『再生』スキル持ちの少女が冒険者から復讐者になるお話
薄暗い谷底で、少女――エナ・フェイランは無気力に空を見上げていた。
周囲から絶えず聞こえてくる咀嚼音にはすっかり慣れて、ただエナはいつその『地獄』が終わるのかを待つだけであった。
ミキリッ、と鈍い音がして、エナの左腕に痛みが走る。関節の部分は魔物の歯によって引き裂かれ、簡単にエナの左腕がもがれてしまった。
「い、ぎ……っ」
エナは呻き声を上げた。――痛みは当然、ある。
涙目になりながら、自らの腕が魔物に食われる様子を静かに見守る。
(ああ、『また』なくなった)
腕がなくなったことを認識すると、エナの『固有スキル』が発動する。
じんわりと傷口が暖かくなり、『再生』が始まった。
通常――人間の失われた腕を生やすなど、魔法を使っても不可能だ。
だが、エナの場合はスキルによる再生が開始される。
これは、彼女特有のものであり、『再生』スキルの中でも異常なまでに高い再生能力を持っているがために、『腕がなくなった』という状態を認識さえしてしまえば、スキルは発動してしまうのだ。
何度も何度も何度も何度も――繰り返し再生しては、ただ魔物に食われ続けるだけの時間。
――どうしてこんなことになってしまったのか。
これは、少し前の出来事であった。
エナは元々、冒険者としてとあるパーティメンバーに所属していた。
決して高い能力を持っているわけではないエナであったが、その再生能力によって、『自らの身体を使った盾役』を担って活躍していた。
エナの能力が高くなくても、動く盾役として見るのならば、彼女は十分すぎるほど優秀であった。
エナは身体を張って、仲間達のために戦ってきたのだ。
仲間達もまた、仕事が終わった後はエナに労いの言葉をかけてくれて、信頼関係が構築されていると思っていた。
だが、パーティが強くなるにつれて、エナの存在価値がどんどん下がっていくのもまた、事実であった。
盾役であるエナが必要なのは、それぞれが魔物に対して対応できなかったレベルまでの話。
実力がついてくれば、むしろエナのような盾役にも、牽制能力などが求められるようになる。
残念なことに、エナにはそういう能力が欠けていた。――彼女はただ、『生きる盾』にしかなれなかったのだ。
「悪いな……エナ。最期に俺達の役に立ってくれて、ありがとう」
パーティリーダーの青年が言った言葉だ。
エナの所属するパーティが受けるには、まだ少しだけ難易度が高いと思われた依頼。
それを受けた理由が、エナを始末するためのものだと、気付くのがあまりに遅すぎた。
結果、エナは今のように魔物に囲われた森の中に置き去りにされ、ただ魔物の食糧になり続ける状況に陥ってしまっている。
エナ一人ではここから逃げられないことが分かっているはずなのに、置き去りにしたのだ。
「私って……」
何のために冒険者になったんだろう――そんな疑問を口にする前に、ようやく一体の魔物がエナの頭部に向かって口を開いた。
腕や足、胴体ならば再生することはできたが、そもそも頭部を食われたら『認識』することはできないだろう。
エナのスキルで唯一、補うことのできない弱点であると言えた。
――ああ、やっと死ねるんだ。
エナはただ、続く苦痛から解放されることに嬉しさを覚えていた。
生きたまま魔物に食われるという地獄のような仕打ちが続いて、ようやくそれが終わるのだから。
むしろ、エナは魔物に感謝すらした。
ミキッ、と嫌な音が耳に届いた後。視界がブラックアウトする。
そこで、エナの冒険者としての人生は終わった――はずだった。
(……?)
ぼんやりと、自身の身体を上から見下ろすような状況にあった。頭部がなくなり、身体の多くは魔物によって食べられている。
だが、まだエナは――自らの身体を認識している。
(これ、どういう……?)
エナには状況が理解できなかった。
もしかしたら、魂だけの存在になったのだろうか――そう考えたが、自由に移動ができるわけではない。
すると、魔物達は満足したのか、エナを『食べ残して』その場を去る。
一人残されたエナは、自らの身体を見下ろして、状況を認識した。
すると、身体がびくんっと大きく跳ねて、『再生』が始まる。
(……!?)
エナは驚いた。
すでに頭部はなくなっているというのに、今もなお認識することができて、身体は再生していくのだ。
そしてエナが目を覚ますと、身体は綺麗に再生していた。
周囲に魔物の気配はなく、ただ自らが治った、と言う事実に困惑する。
「私……頭なくなっても死なないんだ」
それが分かった途端、エナの中で『変化』があった。
散らばった荷物の中にある短剣を握ると、布でぐるぐると巻き付けた。
エナはすぐに走り出し、近くにいた魔物へと飛び掛かる。先ほど、エナの左腕を食った魔物だ。
「グ、ウオ……!?」
魔物は突然、背中から刺されて驚きの声を上げる。
ぶんっ、と身体を大きく動かして、エナを振り下ろそうとした。
だが、深く刺した短剣と、固く結んだ腕が容易に離れることはない。
腕の骨がへし折れるが、それを想定してやったことだ。
エナは自らの腕に魔力を集中させた。
威力は高いが、至近距離で放つために『利用用途』がない――そう言われた魔法。自分ならば使えるかもしれない、と覚えていたものだ。
ただ、今までは怖くて使えなかった。
けれど、今のエナにはそれが迷いなく使える――
「《ゼロ・ディスタンスボム》」
「カッ――」
大きな爆発音とともに、魔物の上半身がはじけ飛ぶ。
同じように、エナの身体も吹き飛ぶが、すぐに再生が始まった。
ボロボロになりながらも、エナは再生を終えると、また綺麗な身体に戻る。
そこで、ようやく『確信』する。
「これなら、私は誰にも負けないんだ……」
笑みを浮かべて、エナは走り出した。
自らの身体を食った魔物を殺し、そして彼女はそのまま――町へと戻る。
目指すのは、エナを見捨てた仲間達のいる拠点。
どんな顔をして出迎えてくれるだろう……それを想像しながら、エナはゆっくりと扉を開く。
「ただいま」
エナはそう一言、仲間達に告げた。目を見開いて驚く仲間を見て、エナは満足そうに笑う。
――それから数分としないうちに、そこには惨劇が繰り広げられた。
最後に残したパーティリーダーの青年は、怯えた様子でエナを見上げる。
「ま、待て、待て! 金ならある! だから、命だけは――」
「金はもらっていくよ。あなたを殺して」
自分の腕ごと、パーティリーダーの青年の頭部を掴んで爆発させる。
なくなった腕はすぐに再生して、エナはゆっくりとその場を見渡した。
残されたのは自分だけ。倒れているのは、先ほど自分が殺した仲間達。
エナの方が強かった――その事実に気付かせてくれた仲間達に感謝をしながら、その場を後にする。
――それから、とある『復讐者』の話が噂されるようになった。
どんなに名の知れた冒険者だろうと、英雄だろうと、依頼をすれば絶対に殺してくれるという、代行人の話だ。
「私の力は、こうやって使うべきだったんだ」
少女は冒険者から、復讐者となり――今も日々、依頼を受けて他人の復讐を代行している。
こんなお話が好きなので短編にして書きました。




