第31話 妹になんてなりたくなかったっ!!
「——はっ!? ゆ、夢……?」
夢を見た。私と兄さんが、違う出会い方をして恋人になる夢。
もしかしたらこんな現実もあったのかと思うと、なんだかやるせない気分になってくる。
「はぁ……このモヤモヤを無くしたくてふて寝したのに、これじゃあ逆に大きくなっちゃう」
実際、もう我慢の限界。
あの夢みたいに、恋人になるまでとは言わなくても、星夜に普通に恋をできたらいいのに……。
「……あれ?」
今、なんとなく、このモヤモヤの核心をついたような、そんな気がした。
けれど、だからといってモヤモヤが無くなるようなこともなく。
「はぁ……もうこんな時間。ずいぶん寝ちゃったな」
ため息をついて時計を見れば、短針は21時を示してた。
夜ごはんは、きっと兄さんはもう食べただろうし、食欲もあんまりないし、兄さんに手間をかけるから別にいいか。
それより、お風呂に入ろう。
お風呂に入って、今日も兄さんに髪を乾かしてもらって、その時に名一杯甘やかしてもらおう。
そうすれば、まだ我慢できる。このモヤモヤと折り合いが付けられるから。
昨日は横抱きにして乾かしてもらったし、今日はどうしよう? う~ん、思い切って見つめ合うように向き合いながらやってもらおうかな?
そんなことを考えながら、下着とパジャマを用意して一階のお風呂場に向かう。
「うん……?」
その途中、ふと、リビングの方から何にも物音がしないことに気が付いた。
というか、今更だけど家の電気が何処もついてない。夜目が効くから夜でも昼間みたいに明るく見えて気が付かなかった。
どうしたんだろう? 兄さんは、もう部屋にいるのかな……いや、でも、ここに来る時兄さんの部屋の方から気配は感じなかったし。もしかして、出かけてる?
「兄さん……?」
リビングに入れば、ソファーの上に兄さんの後ろ姿が見えた。
くてっと首が傾いてて、眠ってしまったんだと分かる。
「もう、兄さん? 温かくなってきたとはいえ人間がこんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ」
声をかけたけど返事がない。ただのしかばねのようだ……。
まぁ、それは冗談だけど、今週から学校が始まって、色々と忙しくなったから兄さんも疲れが貯まってるんだと思う。
私のことも気遣ってくれてるし、今度からもう少し家事を手伝おうかな。せめて家の掃除くらいは……。
そんなことを考えながら、洗い立てのブランケットをとってきて、かけてあげようとソファーの正面に回って——。
「兄さ——ぁ…………………大狼、みぞれ……」
ソファーの背もたれで見えなかったけど、兄さんは一人で寝てるわけじゃなかった。
そこには親愛がこもったような、緩みきった表情で兄さんに身を預けて眠る狼女の姿があった。
そしてそれは兄さんも同じ。きっと兄さんは気が付いてないか、目を背けてるだけで少なからず大狼みぞれを想ってるんだと思う。
だから、それこそ寄り添いあう今の二人は、まるでさっきの夢の中で最後に見た私と彼のようで。
「ぁ……あ、ぁ……」
私の中の心の結界がぼろぼろぼろと崩れてく。
満杯であふれ出したコップの水のように私の中のモヤモヤが溢れ出すのを感じた。
…………ずるい……大狼みぞれも、夢の中の十六夜月菜もずるいよ!
私は……私は妹だから、あなたたちみたいに、兄さん——星夜に恋愛感情としての好きを伝えることができないのに!
なのに、毎日一番近くにいるから星夜の優しさをすごく感じて、毎日一番近くにいるから星夜にどんどん惹かれていって……好きで好きで仕方がなくて。
けれど星夜には、兄としての表情しか向けてもらえなくて……だから私も、妹として振舞うしかなくて。
「あぁ……わかった」
モヤモヤの正体がやっと分かった気がした。
これは、最初に否定した嫉妬と焦り、それと恐怖心でもあるんだと思う。
けど、一番大きいのは煩わしさ。私は、星夜の妹という立場が嫌なんだ。
そういう複数の想いが合わさったのがこのモヤモヤの正体。
妹じゃなかったら想いを伝えられた。妹じゃなかったら堂々とキスだってできた、もしかしたらその先も‥‥‥いつだって、そうできるような環境にいるのに。
「星夜……」
気が付いたら星夜の体の上にのしかかって、目の前に星夜の顔があった。
私の姿は吸血鬼のそれに変わって、舞い落ちる淡い銀色の燐光が無防備な星夜の首筋を照らす。
それが見えた途端、かぁぁぁっと喉が急激に乾いて、目の前が真っ赤になる。
そうなったらもう、我慢なんてできなかった。
「はむっ……ちゅっ……んくっ……」
星夜の首筋に牙を突き立てて、垂れる血を舐めとる。
でも足りない……これだけじゃ、積もり積もった私の感情は抑えられない。
もっと……もっともっと星夜が欲しい。
「なら……んっ」
私は星夜にキスをした。
唇と唇が触れるだけのキスじゃない。
私の気持ちを伝えるように、深く深く……舌を絡ませる。
「んぁ……ちゅっ……もっとぉ……」
その時、ビクッと星夜の身体が反応して閉じていたまぶたが開かれると、直ぐに状況を理解したのか驚いてるのが瞳から分かった。
でも……ごめんね。もう、止まれないの……。
「んっ……あっ……ぷはっ」
「る、な? なに——っ!?」
「ちゅっ……んぅ……」
離れようとする星夜を首に回した腕で抑え込んで逃がさない。人間の力じゃ吸血鬼には敵わない。
ずっとずっとおあずけされてたんだもん。これだけじゃ全然足りないよ。
でも、私だけじゃなくて星夜にも求めてほしい……私のことを。
片手だけ離して星夜の手を掴んだ。
そのまま導くように誘導して自分の胸に押し当てる。
「あんっ……んっ……ふあっ……」
甘くしびれるような感覚に、合わせた口の隙間から自分が出したものとは思えない声が漏れた。
自分の身体がすごく熱くて、興奮していく。
ふと、下半身に何かが当たってるのに気が付いた。
それが何なのか分かって、もしかしたら星夜が私に女として感じてくれてるんだと思うとキュンとするような嬉しさがこみ上げる。
「あうんっ……ぷはっ……んぁっ……はぁ‥‥‥——っ!?」
息継ぎ。口を離して、糸を引く絡み合った二人の唾液がつーっと伸びる。
それが切れた瞬間——グルっと世界が回ったと思ったら、今度は私が見上げるように組み敷かれてた。
「はっ……はっ……はっ……」
いったい何が起きたのか分からなくて、さっきまで入ってた力も抜けてしまって。
目の前にいる荒い息を吐いてる星夜が少し恐く感じるけど、私は何かを望むようにギュッと目を瞑る。
「………………」
だけど、私の期待するような感触はやってこなくて、むしろ星夜が離れてく気配を感じた。
「……ぁ」
「月菜……」
無意識に縋るような気持ちで星夜の裾を掴んでて、それに気づいた星夜が私の名前を呼ぶ。
「星夜……シよ……?」
「やらない」
「なん、で」
「それは、俺たちは兄妹だろう? そんなことしない」
——モヤモヤモヤと、溜まり始めて。
まただ……私が、妹だから。
その理由だけで星夜は受け入れてくれない。ちゃんと受け止めてくれない
——モヤモヤモヤと、溢れ出して。
せめて、私のことが嫌いとか……本当は付き合ってる人がいるからとか……そういう理由なら私だって納得できたのに。
——モヤモヤモヤと、零れ落ちて。
そうして私は、言いたくなかったことを言ってしまう。
「————なかった」
「月菜? どうした?」
「こんな気持ちになるなら、あなたの妹になんてなりたくなかったっ!!」




