11話 そしてコタツの中で
「それじゃ、背中にお札を貼ってくれますか?」
「うん……」
「絶対前は見ないでくださいね……」
「うん……」
これを背中に貼っておけば、コタツを離れても火木子ちゃんは人間にならなくて済むという事らしいけど……
お札には墨汁か何かで変な記号が書いてあるし、直接触るのは怖すぎる。
だから僕はお箸を使う事にした。
お箸で何とかお札を掴んで、ピンセットで透明な保護フィルムを剥がしてシールをむき出しにした。
「お願いします……」
「……!!」
はだけた白い着物……儚いなで肩……むき出しになった青白く綺麗な背中。
眩暈がして倒れそうになった。
あまりにもエッチすぎる……
「恥ずかしいから……早くしてください……」
「うん……」
息が荒れるのを我慢できないまま、なんとかお札をお箸で掴んで、小さな背中に貼りつける。
すぐに火木子ちゃんは着物を着直してしまった。何だか名残惜しい。
「行きましょう」
「うん」
寮を出てしばらく歩いて、踏切を抜けて、住宅街を進んで行く。
火木子ちゃんは何も話しかけてこない。
僕が一人で話している変な人だと思われないように、気を使ってくれているのだろうか。
やがて、人気のない河川敷にたどり着いた。
僕は土手を火木子ちゃんと二人並んで踏みしめて行く。
見下ろすと大きな川が日の光でキラキラ輝いて、少し眩しい。
「チカくんは……おっぱい大きい方が好きなんですか?」
火木子ちゃんが少し俯いたまま呟く。
「うーん……」
うーん……どうなんだろう……
「うーーーーーーん……」
大きいおっぱいも好きだけど……中くらいのおっぱいも好きだし……小さいおっぱいも好きなんだよなあ……
「どっちなんですか?」
「……わからないよ……そんなの」
「あ、あの白黒の鳥、小さくて可愛いですね」
話を逸らしたのかな……まあいいや。
「あれはハクセキレイっていうんだよ」
「へー! チカくんって物知りですね……」
「まあねえ」
そんな風に楽しく話しながら人気のない土手を歩いていると、急に火木子ちゃんが走り出した。
「どうしたの?」
「鬼ごっこしましょうよ!」
「鬼ごっこって言わないで……ちょっとこわいから」
「じゃあ追いかけっこ?」
「それならいいよ」
僕は息を切らして走る火木子ちゃんを追いかけた。
火木子ちゃんの下駄の音がカラカラと鳴り響く。
下駄な上に走りにくそうな着物を着ているのに、火木子ちゃんは僕よりずっと足が速かった。
「はぁ……まって……はぁ……」
「もう……遅いですよー」
「まって……ほんと……きつい……」
「大丈夫ですか?」
「しぬ……」
疲れたので、土手を降って小さな河川敷広場に向かった。
大きな岩に腰かけて、火木子ちゃんと川を眺める。
のんびりと時間が流れて行く。
心の奥底が満たされるような、不思議な安心感があった。
こんなに心地よいのは多分、火木子ちゃんが隣にいてくれるからだ。
何となく火木子ちゃんの表情を伺ってみる。
「…………」
顔色がおかしい……いつも以上に青白くなってしまっている。
「やばい……やばいです……」
「どうしたの?」
「走った時にお札取れちゃったかも……このままじゃ……人間になっちゃう……!」
「そんな……」
「こわい……! こわいです……!」
「待ってて。僕が探して来るから」
「チカくん……」
全速力で土手を掛け上げって、辺りを見回して探し回った。
走り過ぎてお腹が痛くなったけど、それでも走った。
火木子ちゃんは人間になる事を怖がっていた。
最初から人間の僕にはどのくらい怖いか良く分からないけど……きっと僕でいったら、オバケになってしまうのと同じくらい怖い事なんだ。
火木子ちゃんにそんな怖い思いはさせたくなかった。
「あった……!」
黒い筆文字で変な記号が掛かれたお札だ……
「うううぅ……」
直接触るのはこわいけど、我慢して何とか指でつまんだ。
そして全力で走った。
今この瞬間も、火木子ちゃんはきっと怖がっている。
「火木子ちゃん! あったよ!」
「チカくん……」
お札を渡すと、火木子ちゃんは背中に突っ込んで自分で貼り付けた。
「はぁ……はぁ……つかれた……」
それにしても……自分で貼れるならなんで最初に貼る時僕に頼んだんだろう。
まあどうでもいいか。それより……
「大丈夫? 人間になってない?」
「……大丈夫です」
ほっと一息ついて、呼吸を整えると僕は屈んで火木子ちゃんに背中を向ける。
「早く帰ろう。僕がおんぶしてあげるから」
「ありがとうございます……」
火木子ちゃんの体は思ったより軽かった。
へとへとになりながら、何とかコタツにたどり着いた。
火木子ちゃんと並んでコタツの中に潜り込む。
そしてどちらともなく手を繋ぎ合う。
「火木子ちゃん……人間にならなくてよかったね……」
「チカくんは……私が人間になった方が良かったんじゃないですか?」
「そうかもしれないけど……火木子ちゃんが怖がってるの……かわいそうだったし……」
「優しいんですね」
「ありがとう」
「でも私……もう人間になってもいいかなって思っちゃいました……」
「なんで?」
「だって、チカくんはオバケ怖いんでしょ?」
「そりゃ怖いよ」
「私の事、怖いんでしょ?」
「火木子ちゃんは……怖くないよ」
「そうなんですか……」
「前は怖かったけど、もう怖くない」
「私も……今はチカ君の事怖くないです」
「そっか……」
火木子ちゃんを、そっと抱きしめる。
そして唇を重ね合った。
「火木子ちゃんの事が好きだ……オバケとかオバケじゃないとか関係なく大好きなんだ」
「私も……チカ君の事が大好きです……」
火木子ちゃんもそっとキスしてくれた。
それから、僕と火木子ちゃんはキスしながらずっと抱き合った。
いままでみたいに怖いから抱き合うんじゃなくて、大好きだから抱き合った。
でも……本当はちょっとだけ怖い。
多分、火木子ちゃんもちょっとだけ僕の事を怖がっている。
それでもいいんだ。
これからずっと一緒にコタツでのんびりしたり、抱き合ったり、キスしたりして過ごして行くうちに、きっといつかお互いを怖く無くなれる。
きっとそれでいいんだ。
「ずっと一緒ですよ」
「うん……」
僕は火木子ちゃんと一緒に、暖かなコタツの灯に照らされていた。
それだけで、僕はとても幸せだった。




