8話 少年よ、怖くなくなれ
「火木子ちゃああああああああん!!」
泣きながら部屋に逃げ帰った僕は、コタツに座る火木子ちゃんに何とか縋り付いていた。
「泣かないでください……こわい……」
「うううううぅ……」
「どうしたんですか?」
「えっぐ……また……講義でオバケの話が……あって……うううううぅ」
「やめてください……怖いからもう泣かないでください」
火木子ちゃんが優しく抱きしめてくれる。そのおかげで、1時間くらいしてやっと僕は少し安心できた。
安心したら、まずい事を思い出してしまった。
「ごめん火木子ちゃん……実はちょっとおしっこも漏らしちゃって……」
「ヒッ……! おしっここわい!」
「ごめん」
ちょっと恥ずかしくなりながらも、急いでパンツを変えて戻った。
「もう……大丈夫だよ……ヒック……」
「ヒエッ……涙もこわいです……」
「オバケは泣かないの?」
「あんまり泣かないですね。親戚の子泣きおじさんは泣きますけど」
「ヒイイイイイ……! 怖い事言わないで!」
「あ……ごめんなさい」
子泣きおじさんとか……本当にいるんだ……
「うわあああああああああ!」
「いません! 全部嘘です! オバケなんかいませんよ!」
「ううううううぅ」
「泣かないでください! 私も今日はオバケじゃないですから!」
「ううううぅ……明日は?」
「明日も特別にオバケじゃなくていいですから」
「うううううぅ……」
それから一時間くらい火木子ちゃんに頭を撫でて貰って、僕は何とか立ち直る事が出来た。
でも……このままじゃダメだ。
このままだと、単位が取れなくて進学できなくなってしまう。
授業はオバケの話が多くてこわいけど、何とか我慢しないと。
「火木子ちゃん……」
「なんですか?」
「僕はあんまり怖がらないようになりたいんだ。協力してよ」
「いいですけど、どうすればいいんですか?」
「うーん……」
腕組みしてじっと悩んでいると、やっと答えが出た。
「ちょっとだけ怖い事を言ってよ。きっと何度も聞いていれば、慣れて来ると思う」
「わかりました!」
「ちょっとだけだからね!」
「わかってますって」
僕はガクガク震えながら、火木子ちゃんが怖い事を言うのを待った。
そして……
「ヒューどろどろどろ」
「イッ……! 無理!」
「あっ……ごめんなさい」
「こわ過ぎるよちょっと。もう少し控えめにして」
「はい」
そして、僕はまた火木子ちゃんが口を開くのをじっと待つ。
それにしても……待つのもこわいなあ。
「…………」
「ヒッ……!」
「まだ何も言ってませんけど?」
「ううううぅ」
一体……火木子ちゃんはどんな怖い事を僕に言ってくるんだろう。
「チカくん」
「は……はい!」
「大好きです」
「えっ?」
「怖くなかったですか?」
何だあ……嘘かあ……
「怖くないよ! 変な嘘つかないでよもお……」
「でも、好きなのは本当ですよ」
「ほんと!?」
「大好きって程じゃないですけど」
「じゃあ僕も好き」
「……ありがとうございます」
照れているのか……火木子ちゃんの青白い頬は少し赤みがさしてオバケっぽくなくなっていた。なんだかいつも以上に可愛らしい。
それにしても……火木子ちゃんも僕の事が好きなのかあ……
どういう意味の好きかは分からないけど、何だかとても嬉しかった。
「じゃあ次の怖がらせをしますね」
「……今日はもういいよ」
「はーい」
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
夜になった。
コタツの中で火木子ちゃんと横に並んで手を繋ぎ、温かいオレンジの光を見上げる。
なんだか、二人で夜景を眺めているみたいだ。
「あったかいですねえ……」
「うん……」
怖くなったのだろうか。
火木子ちゃんが、僕の腕に抱き付いてきた。
僕も体を起こして、火木子ちゃんの背中に手を回す。
「あっ……ごめん」
間違って、どこかにキスしてしまった。
「こわくなかった?」
「ちょっとなら……いいですよ」
「うん」
「キスしたの初めてですか?」
「……うん」
「そうですか」
火木子ちゃんが悪戯に微笑むので、僕はドキドキして眠れなくなった。
なのに火木子ちゃんは安らかな寝息を立てて、すぐに眠ってしまった。
僕はこんなにドキドキしているのに……なんだか悔しい。
「チカくん……」
なんだろう……寝言かな?
「うぅ……」
また抱き付いてきた。
これ……もしかしたらエッチな事してもバレないんじゃあ。
……いや、駄目だ勝手にエッチな事をしては。
僕は怖がりながらも、オバケの事を考えてエッチな気分を頑張って薄れさせる事にした。
「うううぅ……こわい……」
縋るように火木子ちゃんに抱き着くと、優しい匂いがしてきて少しだけ落ち着くことができた。
そのまま深呼吸していくと、眠れそうな気がして来た。
「おやすみ……火木子ちゃん……」