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肝心な一話です。ゆっくりと書いていくのでこれからお願いします!
桃色に咲き誇る桜の木
そこにもたれかかるようにして座っている黒髪の少年と栗色の髪をした少女。
年の頃は二人とも小学5年生あたりだろう。
桜の明るいイメージとは対極に、ふたりの間には暗い雰囲気が漂っている。
正確には栗色の髪をした少女が嫌がらせをされていたところをこの黒髪の少年が仲裁して逃げてきたのだ。
「大丈夫だった?りんちゃん」
少しは落ち着いただろうかと思い、相手の顔を覗き込み優しくそう尋ねる少年。
「…うん。でも、なんで私ばっかいじわるされるんだろう…なんでわたしばっかり…」
「りんちゃん……」
泣き出しそうになりながらもポツポツと言葉を絞り出す少女。
言葉では「うん」と言っているもののその表情はとても大丈夫そうではない。
そんな少女の辛そうな表情を見て、少年は胸がキュッと締め付けられるような思いをした。
少年が何か声をかけようと口を開くがうまく言葉にすることができない。
そしてまた口を閉じ、何かを考え出したかのようにうつむいた。
そうしてしばらく続いた沈黙の後、少年が意を決したように顔をあげて喋りだす。
「……じゃあ…じゃあさっ!これから先、僕がりんちゃんを守ってあげる!これで尾形君もいじわるしてこなくなると思うよ!だから元気だして?」
『ね?』と首をコテンとかしげて笑顔を隣の少女に向ける少年。
ちなみに尾形というのはいつもこの少女に対して嫌がらせをしてきている少年である。
黒髪の少年の言葉に少女は ハッ と驚いた顔をする。
だがそのあとすぐに困ったようにまゆを曲げ、またうつむく。
「でもそれだとゆーくんに迷惑がかかっちゃうよ」
迷惑をかけるのが怖かったのだろう。
少女は遠慮がちにそう呟く。
だが少年から返ってきた返事は予想外のものだった。
「何言ってんだよりんちゃん!僕達、幼馴染でしょ?助けて当たり前だと思う!あと全然迷惑だなんて思わないし!」
凄く明るい声で優しい声色。それでいて何よりも頼もしい声。
そして本当に迷惑そうには見えない表情をしていた。
むしろ頼られて嬉しいのだろうか。ニマニマとした顔をしている。
そんな少年の表情を見た少女はーーー
「……そっか!それじゃあゆーくんに守ってもらおうかな?ちゃんと守ってよね!私の王子様!」
先程までの雰囲気が嘘のように霧散した。
パァ!と輝くような満面の笑みでそう告げた。
「や、やめろよ…。そんな恥ずかしいことよく言うよな。………全くこれだからりんちゃんはよぉ……」
少女からの王子様呼びに顔を赤くさせながら、ゴニョゴニョと照れ隠しをする少年。
同時に隣の少女の雰囲気が明るくなったことに安心して ふぅ っと肩をなでおろす。
不意に隣から ツンツン と肩を突かれる。
何かと思い少年が隣に視線を向けると 「ありがとねゆーくん!」 と、またもや今まで見たことがないくらいのニコニコ笑顔で笑いかけてくる。
直接お礼を伝えられたことが無性に恥ずかしくなったのか少年は顔を赤くして ふぃっ と顔をそらした。
しばらく無言の時間が続き、お互いある程度まで落ち着いた頃。
少女が何かを見つけたのか「…きれい」と呟いた。
それに対し、少年はすぅと少女の視線を追う。
「…きれい」
少女と同様、少年は無意識のうちにつぶやいていた。
ふたりの視線の先にあったもの。
それはーーー
一面に咲きほこる七色の様々な花達
その光景に少年は心を奪われた。息をするのも忘れてしまう程に見入っていたのだ。
視線の先にある花壇。
しっかりと手入れもされているのだろう、枯れ葉や枯れた花弁が一つもない。
色とりどりの花達に少年と少女の心はすっかりと鷲掴みにされていた。
ここまで素直に凄いと思える光景はなかなかない。
本当に心の底からきれいという言葉がでてきたのだ。
少年がずっと花壇に目を奪われていると、視界に少女の手がヒラヒラと入ってくる。
「うわ!?」
びっくりして思わず大きな声が出る。
その声に驚いたのだろう、少女も少年と同様に「うわ!?」と声をあげていた。
「え…大丈夫?ゆーくん?」
「あ!ご、ごめん!あまりに綺麗だったから!」
「ふふ。そうだね!もうちょっと近くで見てみたいけど、もう暗くなってきゃったからそろそろ帰らないとだね!また今度一緒に見に来ようね!」
少女に言われるまで気付いていなかったようで、少年は空を見上げた。
先程まで明るかった空が除々に暗くなっている。
この調子だと後30分もすれば真っ暗になってしまうだろう。
「…ほんとだ。もうこんな時間なんだね。帰ろっか!」
ふたりは横に並んで帰り始める。
ふたりの家は隣同士のためずっと道は一緒。
「あっ!」と何かを思い出したかのように声をあげる少女。
少女は駆け足で少年の前に回り込んだ。
「ゆーくん!これからもよろしくね!」
「うん!こちらこそ!りんちゃん!」
満面の笑みで会話をするふたり
彼らの背中は最初のような暗い雰囲気など一切感じさせないほど生き生きとしていた。
「…い!おい!起きろ柊木!」
突然聞こえてきた怒鳴り声に一気に目が覚め、そのまま勢いで立ち上がる。
『ガシャンッ!!』
教室に鳴り響く椅子が倒れる音。あまりの大きさにクラスの生徒の視線が自分に集まる。
そして沸き起こる笑い声の数々。
あまりの恥ずかしさに顔が熱くなる。
四方八方から突き刺さる視線の中で特に厳しい視線を感じそちらに視線を向ける。
そこには顔を引きつらせながら俺を見ている男性教師。
彼の顔に映る表情は怒りなどとうに通り越し、今や呆れだけになっている。
ハァ…ともう諦めたとでも言わんばかりの表情である。
そして一言。
「座れ」
それで、ハッ と我に返った俺は、急いで椅子を戻し教師に軽く会釈をした後、席をついた。
だがなぜか教師はまだこちらを見てくるので何事かと考える。
うーんうーんと頭を抱えながら考えてみるがやはり理由がわからない。
「あ!…おはようございます?先生」
「あぁおはよう。全く…お前ときたら…いつもいつも…。まあいい。このあほも起きたことだし授業終わるぞー」
どうやら当たっていたようだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あれから程なくして無事(?)授業が終わり、現在放課後。
クラスの大半の生徒が帰宅の準備を始めている。
それは俺、柊木悠斗もまた例外ではない。
放課後誰かと遊んだりする予定も特にないので、パパッと教材を鞄に放り込んで帰路につく。
「ゆーと!一緒にかーえろ!」
ちょうど校門を出たところで一人の女子に声をかけられた。
栗色の髪をした彼女の名前は白崎花梨、俺の幼馴染だ。
「あぁ、花梨か。………、そうだな一緒に帰るか」
「ん?どうしたの?なんかあった?」
「いや、なんでもないようん」
「そう?」
そう言ってコテンと可愛らしく首をかしげる彼女。
容姿が整っているだけあってその仕草の一つ一つが様になっている。
そして先程見た夢、あれは俺と彼女の小さい頃の出来事だ。
あの夢を見て俺はあの日の決意を密かに固めていたりしていた。
そのことが無性に恥ずかしくなり、つい素っ気なく対応してしまった。
だがやはり気になるようでこちらの顔を覗き込んで来る彼女。
それに対し、逃げるように歩きだす俺。
やれやれとため息を吐きながらそれに続く花梨。
もうこの話は終わり と言わんばかりの俺の対応に花梨も根負けしてしまったようだ。
別に悪いことをしたわけでもないので話すこと自体は構わないのだが、無性に気恥ずかしさが襲ってきて誤魔化してしまった。
それ以降はこの話を蒸し返すもなく普段通りの他愛のない会話をしながら家まで帰った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜−〜
しばらく歩いて現在、彼女の家の前にいる。
ちなみに俺の家はすぐ隣にあるので、実質俺の家の前でもあながち間違いではない。
「また明日」とお互い言い合いそれぞれの家に入る。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「ただいまー」
だが返事が帰ってくることはなく、家の中に彼の声が虚しく響く。
けれど彼はそれを気にした素振りを一切見せることなく一直線に歩き出した。
そしてついたのは仏壇の前。
そこに眠っているのは紛れもない俺の両親達だ。
俺の両親は昔、交通事故にあって亡くなったのだ。
昔というのは俺が2歳の時の出来事である。
なので当然、当時の記憶など忘れてしまっている。
顔も知らなければ声も覚えてない。唯一覚えているとすれば両親の名前、そのレベルの記憶だ。
その事故の後、身寄りの無くなった俺を信三のおじさん…親戚のおじさんが引き取ってくれた。
それからずっと面倒を見てくれていたのだが、高校に入るタイミングで「実家で過ごしたい」とお願いしてみたところ渋々ながら了承してくれた。
もともと実家にはちょくちょく泊まりにきたり時間つぶしをしにきたりとよく使っていた。
なので花梨とは昔からよく一緒に遊んでいた。
「ただいま父さん…母さん…」
仏壇の前に座り パンッ と手を合わせて改めて「ただいま」をいう。
これが俺の毎日のルーティンみたいなものなのだ。
しばらく仏壇を眺めてぼーとした後、部屋の掃除や洗濯、夕ご飯の準備を始める。
そこで冷蔵庫の中がほぼ空になっていることに気がつく。
あまり気乗りはしないが買い出しに行かないわけにもいかないので、急いで身支度をして家を出ることにした。
扉を開けた途端、隣の家から幼馴染の聞き慣れた声が聞こえてきた。
なんだ? と悪いとは思いつつ、つい聞き耳をたててしまう。
すると幼馴染の声とは別にもう一つ聞き慣れた男の声が聞こえてきた。
あの声の主は尾形か。
彼の名前は尾形あきお。 平凡な顔立ちだが身長が170後半の長身で体つきも何か武道をやってるらしくがっしりしている。
彼は立っているだけでもそれなりの威圧感がある。
そのうえ人の物を取り上げたり、ストレス発散のためか人をサンドバッグ代わりにして殴ったりといつも周りに横暴な態度を取っている。
だが皆、明確な力の差があるのを理解しているのか一切の抵抗をしない。
また巻き込まれないために彼に極力近寄らないようにしているものも多い。
それになりより彼は、例の夢で花梨を泣かしていた張本人でもある。
ほんと迷惑な野郎だ。
あの男のことだからどうせ碌でもない話をされているんだろうと予想はできたのだが、確証はないのでもう少し様子を見ることにした。
「いいじゃん!白崎さん!一緒にいこーよ!柊木だって来るって言ってたんだしいいじゃん!ね?」
「え?ゆーとも来るって言ってたの?…じゃあ大丈夫なのかな?」
「そうそう!だからさ!ね?」
どうやら何かのお誘いを受けているらしい。
それ自体は特におかしなこともないので別に構わない。
なのだが先程、彼がおかしな発言をした気がする。
『柊木もくる』
彼は確かにこう言ったはずだ。
だが俺はそんなことを言った記憶もなければ、彼からそのようなお誘いを受けた覚えもない。
この時点で何か裏があるのはほぼ確定事項なのだ。
そもそも相手が尾形という時点で裏があるのは確定しているも同然。
それほどまでに彼の信用は地に落ちてしまっているのだ。
やれやれと思いつつふたりの元まで向かい、会話に割り込むことにした。
「あのー?ちょっといいか?」
「ゆーと?」「ひ、柊木……」
俺の突然の乱入に対し、尾形は目を大きく見開き後ろめたそうに一歩後ずさった。
この反応はわかりやすすぎるだろ と内心呆れながら会話を続けた。
「尾形おまえな…いい加減花梨にちょっかいかけるのやめろ。 それ以上しつこいと容赦しないぞ? あともう1つ、お前から一度も誘いなんて受けてない。 まあもし仮に受けたとしても乗ることはないだろうがな」
俺の言葉に尾形は くっ と悔しそうに下唇を噛んでいる。
俺の名前を勝手に使われていたのが無性に腹がたった為、ついでに煽っておく。
本当の事が花梨にバレて焦ったのか、それとも俺に煽られたのが悔しかったのか、あるいは両方なのか。
彼は俺のことを憎々しげに睨んできていた。
それを正面から睨み返したところ「く…」と悔しげな声を上げながら逃げ出していった。
俺はあの日、花梨を守ると決めた日から死ぬ気で努力をして力をつけた。
偶然な事に親戚のおじさんが武術経験者だったため頼み込んで基礎から叩き込んでもらった。そして大分強くなったと自負している。
尾形程度の実力では到底太刀打ちできない程度には強くなったつもりだ。
現に尾形自身もそれを理解しているようで正面からやりあうようなことは今まで一度もなかった。
確実に勝てる相手にしか挑まない、それは生きる上では大事な事なのかもしれない。だが尾形のような野郎はどうしようもない小心者の小物だ。
逃げ出すくらいなら最初からやらないでもらいたいところなのだが、彼にはそんなことわからないのだろう。
そんなことより花梨にどうしても言わなければいけないことがあるのだ。
「はぁ…花梨お前もだぞ? もう少し警戒心を強くしろよ。 そりゃあ昔守るとは言ったけど常に隣にいて守り続けるなんてことはできないんだからな? 多少でもいいから自己防衛できるようになってくれよ?」
「う、うんごめん…気をつけるね。…それとゆーとありがとね!」
言いたいことも言えたので、彼女のお礼に対して短く「おう」と答えた。
彼女も反省してくれた様子なので良しとしよう。
俺は買い出しに行かなければいけないことを思い出し、身を翻して歩きだそうとする。
「ん?今からどっかいくの?ゆーと」
「あぁ。 ちょっと買い出しに行かなきゃいけないの思い出してな」
ほら といってポケットに入れていたエコバッグを開いてヒラヒラと揺らした。
彼女はそれに納得したようで なるほど と言いながら頷いた。
そしてなにか思いついたのだろうかバッと顔を上げた。
「じゃあせっかくだし一緒に買い物いこーよ!ゆーと!」
「…ああ、いいぞ」
何がせっかくだからなのかはよくわからないが特に断る意味もないので素直に受け入れることにした。
それに断ったら断ったで対応が面倒くさいし。
彼女は 身支度してくる と言って家の中に入っていく。
先程までお誘いを受けて嫌がっていた女の子とは思えないくらいの上機嫌ぶり。
俺に対してももう少し警戒心を抱いてもらいたいものだがな。
でも嬉しそうに部屋に戻っていく彼女の背中を見てしまうととてもじゃないがそんなことを伝える気にはなれないのだった。
それからふたり並んで近くのスーパーに歩き出したのは5分後の出来事―――
次はいつになるかなー?