


 そうエリゼさんに言われて、私は頷きながら食事をいただいた。今はプラムのおいしい時期なのだろう、パンと一緒にいただいたのは生のプラムで、私はそれをプチンと食べながら果汁を楽しんでいるときだった。

 ツゥー……と鼻からなにかが出た……鼻水だ。


「えっ?」


 途端に食卓の世話をしてくれていたメイドさんたちが顔を引きつらせた。


「奥様が、呪いに……!」

「奥様……!」

「ちょっと、ちょっと待って! 違う……!」


 周りは途端に慌てふためきはじめた。

 待って。いきなり鼻水が出ただけで、この慌てふためきようはおかしい。でも、私は熱も出ていないし、くしゃみも出ていない。ただ鼻水だけが出る。

 この症状には覚えがある。

 エリゼさんは私の食事の処分を指示すると、さっさと私を寝間着に着替えさせてベッドに押し込んでしまった。久々に夫婦の寝室ではなく、私に与えられた私室だ。


「あ、あのう、エリゼさん。私、本当に」

「呪いではないと?」

「この世話、私も神殿で行ったことがありますから、多分間違いなく違います!」

「奥様はなんだと思われますか?」


 プラムを食べたのがきっかけだけれど、多分あれが生だったからであり、洗っていたらなんてことはなかったと思う。これは私が神殿にいたとき、皆が次々熱で倒れたときに徹底していたから。

 私はエリゼさんに伝えた。


「これ、枯草熱だと思います」

「……かれくさねつ、ですか?」

「はい。こちらも原因不明なんですけれど、洗濯物はなるべく室内で干す、食べるものは洗ってから食べ、外に出るときはなるべく肌を出さないようにしていたらかからないもののはずなんです。ジル様は夏頃から、呪い対策で水道の普及に努めていたはずです。こちら、バジルさんに仲介できませんか?」


 エリゼさんは黙って私の言葉を聞いていた。そして、念を押してきた。


「本当に、それで防げるんですね?」

「わかりません」

「……奥様でもわからないんですか」

「本当にかかる人とかからない人がいますから。ただ推論は立てられます」


 そもそも枯草熱は謎だらけで、化石病と同様になんなのかがわかっていない。

 春にいきなり熱を出して倒れる人がいたかと思ったら、秋にいきなり鼻水とくしゃみが停まらなくなる人がいる。そしてここはそもそもジル様の代まで枯草熱が発症する人がいなかったのは。


「ここは元々、ジル様のおじいさまの代にできた領であり、それまでは作物が育っていませんでした。だからこそ枯草熱にかかる人がいなかったんだと思います」

「……待ってください、奥様。その言い方ですと、作物を育てていたら、おのずと枯草熱にかかると言っているようなもので」

「そこまでは言っていません。ただ、春にはミモザや桃、ブドウの花の時期に枯草熱になる人が出て、秋には麦やブタクサの実る季節に枯草熱になる人が出るんです。共通項、わかりますか?」

「まさかと思いますが……」


 エリゼさんは私の立てた推論……もちろん、完全に私ひとりで考えたものだけではなく、枯草熱の人々の看病をしていて気付いたこと、神殿側でなんとか防いだところからの推論でしかない……にエリゼさんは呻き声を上げた。


「奥様は、呪いの正体を花粉ではないかと……?」

「少なくとも私のいた神殿ではそう思っています。クレージュ領の神殿の方は外から来る人しか呪いにかからず困惑しているようでしたが、神殿は植物を育てる際、むやみやたらと素手で触らないように言い含められていましたから」


 植物に近付く際に肌をさらすな。なるべく帽子や布を被ること。土を無意味に素手で触らないこと。それらは代々神殿の神官さんから教わることで、巫女も、もしかしたら聖女様だって、そのことに反したことはない。

 まさかそれが枯草熱を防いでいたなんて、私だって思わなかったけれど。

 エリゼさんはそれらをしばらく聞いてから、溜息をついた。


「……わかりました。このことは一旦バジルに伝えてきます。旦那様にはどうしますか?」

「私ももうしばらくしたら落ち着くでしょうし、そのときにでもお話しします。本当の本当に、あまり心配しないでくださいね」

「わかりました」


 実際に私も枯草熱にかかったことがないし、これもただの不慮の事故の可能性だってある。

 花粉を大量に浴びたら、それが原因で枯草熱にかかってしまうことがある。となったら、花粉を出さないようにすべきだし、秋に花粉を出すとなったら、それはブタクサか麦かの二択になるんだけれど、麦は既に実っているんだから、ブタクサが現任なのかな。

 もし麦が原因だとしたら、麦を育てられなかったらクレージュ領の生活に関わってきてしまうから無理だけれど。ブタクサが原因だとしたら、助かる道はある。

 私は全部の食事を終えることができなかったため、少しばかりの空きっ腹で天井を見上げた。


「呪いがなんとかなったら……なんとかなったら、そのときはクレージュ領の風評被害もなんとかなりますか?」


 一番の問題はそれだ。枯草熱は、神殿ですら完治させることはできないものだったし、予防以外に対処法がなかったのだ。

 それがいきなり「枯草熱だから問題ないです」と言ったところで、呪いから対処法不明な病気に変わるだけなんだから、風評被害を完全に取っ払うことができない。

 どうしたもんかと、私は頭を抱えた。

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