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第十四話:糾弾

「貴方は何を言っているんですか……?」


 クラレンスの言葉に私は眉を寄せながら呟いてしまいました。

 私がフィリップ陛下に庇護されている? 一体、どうしてそのような考えが出てくるのでしょうか。

 クラレンスは私の呟きを聞くなり、怒鳴り散らすように叫びました。


「自分が恵まれているからと余裕の高みか? 何をしようとも立場が保証される身分は良いものだな! お前は私の婚約者で、将来を父上に期待されているからな! 私がどうなろうとも、お前がいれば良いのだろう!?」

「……は?」


 ……いや、何を言ってるんですか? この方。心底、理解に苦しむ言葉の数々に私は頭痛がしてきました。


「……私が陛下に期待されていたとして、それで私が何をしようとも立場が保証されるというのはどういう事ですか?」

「王には有能であることが求められる。父上は……私を見限った! その私の代わりに、私の後ろで采配を振るうのがお前なのだろう! 私は知っている! 私はただの傀儡であれば良い! そうでしょう、父上!」


 激情に駆られた瞳がフィリップ陛下を見据えます。フィリップ陛下は……言葉を失ってクラレンスを見ていました。

 しっかりと固まっていたフィリップ陛下は、ゆっくりと眉間を揉みほぐして押し寄せる頭痛に堪えているかのようでした。


「……お前は何を言っているんだ? クラレンス」

「惚けるおつもりですか! 貴方の思惑は既にわかっているんだ! 貴方は私よりベラドンナを選び、優遇した! 私など、ただ王家の血を継ぐ種馬であればそれで良いのでしょう!?」


 クラレンスの言葉にフィリップ陛下は遂に天を仰いでしまいました。

 いや……心中お察し致しますというか、頭が痛くなってきましたが、まずはここはしっかりと聞かなければなりません。


「クラレンス、一体いつからそのように思っていたのですか? そもそも、それは貴方がそう考えたのですか? 誰がそのように貴方に考えさせたのですか?」

「いつからだと……? もう何年も前からだろう! 父上は私など見てくださらない! 父上が見ているのはベラドンナだけだ! 誰も私を評価しない、誰も私を見ない、全てはベラドンナの為にあるのだ、私の全ては!」

「――質問には正確に答えるということも出来ないのですか、貴方はっ!」


 あまりにも感情を込めすぎて、いつもより低音気味になりながらも叫んだ言葉にクラレンスは呆気取られたように私を見ました。


「貴方がそう思ったのは数年前ですね? それから貴方はそう考えていたと。それは貴方自身がそうだと考えたのですか? それとも誰かが私を優遇していると言ったのか、それとも周囲の態度がそうだったのか。お答え下さい、クラレンス」

「それが、なんだと言うのだ……」

「おかしいからです」

「おかしい……?」

「良いですか、クラレンス。私が有能であろうと、貴方が傀儡であろうとなんだろうと、私の立場は貴方の下なんです。私は臣下、貴方は王族。能力の優劣の差あっても、そうでなければならないのです」

「だから、それが何だと言うのだ!?」

「どうして私に劣等感を感じて、ましてや陛下に優遇されているだの妄想に囚われるのですか。良いですか? 陛下が例え、私の方を可愛がっていたとして、それが私に利することはありません」

「それこそ詭弁ではないか!」

「では、一体何がどう詭弁だと言うのですか?」


 私が睨みながらクラレンスに問いかけると、クラレンスの言い淀むように口を閉ざしました。それから何度か言葉に迷うように間を開けてから反論する。


「お、お前が父上に……優遇を……」

「どう優遇されたと言うのですか」

「わ、私の仕事の代理をしていても、賞賛されていた……」

「当然のことではないですか」

「私が同じように務めを果たしても賞賛を頂いたことはない!」

「それは貴方が当たり前にやるべきことであって、私が本来やるべきことではなかったからです」

「お前の評価ばかり、皆は良く言う! 私は王族として恥ずかしいと!」

「言っていた。つまり、貴方にそう囁いて回った者がいると言うことですね?」

「それが何だと言うのだ!」

「不穏分子の可能性です」

「……は? 不穏分子?」


 何故、と言うようにクラレンスは目を瞬かせました。私は深々と溜息を吐いてしまいます。


「さっきも言った通り私は貴方の下の立場で、どのように評価されようとも、貴方が仕事が出来なくて傀儡になるしかなくても、私は貴方に仕え、守り、お支えするのが務めなのです。別に私は優遇などされていません。むしろやりたくもない仕事を押し付けられて良い迷惑でした」

「なっ……」

「陛下が労ってくれるから優遇されていると? 違いますよ、貴方が私を不当に扱うから陛下が頭を下げていたという方が正しいのです。褒められているから優遇されて幸せだとも? 不幸だったからそれを帳消しにしようとしていただけに過ぎません」


 私はやりたくもない仕事をして、陛下は下げる必要もない頭を下げていた。評価で言うなら加点を得るのではなく、減点を無くすための努力に他ならないのです。


「それは貴方の怠慢で、貴方の評価が悪くなるのも当然です。ですが、だからと言って私が陛下に貴方より優遇されることはありません」

「何故、そう言い切れる!?」

「貴方が不適格だと烙印を押されれば、一緒に切り捨てられる立場が私だからです」

「……何を言っている……? そんな、そんな筈があるか!?」


 私の言葉を受けたクラレンスは、信じがたいという表情で私の顔を凝視しました。


「いいえ、そんな筈もあるのです。そもそも、では貴方が排斥されたとして、私はどうなると思いますか?」

「どうなる……? そうだ、ディミアンにはまだ婚約者はいない。ならばディミアンの婚約者にでもなるのだろうな」

「有り得ません」

「は? 何故だ」

「貴方を真っ当に矯正出来なかった王妃が国を纏めるのに相応しいと? 貴方が落第になった時点で、私も次期王妃としては落第なのです。そう評価されるべきなのです」

「だがお前は優秀だ! 周囲が放っておかない!」

「えぇ、そうでしょうね。ですが、それは王家を傀儡にする手駒に私はなり得るからです」

「……手駒、だと?」


 クラレンスが恐ろしいものを見たかのように私に恐怖の入り交じった視線を向けてきます。私は息を一つ吐いてから、声を低くしながら言います。


「仮定の話をするとして、これから貴方が切り捨てられたとします。私との婚約は撤回されるでしょう。貴方の言うようにディミアン様の婚約者に打診される可能性もあります。王妃教育もタダではないですからね。ですが、私は既に貴方を傀儡にしかけたと風評が広がっていることを鑑みれば、ディミアン様の婚約者になることは悪手になりかねないのです」

「……次は、ディミアンを傀儡にすると?」

「それが私の意志であるだとか、私の能力を過度に持ち上げる周囲の思惑なのだとか、どっちであろうとも私の評価は悪女のように扱われるしかないのです。悪評とは一度ついたら撤回するのに時間がかかります。私の悪評は王家に隙を作ることになります。だからディミアン様には私ではダメなのです。では、ディミアン様がダメだったとしたら私はどうなるでしょう?」


 私の問いかけにクラレンスは答えません。ただ顔色を悪くするばかりです。私が婚約破棄された後のことをこの人は一度でも考えたことがあるのでしょうか?

 ……いいえ、考えたとして妄想に取り憑かれた頭ではろくな想像も出来ないでしょうね。前提がそもそも間違っているのですから。


「私は王家の婚約者に選ばれ、その役割を担えなかった無能者です。私が無能者とされなければならないのです。王家の権威を守るために」

「それは……そんな筈は」

「勿論、貴方も罰されます。けれど私の評価は貴方の評価であり、貴方の評価は私の評価なのです。私たちは生まれた頃からの一蓮托生、互いの評価は切っては切り離せないのです」


 だから私はクラレンスがどれだけ政務を私にやらせようとも、受け入れざるを得なかった。それがクラレンスの評価を下げても、私自身の評価を下げる訳にはいかなかったから。

 私の評価はクラレンスの評価であり、その逆もまた然りなのです。


「勿論、私がそうあるべきだと言っても聞かない者もいるでしょう。クラレンスが、王家の怠慢がいけないのだと。それでもし、こんな話になったらどうします? 今の王家は腐敗した、優秀な王妃になれた令嬢を蔑ろにする王家を許すな、と。私が代わりに国王となるのだ、と言う人がいたら」

「………」

「はっきり言って馬鹿げています。ですが、勝ってしまえばそれは馬鹿ではなく、英断だと讃えられることでしょう。人はより良いものを求めるものなのですから。国王とは、認められるからこその王なのです。誰も認めぬ王に人は付いて来ないのです」


 私の言葉にフィリップ陛下が少しだけ呻いたような気がしましたが、敢えて無視します。陛下は陛下で人が付いてこなくても国を治められる手段をお持ちですからね。


「私はあくまで王家の盾として嫁がれることを求められたのです。政略的な価値としては、私でなくても良かった。ただ私が都合が良かったからだけなのです。都合が悪くなれば私は真っ先に斬り捨てられるし、その覚悟を常に持たなければいけないのです」


 例えば、これが隣国の姫であったり、勢力を纏めるための結婚であれば次はディミアン様の婚約者に、という可能性はありました。

 しかし、私自身の政略の価値は少ないのです。お父様と陛下は私がいなくても信頼関係は築けています。縁を深める為ではなく、他者の介入を最小限にするための婚約だったのです。

 

「だから婚約破棄をされた時点で私の令嬢の価値は地に落ちているのです。今後、私が社交界で生きていくのは不和しか生みません。王家としてはさっさと命を絶ってくれた方が心安らかであれるでしょうね」

「……そうだな、それは否定しない」


 私の言葉にフィリップ陛下が重々しく頷き、肯定しました。そんなフィリップ陛下をクラレンスが驚愕の眼差しを向けています。


「ですからね、クラレンス。私は……優遇もされてもいないし、汚職にでも手を染めようものなら貴方共々さっさと首を飛ばされてしまうぐらいに脆い保証しかない立場なのです。……それに、これがお望みだったんでしょう? クラレンス」

「何……?」

「貴方は私が憎かったんでしょう? 疎ましかったんでしょう? 存在が目障りなぐらいに。どんなに努力したって私を見ようともしない程に。だから私の未来を抹殺した。完膚なきまでにオルラウンド侯爵家の令嬢として生きる価値を粉砕した。――これで、満足ですか?」

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