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必要な物を買い終えた俺と花梨は人混みの中を2人肩を並べて歩いている。
隣で急に立ち止まる彼女。
幸いすぐ後ろに人はいなかったため通行の邪魔にはならなかった。
「どうした?」
「こうして買い物袋持って隣並んで歩いてるの夫婦みたいだなと思って…」
ポツポツと呟きながら頬を染め顔を隠すように俯く彼女。
確かに言われてみれば夫婦とまではいかなくてもカップルのようには見える気がしないでもない。
彼女の言葉で変に意識してしまい、こちらまで恥ずかしくなってしまう。
「い…いきなり何言ってんだよお前。さっさと帰るぞ」
「う、うん…そだね」
俺の顔まで赤くなってきているのを感じ、慌てて顔を隠すように歩き出す。
それに続き彼女も歩きだし隣に並び歩く。
そこからは多少の気まずさを感じながらも普段通りの会話をしていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
そんなことをしながら歩くこと約5分程。
俺たちは再び足を止めた。
俺と花梨の視線の先にあるのはある公園である。
ここは夢で見た桜の木のある公園だ。
横目でちらりと花梨の様子を確認する。どうやら彼女も何か考えているのだろう、視線をじーっと公園に向けている。
あの夢の出来事からもう約10年は経過している。花梨がどうなのかはわからないが少なくとも俺は、あの日の出来事を今でも鮮明に覚えている。
これは比喩とかそういうのではなく言葉の通りの意味だ。
あの日俺が発した言葉、花梨から返された言葉、仕草、あの時の心情、それら全てをすぐに思い出す事ができる。
何せ俺の生き方を決めた出来事だからな。
気持ち悪いと言われてしまえばお終いなのだが。
「なぁ…寄らないか?」「ねぇ…寄り道しない?」
示し合わせたかのように重なるふたりの声。
お互い考えてた事は一緒だったようで無言で公園の中に入る。
時間的にもう少しで暗くなり始めることもあり公園の中の人達のほとんどが帰る準備を始めている。
そんな中二人で並んで入ってくる男女は少々目立つようで少なくない視線を集めている。
そんな視線を煩わしく思いながら、俺たちは例の桜の木のそばにあるベンチに座った。
座ったまではよかったのだがお互い特に用があったわけでもないので、当然二人の間には微妙な空気が流れる。
んんっと隣から咳払いが聞こえてきて顔をそちらに向ける。
視線の先には顔を真っ赤にした花梨がいた。何か喋ろうとしているのか口を開けてはまた口を閉じて言葉を飲み込む。
それを何回か繰り返した後喋る気になったのだろうか、顔をこちらに向けて俺と視線を合わせて口を開いた。
「あ、あのさ…ユートって彼女いたりしないよね?」
「…っ、いないよ」
「ほんと!?」
「お、おう」
突然ぶっ込んだ質問されて俺は身体が固まるのを感じた。流石に恋愛経験ゼロの俺でもこの質問の意図は分かる。
ついこの先の流れを予想してしまい顔が赤くなる。だがもし勘違いだった場合シンプルに恥ずかしいので平静を装ってなんとか返事をした。
それに対しての食いつきように少し動揺してしまったが。
そして彼女はおもむろに立ち上がる。それからこちらに向き直り意を決したように口を開く。
「わ、私ずっとゆーとが好きだったの!だからさ私と「待って花梨」」
だが俺は花梨の言葉を強引に遮った。そして俺も彼女と同じようにベンチを立つ。
当然彼女からは えっ? と戸惑いの声が漏れる。
それもそうだろう、これは彼女にとって初の告白だったのだ。それを言い切る前に途中で遮られてしまったのだから。あまりの衝撃に彼女は呆けてしまっている。
俺はそんな彼女に一歩近づき身体を抱きしめる。
「はぇ?……ちょ、ちょっと?」
当然急に抱きしめられた彼女は戸惑いの声を出す。
遅れて彼女の身体に熱がこもり始める。恥ずかしかったらしくあわあわと慌てている。
だが俺は抱きしめる腕を解けようとはしない。自分が非常識なことをしているという自覚はもちろんある。だが仕方ないのだ。
「ごめんな、急に抱きついたりして」
「う、うん、びっくりしただけだし良いんだけどどうしたの?急に」
「あぁ、今から言うことをよく聞いてくれ…」
「…うん」
先程まで慌てふためいていた彼女だったが、俺がいつもと違う真剣な雰囲気になっている事に気が付いたらしく除々に落ち着いていく。
話がしやすくて本当に助かる と内心彼女に感謝しながら話を続ける。
「言いたいことは3つだ。時間がないから手短に話すぞ」
「 まず一つ目だ。 先程までいたはずの公園の中の人達が何故かいなくなっている。 原因は恐らく公園前の黒服の男だとおもう。 そして狙いは恐らく俺。 根拠はあいつの視線がずっと俺に向けられているからだ。 ここまではいいな?」
そこまで言い切ると彼女の反応を待つ。彼女も現状に気付いたらしく コク と頷き俺の次の言葉を待つ。
俺はその対応に感心していた。
多少身体が強張っていたものの、声を出すことも大きな動きを見せることもなく小さな相槌だけで反応を示してくれたのだ。
流石花梨だと口角を上げながら俺も頷く。そして話を続ける。
「 だがあの男は俺らの邪魔をすることもなくただ待っている。 そこから推測するに少なくとも花梨に危害を加えるつもりはないのだろう。 だからそっちの道からこの公園を出て警察を呼んできてくれ。 頼む」
それに対して小さく頷く彼女。
一回一回感心してる時間もないのでまた話を続ける。
「 そして二つ目。 信三のおっちゃんに今まで世話になったと伝言してくれ。 すぐ会うことになると思うから。 ほんとなら自分で言いに行きたいんだけど無理そうだし。 だから花梨にお願いしたい、花梨だからこそ任せられる。 だから、ね?お願い」
彼女の身体が大きく揺れた。伝言の内容、それはもう戻らない、即ち今日ここで死ぬという意味を示している。
彼女の身体から力が抜け始めてしまったのでギュッと強く抱きとめて頭に手を当てる。
大丈夫大丈夫と子供をあやすように頭を撫でる。
彼女にとって非常に酷なお願いをしているというのは重々承知の上である。
だが物心ついた頃からいろんな事を教えてくれた恩人に感謝の一つも無しでは、俺を産んでくれた両親に顔向けできない。
俺だってほんとは凄く怖いし悲しい。
でもここで俺が弱気なところを見せると彼女まで不安な気持ちにさせてしまう。そんなこと容易に想像できてしまう。
だから、俺は笑顔でなんでもないように強がる。
花梨もそんな俺の内心に気付いたようで再び身体に力を入れて震えながらなんとか頷いてくれた。
俺はその反応に満足して手を花梨の頭から降ろす。そして話を続ける。
「 最後の三つ目。 これが一番大事。 俺はお前のことがどうしようもないくらい好きなんだ。 大好きなんだ。 このまま結婚して一緒に人生を添い遂げたい。 でもそれは叶いそうにない。 …だからこれは俺の我儘、幸せになってくれ。 俺はおまえに幸せな人生を送ってもらいたいんだ。 俺以外の誰かを好きになって俺以外の誰かとこんなふうに抱きしめあって、そして俺以外の誰かと幸せになる。 俺なんかの事をこの先もずるずると考えて時間を無駄にしてほしくないんだ。 だから…だからさ…」
ぐっと唇を噛む。血が出てきてしまいそうなほどの強さで噛む。
この先を言わなければいけないはずなのに頑なに身体がそれを拒んでいる。
でも言わなければいけない。これは花梨のため。
そして俺が意を決して口を開こうとした瞬間、腕の中にいる彼女が初めて喋りだした。
「 ううん、違うよゆーと。 おれなんかなんて言わないでよ。 私はゆーとだから好きになったの。 ゆーとだから今もずっとこうして抱きしめられてるの。 そしてゆーとだからこそ私は幸せになれるの」
そこで花梨は一旦言葉を止めた。何を思ったかスッと俺の頭の上に手を乗せて俺がしたように撫で始める。
いつもなら全力で逃げるのだが今は撫でられるのが心地よくてされるがままだ。
そして満足したのだろうか手を止めて彼女は再び喋り始める。
「 だからね?ゆーと以外を好きになるなんて無理。 ゆーと以外に抱きしめられるなんて嫌。 ゆーと以外と幸せになるなんて考えたくもない。 だから私はずっとゆーとのことを好きでいる。 そして結婚して一緒に幸せな日々を過ごす。 …私はずっと待っている。 例えそれがいつになろうと、例えそれが一生叶わないことなんだとしても。 これが私の我儘、文句なんて言わせない」
そういって俺の腕の中から離れていく花梨。腕の中にあった暖かみがきえる。そのものすごい喪失感に呆然と立ちすくんでいると、不意に唇に柔らかいものが押し付けられた。
あまりの衝撃に俺は目を見開き慌てて彼女を見ると真っ赤な顔で笑っていた。
「 これで理解できた?私が本気だってこと。 死ぬ気で生き残ってまた会いに来て。 死んだら許さないんだから!」
そう言い放ち彼女は俺から離れて公園の出口に向かって駆け出した。
彼女は俺がお願いしたことをきちんとこなそうとしてくれている。
ここでまだ駄々をこねるのは彼女に対して非常に失礼なことだと思う。だからせめて一言だけ伝えたかった。
俺は口を大きく開け大量の息を吸い込む、
そして叫ぶ―――
「花梨っ!!」
俺の叫びに対し花梨は立ち止まり振り返る。
俺からの最後になるであろう言葉を待っている。
そんな彼女の目元にはうっすらと涙が浮かんでいた。
だが俺は気にしない、もう覚悟は決めたから。
「 絶対待ってろよっ! あと浮気は絶対許さないからなっ!! そして最後に……」
俺のあまりの叫びに苦笑いをしている花梨。
俺は一旦言葉を切って花梨の目を見る。お互いの視線が交差する。
目を合わせただけで彼女も俺の意図に気づいてくれた。
スーと二人同時に息を吸う。
そして二人の声が公園の中に響き渡る。
「「また会おうっ!!」」
一段落つくまで出来上がり次第投稿していきます。
一段落ついたあとの投稿頻度としては1週間に1話でやっていきたいと思います。
あくまで想定なので気分次第では数話あげる可能性もあります。