第24話 レベルが足りないんだけど
「あ~、もうっ! 誰かさんのせいで、ほんとにギリギリじゃん!」
「はぁっ……はぁっ……それはっ、こっちの、セリフ!」
「二人とも口より足を動かせい! ほら月菜、鞄持ってやるからもう少し頑張れ!」
「はぁっ……はぁっ……うんっ!」
「ちょっと! あたしにも優しくしてよ星夜!」
「みぞれは俺より走るの早いだろうが!」
見ての通り、俺たちは今、必死に走ってる。
月菜とみぞれのわちゃわちゃのせいでかなり時間を食ってしまったため、普通に歩いた速度じゃ間に合わなくなったからだ。初日から遅刻はまずい。
そうしてると、やがて『入学式』と書かれた立て看板が立てかけてある校門が見えてくる。
すでに他の新入生たちは自分の教室にいるのかそれっぽい生徒はほとんどおらず、俺たちの様な駆け込み少数派に人たちもそそくさと自分のクラスを確認して校舎に入っているのが見える。
校門を抜けて、まっすぐにクラス表を見て自分の名前を探すけど、俺の苗字は宵谷だから大抵は一番下に来ることが多くてすぐに見つかった。
「あ! あたし八組だ! え~っと星夜は~……やった! また一緒だ!」
「あ~もう、分かったからくっつくなって!」
「うぇ~い! やっぱこれって運命なんだよ! 幼稚園からず~っと一緒だし!」
確かに、運命は大げさすぎるけどみぞれと十年以上同じクラスになってるのを見ると、変な縁があるような気がしてくるな……今更か。
ただまぁ、気心なんて知りつくしたみぞれが同じクラスなのはいいけど、その分何かと面倒なこともあるわけで。
「兄さんに抱き着かないで。それに私も一緒なんだけど‥‥‥ちょうどいい、これなら兄さんにまとわりつくあなたを排除しやすい」
「ちょっと排除ってなに!」
「そのままの意味。これからはもう兄さんにまとわり付けるとは思わないで」
「残念ながらあたしと星夜を切り離すことなんてできません~、それが例え義理の妹でも!」
……はぁ、これはあれか? 二人とも、俺の為に争わないで! って悲劇のヒロインを演じればいいのだろうか?
まぁ、そんな言い争う二人は置いといて。
そう、今回は珍しく俺の名前が一番下では無かった。俺の下に月菜の名前があったからだ。たぶんおじさんが気を使ってちょっと融通してくれたんだろう。
感謝だな、学校での月菜の様子は知っておきたいし、月菜に悪い虫が付いたらすぐにわかる! ……もしも、月菜にちょっかいかけるような奴がいれば……ふふふふふ。
っと、まずいまずい! クラスも確認したしさっさと一年八組の教室に行こう!
「ほら、二人ともいつまでもそうしてると置いてくぞ」
「あぁっ! 待ってよ星夜!」
「兄さん、置いてかないで」
未だにやいのやいの言ってる二人に声をかけて下駄箱に向かうとパタパタと足早でついてくる。
「……」
そんな様子を感じながら、もしかしてこの二人を止めるのってこれから毎日俺なんじゃね? って、遠く校庭の先を見ながらなんとなく思った。……大変だ。
■■
階段を急いで四階まで上がって廊下を進むと、端の方に一年八組の教室があった。
そこを目指して廊下を進むと、やはり学校初日だからかどこのクラスも独特な雰囲気が漂ってるのを感じる。
なんというか、女子も男子もみんなそわそわしていて、同じクラスになった人たちがどんな人たちなのか見定めようとしてたり、緊張してかスマホをしきりに見てる人がいたり、逆にもう仲良くなることができたのか自己紹介をしあったりして談笑してる人たちもいる。
そしてそれは一年八組も例外ではなく、ドアの小さい窓から見えた教室の中も浮足立つような、これから始まる青春を謳歌するぜって感じがする。
俺が先頭に立って教室後方のドアを開けて覗いてみると、空いてる席がちょうど三つだしマジで俺たちが最後のようだ。
「おおっ……なんかいっぱい見られてるね」
「やっぱそんな恰好してるからだろ」
みぞれの言う通り、なるべく静かに入ったつもりだけど一気に視線を向けられるのを感じる。
みぞれの制服の着崩し方はなかなか派手だから注目の的になってるな。それに、やはりみぞれは可愛い部類に入るのか、どことなく男子たちがソワソワしてる気がする。逆に女子は「なに? あれ?」って不愉快そうにしてるのと唖然としてる人が多いな。
俺はどうだって? 俺はまぁ、今は普通の身だしなみだしそんな注目されることなんてないよ。せいぜいみぞれの付属品みたいなもんだろ。……なんかそれはそれでやだな。
ていうか、みぞれでこれなら月菜だといったいどうなって……あれ? そういえば月菜は?
ふと、さっきまで後ろにいたはずの月菜がいなくなってるのに今更気づき、入ってきたドアの方を見ると、月菜が固まってた。
「月菜? どうした?」
近づいて声をかけると、一瞬ビクッとして恐る恐る見上げてくる。
「どうしよう兄さん……私、ここに入るにはレベルが足りないんだけど」
「この教室はダンジョンか……じゃなくて、大丈夫だよ。ちゃんと俺がいるから、安心して入ってきな」
ギュッと手を握って促すと、月菜も握り返してきて覚悟を決めたような目をして重々しく一歩を踏み出した。
……いや、そんな宇宙に向かうようなアルマゲドンみたいな覚悟をしなくても
月菜が小中学校でどういう学生生活を送っていたのかは、あの語り合った夜の日に聞いてる。だから別に無理をしなくていいとは言ったんだけど本人は頑張るって言ってたからな、ここは兄としてしっかりと支えるべきだろう。
俺と月菜は同じ苗字だから席は前後で同じだし、ワ行なために定番の左端の一番後ろだ。それにクラスは三十二人で右端と左端の一番後ろは一人席だから月菜の席は完全なる主人公席だから気も楽なはず。
強いて言えば俺の隣、月菜の席から右前に男子が座ってるけど、あのアニオタは俺の友達だし趣味も同じだから月菜も仲良くなれると思う。
そしてついに、月菜の姿が教室に見えた瞬間、その場の空気が止まったような気がした。月菜はあまりの緊張で気づいてないようだけど、教室のみんなが月菜の美少女さに目が釘付けだ。
は、ハハッ! なんじゃこりゃ、半ば予想してたけどこりゃ凄い。男子は顎が外れるんじゃねぇかってくらい口が開いてるし、女子も目を見開いてスリープしていらっしゃる。
いたるところから、スマホを落とすような音も聞こえてくるし……まさか月菜はザ・ワールドの使い手だったりして。
しかし世の中そんな世界が止まったような時でも動ける猛者は存在する。
ちょうど月菜が席についてホッと息を吐いたときその男もこっちに気づいたみたいだ。
「おっす! 星夜! おはよーさん!」
俺の隣の席、スマホから顔を上げてそう言ってくるのは中学で何故か友達になった森田雄介。背も高いし顔もいいのに生粋のアニオタで、女子から告白されても「すまない、俺は二次元しか愛せないんだ」って真顔で言っちゃう残念なイケメンである。
それでも、陽気で気さくだし普通に良いやつだ。
「おう、おはよ」
俺が軽く手を上げて返すと、雄介はチラッと月菜のことを見て。
「その子が星夜の妹か?」
「そうだぞ、妹の月菜だ。月菜、こいつは俺の友達の雄介」
雄介には事前に妹ができたことを話してた、ついでにアニメとかが好きなことも。
「初めまして、森田雄介だ。推しは宮本武蔵!」
「ほぅ……宵谷月菜、よろしく。私は沖田総司」
「なるほどなるほど……つまり——」
「「水着剣豪七色勝負!!」」
だからか、二人はがしっと握手をして俺にはよくわからない友情が芽生えてた。なんで二人して歴史上の剣豪について語ってんだろう? 二人とも歴史好きだったっけ?
まぁ、月菜が楽しそうにしてる分には良しとしよう。……ん? 雄介は月菜に近づいてもいいのかって?
べつにいいよ、雄介はマジであっちの世界にしか興味がない人だから。
「で、みぞれは俺の席で何やってるんだ?」
いつの間にか自分の席に鞄を置いてきたみぞれが、俺の席に陣取って何かの主張をするように周りに睨みを効かせてる。
ちなみに、苗字がア行だからみぞれの席は月菜の真向かい、右端の一番後ろの一人席だ。
「ガルルルル! ガルルルル! 見てわかんない? 星夜が他の女子から変な目で見られないように警告してるの! ガルルルル!」
「いやいや、わからんわ! 初日から変なことするなよ、周りから危険人物認定されて関わりずらくなっちゃうだろ」
「なによぅ! 星夜はあたしという女がいるというのに他の女からもモテたいの!? そんなの許さないよ!」
「だ~か~ら~、いつみぞれが俺の女になったんだ!」
まったく、こいつはほんとにぶれないな。
「むぅ! ちょっと、兄さんの席からどいて、警戒なら私がやる」
「お前ら二人は相変わらずの夫婦っぷりだな。しかし、あれか、宵谷さんはここに突っ込むのか……やるな。これから毎日たのしそうだ!」
そこにお互いに何かを語り合って、なんかツヤツヤ生き生きしてる月菜と雄介も話に入ってきて……なんだかこれから騒がしくなりそうだな。




