第25話 ……久しぶりだよね
「ふぁ~、お父さんの話長かった~。朝にあんなに長話は止めときなって言ったのに」
そう愚痴りながらみぞれが体育館を出て行く、俺と月菜と雄介の三人もそれに続いた。
教室で四人で談笑してると、途中で担任の先生がやってきて、連絡事項を伝えた後すぐに入学式が始まるとのことで、体育館に移動することになった。
それで、今は入学式が終わって教室に戻るところ。
ちなみに、みぞれのお父さん……つまり俺がおじさんって呼んでる人は、俺たちが今日から通うことになるこの私立高校の校長先生だったりする。世間って狭いよね……。
もう一つ加えると、新入生代表挨拶をやったのはみぞれだったりする。こいつ、こんなバカみたいな言動してるのに実は入試トップっていう優等生ぶり、もちろん校長が身内だからって不正は行われてない。
それでみぞれの新入生代表挨拶だけど、おじさんと負けず劣らずの長さだったことを伝えておこう。流石親子だね。
だけど、話が終わった後の生徒たちの拍手は圧倒的にみぞれの方が大きかった。これがJKブランドと中年おじさんの差よ……おじさん、哀れ。
そんなこと思ってると、先頭を歩いてたみぞれがクルリと振り返った。
「もう今日は学校終わりだけど、この後みんなはどうするの? 新歓出る?」
「ん~、俺は部活入るつもりは無いし出ないかな? 月菜はどうする? 部活とか気になるならついてくよ?」
「兄さんが入らないなら私もいい」
「俺も放課後はオタ活に力を入れたいからな、どこかに入るつもりはない」
みぞれが言った新歓っていうのは、いわゆる新入生歓迎会ってやつで有志参加で部活紹介とか、そういうオリエンテーションみたいなものだ。
俺は中学の時から家では家事のことがあったから部活は入ってなくて、高校から何かを始めるのも遅い気がするし、月美さんがやってきて家事の心配をすることが無くなったと言っても俺も手伝う気満々だから高校でも部活に入るつもりは無い。
で、月菜は俺がやらないならやらないと、雄介は相変わらずで……ならここ全員帰宅部か。
「あたしも星夜が入らないならやらな~いっと。なら、あたしこの後お父さんのところにいかにと行けないんだけど、星夜たちも来る?」
おじさんのところにか、たぶん月菜と俺のことクラスを一緒にしてくれたりと気を使ってくれたんだろうし、挨拶には行っといたほうが良いか。
「行かせてもらおうかな。俺たちのこととか父さんのことで迷惑かけたと思うし」
「おっけ~、それじゃあさっそくお父さんに言っとくね!」
「あんがと。ってか、みぞれそんな後ろ歩きの歩きスマホなんてしてたら倒れてケガするからちゃんと——」
前を向けって続きの言葉は、突然目の前が真っ白になってふらっとして足に力が入らなくなったことで出せなかった。
あれ? おかしいな……俺、貧血とか眩暈が起こることなんて滅多にないんだけど……。
スローモーションで迫ってくる地面を見ながらそんなことを頭の片隅で考えてると、今度は目の前が真っ暗になって、そのままどさりと地面に倒れた。
痛みはほとんどない。たぶん倒れそうになった時、一瞬だけみぞれの制服が見えたから支えてくれようとしたけど支えきれなくてみぞれを下敷きにしちゃったんだろう。
「いつつ……もう、言ってる星夜が倒れてるじゃん」
「悪い、ちょっと珍しく眩暈がして。助かったよ」
「ふふん! ナイスみぞれちゃんだね! それにしても眩暈ってだいじょ——」
——フニョン。
立ち上がろうと、手をついたところはなぜか指が沈み込むほど柔らかくて……おいおいおい、これってもしかしなくてもみぞれの胸では?
……コイツ、かなり成長してる……? いやいや、待て待て、確かに抱き着かれたりするたびにやわっこいとは思ってたけど、これは想像以上に——。
「——ぁんっ」
「っ!?」
突然聞こえた嬌声に、驚いて顔を上げると。
「せいや……その、ここじゃぁ流石に……恥ずかしいよ……」
真っ赤になった顔をいじらしく腕で隠しながら弱々しい声を出す。そこには普段とはかけ離れた女の子みたいなみぞれがいた。
「あっ……ご、ごめん!」
我に返った俺はしどろもどろになりながら、慌ててみぞれを立ち上がらせる。
幸い、俺らは体育館の後ろの方にいて真っ先に教室に戻り始めたから、周りにはまだ他の生徒はいないから見られてないと思うしそこは安心だ。
ていうか、なんで俺はこんなにドキドキしてんだ……? 相手はみぞれだぞ、胸を触ったのだって過去に一回や二回くらいあるのに。
みぞれも、変な声を出して気まずく感じてるのか俺と目を合わせようとしてこない。
でも、チラッと見えた口の端はどこか嬉しそうにも見えた。
「ふふっ……あたしでも、星夜にそんな顔させることができるんだ……なんか安心した」
「は、はぁ? 何言って、ちょっ——」
突然、みぞれが首に手を回してきて、グイっと顔を近づけてくる。
その時に合った目の色は、なんか蒼っぽくて……あれ? なんかどんどん迫ってきて……まさか、これっ——。
——ちゅっ。
触れる、唇と唇同士の柔らかい感触。
「……久しぶりだよね」
そう言ってどこか大人びた表情で微笑んでみぞれは駆け足で先に行くと、あっという間に姿が見えなくなった。
「——はっ!?」
スリープしてた頭が、回転を始める。
俺は今、何された? キスか? キスだよな。
正直に言えば、みぞれとのキスは初めてじゃない。
一番幼い記憶で、幼稚園くらいの時に二人で唇を重ね合わせたことがあるし……あ、別にその時になにかあったわけじゃないよ? あの~、なんていうか、みぞれの家に遊びに行った時におじさんとみぞれママがキスしてるのを隠れて見て、「あたしたちもやってみよっか!」って感じ。
それからは、さっきみたいにお互いが気まずくなった時とかに空気を有耶無耶にするためとか、喧嘩して自分が悪いと思っても言葉にして謝れない時にキスでごめんを伝えることがあったけど、最近はもうそういうことは無くて、さっきのは本当に久しぶりだった。
だからか、ドッドッドッてこんなにも心臓がうるさいのは。
きっとそうだろう。みぞれはどうなのかはわからない……いや、普段の言動からなんとなく分かってるけど、それも幼馴染の延長戦上みたいなものだと思う。けど俺にとってみぞれは姉のような、妹の様な、今までで一番近い存在で、近すぎてそういう恋愛風には見れないから。
だから別に、みぞれにときめいてたりなんてしてない。
……うしっ! でたな結論!
しっかしまぁ、あんな感じにっていうか、普段のおちゃらけてじゃなくて、マジな感じにみぞれにドギマギさせられるとなんか腹立つな。
帰ったらちょっと何かしらの報復をし返して……ん?
頭の中で自己完結を済ませて、何かみぞれに仕返しをって考えてると、後ろから肩を叩かれて振り返る。
「お前ら、ほんとに相変わらずだな。俺は慣れてるから今更って感じだけど、この子は大狼に会ったの初めてなんだろ? ああいうやり取りも初めて見せたんじゃないのか?」
そう言って、グイっと親指で後ろを指した雄介が苦笑いしてた。
指さされた方を見て見ると……あらまっ! 真っ赤にした顔を両手で覆って、だけど指の間からしっかりと目が見えるっていう、テンプレ的な挙動をしてるマイエンジェルシスターこと月菜が……なぜかプルプルと肩を震わせています。
「……兄さん」
「は、はいっ!」
背筋がゾワってするような声で名前を呼ばれて思わず軍隊みたいな声が出た。
「へ、変態っ! スケベっ! もう知らないっ!」
そんな言葉を叩きつけて、月菜は俺を置いて先に行ってしまう。
……あはは、なんか月菜が過去最大に不機嫌じゃぁ……がっくり。




