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第七話:アッシュの提案

「失礼致します、ベラドンナ様。……どうされたので?」

「ア……アッシュさん……お、お見苦しい所を……」

「いえ、それは良いのですが……何故、そんなに力尽きて横になっているのですか?」


 アッシュさんが私の部屋にやってきた時、私は疲労困憊でベッドの上でぐったりとしていました。

 私が悲しかったのだと自覚した後、私が落ち着いたのを見計らってシャーリーが提案してきたのです。

 疲れているならゆっくり休むことが大事だと。そして彼女は私に思い付く限りの奉仕を施してくれました。

 リラックス効果があるのだという湯に沈められ、全身のマッサージを施されることになったのですが、長年の務め続きで固くなってしまった身体はシャーリーに驚愕を与えることになったようなのです。


「なんですか、これ。石ですか?」

「き、筋肉です……いたたたたっ!」

「明らかに運動不足ですし、ずっと同じ姿勢だったりしてましたよね、これ」

「ダンスを踊るような相手も限られてますし、政務が……シャ、シャーリー! 待ってください! 腕はそれ以上曲がりません!」

「解してるんです。はい、ぐぃーっと」

「あぁあああーーーーーーっ!?」


 ……という訳で、全身をこれでもかと解されて身体がぽかぽかしていますが、同時に疲労感も酷いので横になっていたのです。

 そんな時にアッシュさんが顔を出してくれたのですが、私は身体を起こすのも精一杯でした。激しい運動をしたような後のようで、気を抜いてしまうと眠気が襲いかかってきそうでした。


「シャーリーに何か不満はありませんか? 彼女が一番、適任だと思ってつけたのですが」

「はい、非常によくして貰っています。改めてありがとうございます、アッシュさん」

「いえいえ。……それで一夜明けてみてどうですか? 少しは落ち着くことが出来ましたか?」

「……はい。お陰様で」


 ここに来て自由になれたからこそ、私は見ないようにしていた自分の状態に目を向けることが出来たのでしょう。

 私はずっと諦めていました。諦めていないと悲しくて、辛くて、苦しすぎるから。だから全てにおいて惰性になっていた。


「そうですか。……さて、ベラドンナ様。貴方様の今後についてです」

「はい」

「まず、貴方の配当金のご用意は既に済んでおります。貴方様が望めばお使いになることが出来ます」

「ありがとうございます」

「これが仕事ですので。それからカーバンクルに身を置くとのことですが……カーバンクルは基本、望まぬ者は何もしていません」

「え? そ、そうなのですか?」

「はい。私どもは国ではございません。カーバンクルは主にカジノを運営している組織ですが、活動はそればかりに留まりません。身よりのなくなった孤児のための孤児院をカーバンクルの援助を受けて開いている者などもいます。それも含めて、我々は自らの意志で何かを為そうとしない限りは何かを強要することも、求めることはございません」

「はぁ……」


 何度聞いてもカーバンクルの組織としての在り方は慣れませんね。不思議だ、という気持ちが何度でも沸いて来ます。


「なのでベラドンナ様は対価をお支払い頂ける限り、ここで何をするのも自由です。これが前提ですね」

「前提?」

「ベラドンナ様は今後、自分の人生をどのようにしたいのかわからないと思います。それを調べるのも、探すのも自由です。ですが……私の見立てでは、貴方にはそのような目的のない生き方はいずれ息苦しくなるのではないかと思います」

「……素晴らしい観察眼をお持ちですね」

「恐縮です」


 私がわかりやすいだけかもしれませんが、確かにアッシュさんの言う通りです。私はこのまま何もせずにいたら、きっと息が苦しくなってしまうでしょう。


「なので、私からの提案です。ベラドンナ様、我がカジノのパトロンになりませんか?」


 アッシュさんの提案に私は目を見開いて驚いてしまいました。


「パトロンということは、私がカジノの経済的な援助をしろと?」

「はい。その通りでございます」

「ですが……その必要はあるのですか?」


 カジノはカーバンクルの後援を受けて運営されている組織です。その資金力はどの国にも勝ると言われているほどです。

 そんな資金に比べれば、私の得た大金貨十万枚という富でさえたかが十万枚と言っても差し支えはないでしょう。

 なので、アッシュさんが何故パトロンという提案を私にしたのかがわかりません。


「既に疑問をお持ちのようですが、経済的な支援という意味においてカジノにパトロンは不要です。必要最低限、カジノの運営資金はカーバンクルより提供されています」

「では、何故……?」

「確かにカジノの運用の運営資金は出されています。ですが、それをカーバンクルによって資金提供してもらうこと、それはあくまで最低限なのです」

「だから更なる資金がいる、と?」

「資金というより、その資金を稼げるだけの能力、または運の持ち主であるからこそオーナーの地位が任せられていると言った方が正確ですね」

「つまりカジノを援助するというのはカジノを維持するためではなく、そのカジノが得た功績の証明ということでしょうか?」

「そうなります。運営のための資金ではなく、お金を払っても良い、そのお気持ちを頂けるかどうかが私たち、カジノのオーナーにとって至上の命題と言えましょう」

「それは……なんというか、無茶苦茶ですね」


 極論を言えばカジノの運営はカーバンクルが背後にある限り、崩壊することはないのです。だからこそカジノが求める功績というのは、支援したいという気持ちを引き出すこと。

 普通、そんなことをは考えないと思います。だからこそ私は無茶苦茶な命題に思えてしまいます。


「私たちは富を得るチャンスを提供していますが、全ての皆様が富を得られる訳ではありません。それでも人が訪れるのは、あくまでこのカジノが夢と娯楽を提供する遊び場だからでございます」

「遊び場……」

「富に余裕がない者から私たちは決して富を求めません。一発逆転を狙う方も足を運び、その結果として富を失ってしまう方も勿論いらっしゃいます。それは時の運なので、私たちは救えません。それでも生きていれば再起のために訪れることも叶いましょう。そんな場があって良かった。心に余裕があり、感謝を示したいと思ってくれた時、その思いとしてチップを受け取れた時……その時にこそ、我等の成果は形となるのです」


 払わなければならないではなくて、払いたいと思わせた時に得られる成果。それが資金提供という形になるのでしょうか?


「資金提供という形ばかりではありませんよ? 例えば、自慢の土地の作物や名産品などです。是非とも景品として使って欲しいという方もいます」

「なるほど……」

「私たちは必要とはしていないのです。でも、与えたいという思いを受け取る。その思いを感じさせる場所を提供する。私はカジノをそうあるべき場所と定め、そしてオーナーを務めています」

「……それで私にパトロンになれ、というのは、どう繋がるので?」

「あくまで立場として、ですね。まずはそこから始めようかと思いまして。そして、もし貴方が私たちの在り方に価値を見出して頂けるのであれば、お誘いをしたかったのです」

「お誘い……?」

「私も年でございましてな。次期オーナー、つまりは後継者を探しておりました。いかがでしょうか、ベラドンナ様。貴方様が次のこのカジノのオーナーを目指すというのは?」


 その提案に私は驚いて身を竦ませてしまいました。確かに将来については悩んでいましたが、まさかカジノのオーナーにならないかという誘いを受けるとはまったく思っていませんでした。


「無論、いきなりなれ、と言われても難しいでしょう。ですが、もしその道を考えるのであれば私たちと共にある、という意味でパトロンという立場を得た方が良いかと思った次第であります。もっと私どもの事を知って頂く必要があるかと思いますしね」

「……客人という立場ではダメだと?」

「はい。貴方もご自分が得た富の価値はおわかりになっているかと思いますが、求婚の誘いが来ないとは絶対に言えないでしょう?」

「……そう、ですね」

「客人であれば、確かにベラドンナ様をお守りすることが出来ます。ですが、貴方はただ守られるだけでは心苦しく思うでしょう。それならば、我等と共に歩むということでパトロンという肩書きを得て立場を表明するのが貴方の盾になるかと思いまして」

「そこまで気を使って頂いていたのですね……」


 ただの客人というだけでは、確かに私は守られるだけです。もし私の富を狙うために策謀する者がいたとして、それはアッシュさんたちが守ってくれるのでしょう。ジュエル様がそう約束してくださったのですから。

 でも、それを心苦しく思うだろうという指摘も間違っていません。だからこそのパトロンという肩書きを得ないか、という提案なのだと思います。


「勿論、貴方を守る目的だけで見込んだのではありませんよ。貴方であればオーナーになれるかもしれない。そう思ったからこそです」

「私が……」

「それも選択肢としてお考え下さい、とは言いたい所なのですが……なるべくなら早い方がいいでしょう」

「? 何故ですか?」

「――既にベラドンナ様のご実家と、トラペゾイド王家から確認のお便りが届いております。そしてベラドンナ様との面会の希望も」


 アッシュさんに言われた言葉に、私は再び衝撃を受けて身を震わせてしまうのでした。

 

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