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神殿住まいのシルヴィ

「いい天気」


 神殿の朝は早い。朝一番に前掛けをして神殿中を拭き掃除する。特に季節の変わり目は風邪ひきの子たちが多いので、感染予防の面でも掃除は欠かせない。

 全部掃除が終わってから、礼拝堂で瞑想を済ませるのだ。

 聖女様のいるような大神殿だったら、ここで厳かに賛美歌でも歌うのだろうけれど、うちの神殿はそこまで大がかりでも煌びやかなものでもないため、本当に瞑想が終わったらそれぞれの持ち場に帰っていくのだ。


「もうお酒に漬け込んだドライフルーツ、上手い具合に戻せたかしら?」

「三日間も漬け込んでたんだから、戻ってないと困るわよ。ほら」

「わあ……!」


 神殿の運営費を貴族の寄付で賄えるのは、都会にあるような神殿くらいで、うちみたいに各領地の間にあるような神殿では、あちこちを馬車で走り回っている商人さんたちにうちでつくったお菓子を売ってもらわないと賄えない。

 幸いにもうちの領地は畜産がさかんで、バターにも卵にも困らず、庭で育てているブドウやあんずを干してドライフルーツにすることで、それらを材料にしたお菓子をつくって生計を立てていた。

 今日は皆でパウンドケーキをつくり、近々通る商人さんたちに売ろうとしていたのだ。

 バターと卵、お酒に漬け込んで戻したドライフルーツにドライフルーツを漬け込んでいたお酒をよく混ぜ合わせる。よく……よぉーく……。


「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 バターをかまどの近くでひたすらこねくり回すと、熱が回っていい具合に混ざる。それを皆は呆れ返って粉を木べらで混ぜながら眺めていた。


「元気ねえ、シルヴィは」

「うちで一番年季が入ってる巫女ですしねえ」

「ええ、シルヴィさんは行儀見習いではなかったんですか?」


 お菓子をつくりながら、一部の新米巫女は不思議そうな顔をする。

 神殿にいる巫女は、大きく分けて二種類だ。

 貴族や富豪の娘が、行儀見習いという名の悪い虫からの隔離のために入れるのがひとつ。

 もうひとつは、訳あって家から勘当同然に入れられるがひとつ。私は圧倒的に後者だった。


「化石病って知ってる?」

「ああ……一時期流行りましたよねえ。皮膚が化石みたいにボロボロになるっていう奴」

「シルヴィもねえ、あれにかかったから」

「ええ? シルヴィさん、ものすごく綺麗な人じゃないですか」

「でもねえ……あの子天気悪い日は見えちゃうから。肌の斑点」

「まあ……」


 好き勝手言ってるなあ。まあ、別に隠している訳じゃないからいいけど。私は一生懸命白くなるまでバターを捏ねくり回しながらごちる。

 そう……私が実家のお父様から神殿に入れられたのは、十年前に化石病にかかり、熱と咳で三日間生死の境をさまよい、なんとか治ったときには消えない斑点ができてしまったと発覚したからだった。

 今でこそ、そばかす程度にしか見えないけれど、貴族の嫁入りで顔に斑点がついているのは致命的だ。化石病の後遺症が残っていることで、健康的な跡継ぎが欲しい家からは願い下げだし、ぶっちゃけ美醜が物言う貴族社会の面汚し扱いされてしまう。

 それだったら、いっそ神殿に入れて奉仕活動させていたほうが、世のため人のため実家のためということで、私は神殿に入れられたんだけれど。

 はっきり言って、神殿での生活は貴族生活に馴染めなかった私には性に合っていた。礼儀作法習うよりも掃除のほうが好きだし、誰かに命令するよりも自分でしたほうが楽しかった。なによりも、商品になるお菓子をつくるのが楽しくて楽しくてたまらず、パウンドケーキ、クッキー、キャンディーと、それを成形するのにワクワクしてしまい、神殿の隣接擁護院の子供たちとお菓子を食べるのが日課となっている。

 私はこのまんまここで、生活していくんだろうなあ。

 混ぜ終えたバターに、粉をふるい入れてざっくりと混ぜ、パウンド型に流し込む。あとはかまどに入れて、焼いていくだけ。火をくべているかまどにパウンド型を入れるだけぇ。入れてしばらくは、火が消えるまで焼けばいいのだけど。

 せっせとかまどの薪の位置を調整していたところで、「シルヴィー」と先輩巫女さんから声がかかった。


「はい。今ちょうどパウンドケーキを焼いていて、このあと朝食をいただこうかと」

「朝食はそちらにパンがありますから、すぐいただいて。あなたに面会したい方が来ています」

「はい?」


 そりゃ神殿にいたら、ご近所さんともそれなりに世間話をするけど。私にわざわざ会いに来るような物好きなんているのかね。

 私はパンを水で流し込んで朝食とすると、いそいそと面会室へと出かけていった。

 一応うちに行儀見習いに来ているような巫女たちは、面会室でご家族と会ったりするけれど、私みたいに親に捨てられた巫女は掃除当番以外ではほぼ入らない。私が面会室へと出向くと、ガタンと長椅子から人が立ち上がった。

 私の記憶よりは老け込んでいるけれど、どう見てもそれはお父様だった。


「シルヴィ、すっかりと大人になって!」

「あらお父様。どうされました? うちに寄付の相談でも?」

「そんな嫌みを言ってくれるな。行き遅れと周りにチクチク言葉で攻められるよりも、こうして生活していたほうが楽しかっただろうが」

「まあ、そうなんですけどね」


 お父様は私があまりにもお転婆だったことをよく知っているため、神殿生活のほうが性に合っていることくらいとっくの昔にお見通しだった。

 でも、そんなこと知っているお父様が突然私に面会に来たのってなんでだろう。


「なにかありましたか?」

「シルヴィ、悪いが還俗してくれないかい?」

「はい?」

「我が家と父の代から懇意な伯爵殿から婚約の打診があったんだけどね。姉さんは流行病で別荘に引きこもってしまって出てこない。だからお前に行って欲しいのだけど」

「はい? なんで」


 そもそも私のこと化石病にかかったから嫁のもらい手ないだろと神殿に入れておいて、都合よく還俗させようとするなよ。

 私はイラッとしながらお父様を睨んだ。

 それにお父様はたじろぎながらも言い訳を重ねる。


「聞いておくれ、シルヴィ。父の代……つまりはお前の祖父の代に伯爵殿が事故に遭ったのを祖父が助けてね。お礼に婚約の世話をしたいと言ったものの、既に私はお前の母と結婚をしていたから断ったんだよ。そしたら、次の代に孫が異性だったら婚約させようと話がまとまってね……私もつい最近遺言が見つかり、伯爵から打診があるまで知らなかったんだよ」

「というか、お姉様は!? あの人すぐ仮病使って別荘に引きこもるから……」


 私の指摘に、お父様は気まずそうに視線を逸らしてしまった。どうも図星らしい。なんなんだ、あの人は本当に。人の気も知らずに。

 私はこめかみを指で弾く。


「……おじい様の遺言、なかったことにすることはできないんですか」

「もう無効にしてもいいんじゃないかとは思ったんだけどねえ……親父殿と来たら、わざわざ執政官を間に立てて遺言書をつくっていたもんだから、無下にもできずに」

「……法律を盾にですかぁ。でもいいんですか? 私、そもそも斑点のせいで絶対に行き遅れるからって神殿にいたのに」

「ああ、そのことだけれど。一応それとなく先方にも探りを入れてみたけどねえ。むしろ神殿で行儀見習いしていたほうが助かると」

「はあ……」


 神殿で行儀見習いをしている巫女たちは、公爵令嬢だろうが大富豪の娘だろうが、皆等しく同じ扱いを受ける。一応それらを取りまとめる巫女長はいるものの、年功序列な上に、一番仕事ができる人だから誰も逆らうこともない。

 料理や家事全般を叩き込まれている人が欲しかったのかしら。私がそうひとりで訝しがっていたら。


「あそこ、呪われているという曰くが付いてて、向こうも大変困っているんだよ」

「はあ?」


 なにをおっしゃるお父様。


「神殿出身だったら、呪いか否かわかるだろうから、そのほうが助かると」

「いやいやいやいやいや。いや。うちの神殿、聖女がいるような大神殿じゃありませんし。私だって聖なる力みたいなものなんてありませんしっ」

「大丈夫、神殿出身だったらなんとかなるだろうし、頼むよシルヴィ」

「神殿出身は万能調味料じゃありませんけどっ?」


 私とお父様の押し問答は続いた。

 久々に顔を見せた途端これだ。私をなんだと思っているのか勘弁して欲しい。私はそっと溜息をついたのだ。

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