第一話「転校生は俺だけが知っている?」
興味を持っていただきありがとうございます。
2日に1話のペースで書いていこうと思っています。
面白かったよって方は評価やコメントお待ちしております。
先日、両親が離婚した。
父、母、俺、双子の妹、のどこにでもいる普通の家族だった、と思う。
父は寡黙で仕事人だが、誕生日や記念日などは家族を優先するような人だったし、母は仕事と家事を両立しながらも、授業参観や部活の試合などは必ず見に来てくれる人だった。
でも日本は離婚大国と聞くし、普通の家族が突然バラバラになるなんてきっと珍しくともなんともないのかもしれない。
離婚の理由は何かって?そんなの知りたいと思うか?
愛想が尽きたなんて聞きたくないし、家族よりも大事な人ができたなんてもっての他だ。吐き気がするような真実なんて聞きたくない。離婚の理由なんて知らない方がきっと幸せなのだ。
俺は父に引き取られ、妹は母に引き取られて俺の家族はバラバラになってしまった。母と妹のものとなった我が家を出ていくとき、涙は流している者は一人もいなかった。いつものように玄関で母に見送られて家を出る。家の中を振り返るとそこには俺の日常が広がっていた。けれど、この日常も今日で終わり。俺は父の後について家を出る。ドアがゆっくりと閉まっていき、俺の日常もだんだんと閉ざされていく。閉じる直前に見えたのは、俯く妹と「春人……」という最後の言葉だった。
▼▼▼
俺の名前は新谷春人。県立の進学校に通う高校二年生だ。趣味は特になし。特技も特になし。勉強も運動もそこそこのどこにでもいる普通の男子高校生だ。
「今日もお早いな春人氏」
そう言って俺の前の席に着いたのは、友人の鳥山宗次郎、通称:鳥ジローだ。
「おはよ、鳥ジロー」
「おはようでござる、春人氏」
鳥ジローは高校入ってからの仲で、全然気を遣わなくていい数少ない友人だ。学校ではほぼ全ての時間こいつと一緒にいる。ちなみに鳥ジローというあだ名は俺がつけたもので、俺だけしか使っていない。由来はまぁ名前もそうだが、体型があの天気予報の黄色い鳥にそっくりだったからそう名付けた。
「春日氏、ちょっと」
「ん?」
鳥ジローが俺の頭に手を伸ばす。
「よっと、取れたでござる」
伸ばされていた手には白い埃のようなものが付いていた。
「せっかくのイケメンが台無しでござるよ」
鳥ジローはニコッと爽やかに笑うと、鞄の中から教科書などを取り出して朝の準備をし始めた。
……っべー。こいつイケメンかよ。
鳥ジローはメガネをかけた中年太りの、クラスに必ず一人はいるような男である。しかしこの男、多分隠れイケメンなのである。よく見ると顔は可愛い系で、清潔感のある容姿。おまけにサラッと自然に口に出るイケメン台詞。痩せたらめちゃめちゃ可愛い系イケメンなのである。間違いない。
俺は目の前で準備をしている鳥ジローを見た。背中は完全に中年のオジサンである。……俺が必ずお前の中のイケメンを呼び覚ましてやる。そう、胸に誓う春の朝であった。
キーンコーンカーンコーン
鳥ジローといつものように他愛もない会話をしていると、朝のチャイムが鳴った。チャイムの音と同時に担任の桜子先生が教室に入ってきた。
「みんな〜おはよう〜!」
ズキュュュン……
桜子先生の桜子スマイルに教室内の生徒達は一瞬で胸を撃たれた。
まるでアイドルのような可愛らしい桜子先生は、年齢もとても若く、生徒の間でとても人気が高い。しかも生徒思いでときに熱く、ときに厳しく接してくれるから多くの生徒達に愛されている。
先ほどから教室内が「桜子先生尊い」「桜子ちゃん好き」「桜子愛してる」といったラブコールで溢れかえっている。はぁ、まったくこいつらは……。
「……静・か・に」
ピタッ……と鳴り止まないラブコールが一瞬で止まる。桜子先生はたまに見た目からは想像もつかないほど低く恐ろしい声を発することがある。今も生徒全員背筋までビシッと伸ばしているほどである。……やっぱ桜子先生最強だわ。
桜子先生はコホンッと咳払いをすると、いつも通りのアイドル先生に戻った。
「今日はなんと転校生が来てます!」
「「「「「ぉぉおおおおおおお!」」」」」
教室内が再び盛り上がる。
「イケメンだったらどうしよう!」「可愛い子来い来い!」「桜子愛してる」と新しい転校生に生徒達が胸を弾ませる。……誰だよさっきから桜子先生に告白してるやつ。
「楽しみでござるな」
他の生徒ほどではないが、鳥ジローも珍しくワクワクしている。まぁ何歳になっても転校生っていうのはワクワクするよな。
そんな俺はというと……別のことが気になっていた。この高二の時期に転校なんて何かあったのだろうか、と。別に深い意味なんてないのかもしれない。けれど、つい最近俺の両親が離婚したこともあり、転校生も何か家庭の事情があったのかなと気になってしまっていた。……いい加減忘れろよ、俺。
「それじゃあ、入ってきてー」
俺とは正反対に、桜子先生の呼びかけで教室内は更に盛り上がる。
ガラガラ…
教室前方のドアが開くのと同時に、一人の女子生徒が入ってきた。
教室内がシーンと静まり返る。
セミロングの綺麗な茶髪が特徴的な転校生は桜子先生の隣に立つと軽くお辞儀をした。
「桧の丘学園から転校してきました、中里春乃です。宜しくお願いします」
うぉおぉおおおおおおおぉ!!!!!!!!
教室内が溢れんばかりの歓喜に包まれた。男は泣きながら虚空に手を合わせ、女は憧れや推しを見るような眼差しで転校生に見惚れている。みんな瞳をキラキラと輝かせている。……ただ一人、俺を除けば。
嘘…だろ………
俺は転校生……いや、"元妹"の登場に激しい目眩を覚えて、鳥ジローに一言入れて静かに誰にもバレることなく教室を後にした。
▼▼▼
教室を後にした俺は保健室…ではなく、よく行く使われていない空き教室へと向かった。
そこは校舎の案内板にすら載っておらず、元々何に使われていた教室かも分からないため、別名:名前の無い教室と呼ばれている。最上階の一番奥にあるため気付きにくく、案内板にも載っていないためこの教室を知っている者は生徒だけでなく先生含めてもあまりいない。気づいても不気味に思って近づかない人がほとんどだ。だから俺のお気に入りの休憩スポットとしてよく愛用している。
2階の自分の教室から3階、4階へと階段を登り、一番奥にある名前の無い教室の前までやってきた。俺は壊れて開けにくい横スライドのドアを慣れた手つきで開けて、中へと入った。
名前の無い教室は6畳くらいの小さな教室で、掃除がされていないから少し埃っぽいが、ほとんど使われていないため物も机と椅子くらいしかなく、片付いている。
教室の真ん中には長机と、その両端に2つのパイプ椅子あり、教室の奥には3人くらい座れるソファがある。ソファの横には本棚と冷蔵庫、食器棚があり、まるで一人暮らしの部屋のような内装となっている。
俺はパイプ椅子に腰掛けて、初めからこの教室にいた人物…相浦るなに声をかけた。
「早いな、相浦」
「お、春人じゃん」
ソファの上で本を被り、横になっていた相浦はふぁあーと大きく背伸びをして起き上がった。
「お前朝のHRはどうした?」
「今日は午後からー」
相浦はよく欠席をする。体調が悪いわけでも、いじめられていて学校に行きたくないからでもない。学校に来ているのに面倒だからと言ってこの教室でサボるのだ。じゃあわざわざ学校に行かなくてもいいのでは?と思う人もいるかもしれないが、相浦の家は特殊らしく、学校に行くのは面倒だけど家には絶対いたくないらしい。そのことについて俺も気になったことはあったが、先日俺の両親も離婚したし、それぞれの家庭の問題に他人が首を突っ込むのはおかしいと思うので何も聞かないでいる。相浦も鳥ジローも俺の両親の離婚を知っているが、何も言及してこなかった。だから多分今もこうやって気を遣わずに会話することができるのだ。
「新学期早々遅刻で大丈夫か?」
「平気平気ー。ちゃんと計算して休んでるから問題ナッシングー」
相浦はとても要領が良い。人付き合いも勉強も運動だって全てにおいて要領が良いのだ。そのためこんなにサボっているのに成績はいつもトップ5。少し前に「本気出せば一位取れるんじゃね?」と聞いたところ、「一位取ったら先生達が無理やり学校に来させようとするから嫌だー」と返されたことがある。なんだか憎めない面白い奴なのだ。
「春人ー今日昼まで一緒にサボろー」
「サボりたいけど俺は相浦みたいに要領良くないの。だからパス」
「えー春人のケチ」
「お前なぁ。学校の奴らにあの"相浦さん"は実は超絶怠惰のわがまま王女様だって言いふらすぞ」
「言ってもいいけど信じてもらえないと思うよー」
「そうなんだよなー」
相浦はクククッといたずらっ子のように笑った。
学校での相浦はこんなだるい感じの話し方とは正反対の、カースト上位って感じの明るくハキハキとした話し方をしている。それもそのはず、実は相浦るなはカースト上位の人気者なのだ。俺なんかの言葉に耳を貸す者なんていない。むしろ相浦ファンの奴らにけちょんけちょんにされてしまうのが目に見える。
相浦は普段あまり教室に来ないのにも関わらず成績はいつも上位で、運動もでき、性格もよく、おまけに青のインナーが入ったショートが似合う完璧美少女のため、男女問わず人気が高く、人気者ゆえの妬みも全く耳にしない。そこも要領の良さでどうにかしてしまうような奴なのだ。ほんと末恐ろしい。
「ま、冗談はさておきさ、そろそろ一限始まるけど行かなくていいのー?」
相浦は壁にかかっている時計を見て俺に聞いてきた。
「色々あってな…。一限はここで休むわ」
「ふーん。ま、春人がサボってくれるなら大歓迎だよー。ゲームでもするー?」
「いや、悪いがそんな気分じゃない。少し寝させてくれ」
相浦と話して少し元気になったが、やっぱりまだ気持ちの整理がついていないため、元妹のことを思い出すとまだ目眩がする。
「そっかー残念」
相浦はポツリと呟くと、ソファの端に寄って空いたスペースをぽんぽんと叩いた。
「今日は特別にソファ使っていいよー」
「だからこれはお前のじゃないっつーの」
俺はいつもの軽いツッコミを入れながら、ソファの空いてるスペースに寝転んだ。横になるだけで大分気分が良くなる。
「おやすみ、春人」
「あぁ…おやす…み……相…浦………」
頭上の相浦に振り向くことなく、俺は横向きのまま静かに眠りについた。
▼▼▼
目を覚ますと夕方だった。
もう一度言おう。夕方だったのだ。
一限だけ休むと言っていたのに、全授業寝ていて、気づけば時計の針は16時を指していた。教室内は影が落ちてうす暗く、外は綺麗なオレンジ色になっている。間違いない。夕方の16時だ。
……これじゃあ相浦と同じだな。
あまりの自分の体たらくに呆れ、大きなため息を吐き、そして体を起こそうとした。けれど"何か"が俺にくっ付いていて起き上がれない。俺は無理矢理体を捻り、その"何か"に目を向けた。
「え、春…乃……?」
そこには転校生であり、つい最近まで俺の妹だった新谷……中里春乃がいた。
春乃はむにゃむにゃと眠りながら、まるでぬいぐるみに抱きつくかのように俺に抱きついている。
大きくも無いソファに高校生二人が上に重なるのならまだしも、横になって寝ているくらいだから相当密着しないとソファから落ちてしまう。つまり俺は絶賛超密着中なのである。
今朝の男子の喜び方を見るに、普通の男子生徒ならそのまま気を失ってしまうほどだろう。実際、元兄の俺でもさすがに意識してしまう。そして、意識すればする程色々と"感じて"しまうのが人間というもの。春乃の息が、柔らかさが、温もりが、服を通してどんどん伝わってくる。やばい、これ以上は本当にやばい。いくら"元妹"だからってこれ以上の密着は超えてはいけない線を超えてしまいかねない。
俺はなんとか春乃の腕から抜け出して、ソファの前で項垂れた。春乃は変わらずむにゃむにゃと眠ったままだ。……この野郎。こっちは大変だったんだぞ。思い出す度に春乃の温もりがまだ身体に残っているのを感じる。
そもそも春乃と二人で寝るなんて小学校の低学年以来だ。昔は同じベッドで寝ていたが、気づいたら別々で寝るようになっていた。それぞれの部屋のそれぞれのベッドで。だからこうして春乃が寝ているのを見ることすら久しぶりなのである。
「……変わらねーな」
春乃は昔から俺か大きなぬいぐるみに抱きつかないと寝れない奴だった。昔は仕方ねーなって感じで済んだけど……今はお互い心も身体も成長している。それに春乃はもう"妹"ではない。ただの"他人"なのだ。そう考えると意識するなってほうが難しい。
「……」
俺の気持ちなんてつゆ知らず、春乃はまだ眠ったままだ。
そう言えばなんでこの教室に春乃がいるんだろう。確か俺は相浦と一緒にいてそして……この教室を知ってる生徒は俺と相浦、そして鳥ジローの3人だ。ってことは鳥ジローが教えた?相浦は昼から授業に出るって言ってたし他にこの教室を教えるのは……
俺はポケットからスマホを取り出し、画面を開いた。ロック画面に映し出された通知の一つに、桜子先生という名前と"具合大丈夫〜?私今日仕事忙しいから、春乃ちゃんに様子見に行かせちゃった(≧∀≦)"というメッセージが届いていた。
……あの狐教師め…わざと春乃を送ってきやがったな。
桜子先生は生徒思いで、アイドルみたいな可愛い顔を持つ生徒達から大人気の若い女性教師だ。しかし、それは偽りである。この教師の本当の顔は、人の嫌がることをしてそれを見て一人楽しむ超絶ドS狐教師なのである。まぁ生徒思いなのは確かで、可愛いのも事実だ。これだけはほんとのほんと。しかし!この狐教師の憎いところは、超絶ドSのターゲットが俺だけだというところだ!俺の嫌がることを察知し、実行し、苦しんでいる姿を見て楽しむ。そんな超絶変態ドS狐教師が俺の担任?しかも2年連続?ハハッ、そうだよ。俺はこの超絶変態ドS狐教師のペットだよ。一生離れられない首輪を繋がれたペットだよぉぉ!!
はぁ…はぁ…
あまりの怒りにいつの間にか呼吸が荒くなっていた。まぁこの教師、俺を心配しているのは本当だろう。原因が春乃だってことも知ってるから、もしかしたら……ってことで春乃と二人きりで話せるように、様子を見に行かせたんだろうし。…でも面白がっているのも違いない。なんだよ最後の顔文字……後で絶対仕返ししてやる。
俺は立ち上がるとスマホをポケットに戻し、来ていた上着を脱いで、春乃にかけた。転校早々俺のせいで体調崩されても嫌だしな。
すると春乃はゆっくりと背伸びをして体を起こした。
「悪い……起こしたか」
「……べ…別に」
何十日かぶりの春乃との会話。元々話すような仲ではなかったが、なんだか懐かしさを覚える。
「俺、もう帰るから。今日はありがとな」
「……ちょっ…上着」
春乃が上着を脱ごうとする。
「今日は少し冷えるから貸りとけ。それと、あんま暗くならないうちに帰れよ」
俺はそう言うと教室を後にした。
四月の夕暮れはやっぱり少し肌寒く、上着を貸しといてよかったな、と一人廊下を歩きながら心の中で呟いた。
読んでいただきありがとうございました。
次回は1月7日の6時からです。宜しくお願いします。