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長い夢。


 とある平凡な会社の休息時間、ある事務仕事の女性が、職場で友人に話しかけられた。

『ねえ、最近どうよ、眠りのほうは』

『ああ、また最近眠れないんですよ』

 そう、眠っていても、あまりにも現実とかけ離れた夢で、ばかばかしくて時折目が覚めてしまう事があった。そのせいで最近不眠気味なのだ。


『これ試してみて』

 とあるカード型のフラッシュメモリを渡された。

『眠り粉?』

 メモリには付箋でそう書かれていた。

『いくつかの体験型メタバースドラマの情報なんだけど、いつもの容量でこれをさしてメタバースにアクセスするといいよ、自動で《世界》をつくって、あなたに会うドラマを《体験》をさせてくれる、グレーなルートでしか出回ってないものなんだけれど、リアルな経験ができて、現実と区別のつかない体験を得る事ができるのよ』

なるほど、これはいいかもしれないと思い、さっそくそれを持ち帰る。例のフラッシュメモリ、ヘッドフォン型のメタバース端末に差し込み、それを頭に付けて眠りについた。


夢の中で目覚めたら、病院の中。ベッドに横たわっている。腹部に痛みを感じ、点滴を打たれている。

『不思議な夢だなあ、ただの病院で、ドラマなんてほとんどない、ただ、痛みがとてもリアルだ』

 夢の中なので、何の気なしにナースコールを呼ぶ。

『どうされました?』

『看護師さん、私はどれくらいいきられるんですか?』

『それは……』

 気まずそうにする看護師。

『……余命通りならばあと5日であなたは死にます』

 


 次の日、会社に出勤。帰宅すると、その日もあえてその夢を見るために、メタバースの夢をみる事にした。なぜか、夢のなかのほうがリアルで居心地がいい気がするのだ。

『痛みがリアルすぎる、でも退屈よりはいい夢だ、日常は娯楽にあふれていた、芸術、本、おまけにメタバース、けれど、そのほとんどがまるで、退屈だったんだ、現実感がないというか、このメモリはきっと、グレーと言われているとおり、必要以上に“感覚”に強くアクセスするんだろう、リアルな感覚を、多すぎる娯楽に麻痺してしまった現代人から呼び覚ますものなんだ』


 またその次の日は、フラッシュメモリをくれた友人が突然休みをとった。看護婦に、わざとらしく尋ねる。

『あと何日いきられるんですか?』

『……3日ですよ』

『日数まできまってるんだ、おかしな夢だなあ』


 またまた次の日、出勤すると友人が何か気まずそうに、“メモリを返して”といってきたが、あまりに長く心地の良い睡眠がとれたので、返す気にならなかった。しぶしぶと友人は承諾していた。その日もいつも通り、メタバースの中で眠る。夢の中、いろんな人がお見舞いに来てくれた。現実での親族、元カレ、友人、知人、皆が、まるで自分を祝福するかのように泣いてくれた。

『いい夢だなあ、明日は、どんな夢が見られるんだろう、死んだら次は、どんなドラマが始まるんだろう』


 ついにドラマの最終日らしき日。またもや友人は会社にいない。会社がおわると、眠るかどうか、死に対するためらいがあったが、眠れなくて午前3時ほどまで、壁にもたれかかり悩んでいた。いつのまにか、メタバース端末をつけて、そのまま、スイッチを入れたか入れてないかわからないくらいのところで眠りに落ちたようだった。

 いつもの病院のベッドの上、意識がもうろうとしている、やがて、自分の手のひらの中に何かがあることに気づいた。いつも眠るときにつけているヘッドフォン型のメタバースの端末、それより小型の見慣れない端末がそこにあった。

(これは小型のメタバース端末?これは夢のなかじゃなかったのか?それともスイッチをいれたか入れていないかあいまいなまま眠ったから、夢の中にでもでてきたのだろうか)

 次の瞬間、視界が真っ暗になった。

『あれ?真っ暗だ、故障かな?』

 家族たちの泣きじゃくる声。

『ありがとう』

『いままでおつかれさま』

『おやすみなさい』

 ドラマはそこで終わったようだった。リアルなドラマが。


 そしてその人は長い眠りについた。実はというと夢のほうが現実だった。3か月ほど前、突然の難病のために助からないと医師に宣告され、その後、彼女の会社の知り合いの会社、メタバース企業の役員が尋ねてきて実験に参加しないかといわれた。『眠ったように死ぬ事が出来るメタバース装置』を装着する実験で、彼女はその実験に参加した。それは、死の苦しみを麻痺させるために現実と夢とを入れ替える実験だった。長い日にちをかけ、現実から現実感を奪い、夢にリアリティを持たせ、現実こそが夢であり、夢こそが現実であると思い込ませる、やがてそれを死の間際に入れ替えるのだ。ほんの少しの現実感を取り戻しつつ、現実を夢だと錯覚して、苦痛や、絶望が麻痺したまま、死を迎える事ができる。実験は目論見通りになり、彼女は死の痛みを和らげ、緩やかに、眠るように、旅だったのだった。


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