第十三話:再会
「……本当にもうさ~……ベラドンナちゃんは凄いよ」
フィリップ陛下が私の宣言に頭を掻きながら、困ったように笑いました。
「王家に刃向かうってことが何を意味するのかベラドンナちゃんはわかってるでしょ。なのに、それでも実行するのは凄いっていうか。他の人だったら蛮勇かな? って思っちゃうんだけどね。でもそこまで思い詰めてしまった? という気にもなるから本当に複雑な気分だよ」
「お叱りにならないのですか?」
「叱られ、憎まれ、疎まれるのは私の役割さ。私は人望がない王様だからね。何を言っても通らないなら、何も聞かない。必要なことだけ取捨選択する。そういう王様が私だ」
へらへらと笑っていても、その裏側に冷徹な判断を下せる非情の王としての顔を持っていることを私とて知っています。
だからこの方は私を利用してきた。クラレンス様が放棄した仕事を私が代行しても良いと。その方が〝使えるから〟という理由で。
それが王族として、フィリップ陛下には必要なことなのだと理解して従うようにしました。クラレンス様は私がどう言っても聞かないなら、もうフィリップ陛下がなんとかすべき問題でした。
そのフィリップ陛下がクラレンス殿下を見限った時、私も巻き込むのだとしても陛下は命令を下すのでしょう。それがフィリップ陛下の治政の在り方です。
人の意見にただ従っているようで、譲れない一線を越えた時は容赦なく裁断する。そこに情けなどありません。だからこそフィリップ陛下は恐ろしい為政者なのです。
正しいから、間違っているからではないのです。必要であるか、必要でないか。悪が必要とされるのであれば、フィリップ陛下は躊躇いなく悪に染まれる。
「だからこそ私は必要でしょう? 王家の怠慢を訴える者として、後の貴族令嬢として未来を捨てられる私だからこそ」
「……ベラドンナちゃん」
「どの道、私の悪評は切っては切り離せません。オルラウンド侯爵家の風評もまたそうです。けれど、その上でフィリップ陛下が処断することが重要なのだとわかっています。それがクラレンス殿下と私を生贄にするような方法であったとしても」
クラレンス殿下を諫めきれなかった咎は、私がどれだけ誠心誠意仕えたという事実があったとしても結果が出てしまった以上、覆すことは出来ません。
最早、手負いとも言える私に出来るのは最後の奉公を国に捧げることしか出来ません。例え、それが致命的なトドメになったのだとしても全ては国の為に。
「……カジノで幸運に恵まれなければ、この覚悟も決められなかったでしょうけど」
終わらせるのは怖い。これまでの生き方を捨ててしまうのは苦しい。歩み出す一歩は恐怖に満ちていて、なかなか進まない。
それでも私が立っていられるのは、現金な話ではありますが富という後があるからです。カーバンクルが私の第二の人生を保証してくれる。
だから私は人生を賭けることが出来るのです。この国の令嬢として、王家に望まれた女として。最後の最後まで、私は私の務めを果たします。
「最後のご奉公、どうかお許し下さい。フィリップ陛下」
「……最後、最後か……」
フィリップ陛下は噛みしめるように呟き、私の後ろにいるお父様へと視線を向ける。
お父様は拳を固く握り、岩のように不動でした。納得はいっていない。けれど反論の言葉を持たないからこそ沈黙している。そういった様子でした。
そんなお父様を見つめていたフィリップ陛下は軽く首を左右に振ってから、顔を引き締めて私と向き合う。
「……私を恨むか? ベラドンナ」
「はい。……恨んだ方が、楽になるでしょう?」
「……辛辣だなぁ、君は」
憎まれ役をしてくれようとしたのでしょうか。けれど、正直に言うと絶望的なまでに似合ってませんよフィリップ陛下。
「私は貴方を恨みます。だから末永く健やかに生きて、この国の為にあってください。我等が敬愛すべき国王陛下」
「辛辣な上に残酷かい? あぁ、やだやだ。やっぱり君みたいな女性を王家に迎え入れたかったんだよ。力のない王族なんて、もう懲り懲りだ」
「残念ながら、愛想は尽きましたわ」
「無念だよ、本当にね」
フィリップ陛下が肩を落として溜息を吐く。それから目を閉じて、何度か息を整えた後に顔を上げる。
「クラレンスを呼んで来よう。だから思うままにやってくれ、ベラドンナ。責任は私が取るから」
* * *
――思い出を思い返す。
生まれた時から定められていた婚約者。私と結ばれることが決まっていた未来の伴侶。
思えば出会った時から、クラレンス様は私に納得がいっていませんでしたね。
予め決められていた人生。それをクラレンス様は厭っていたように思えます。
それは私とて同じ事でしたが。それでも彼は仕えるべき主だったのです。
可愛げないと怒れば、それを真摯に受け止めて謝罪することしか許されず。
優秀な成績を残して賞賛を受ける程、不機嫌になる彼を諫めなければならず。
私が優秀だからと代理を押し付けられた仕事も、黙って果たさなければならず。
自由を望んでいたのでしょう。いずれ許されないなら、せめて今だけは叶えてあげましょう。
愛すべき伴侶ではなく、手間のかかる弟のように感情が変じていったのは……認められなかったからでしょう。
この人が愛さなきゃいけない人である事に――絶望してしまうから。
ずっと耐えてきた。ずっと待っていた。いつか、と出口があるかもわからない闇の中を彼の背中から離れないように付いていく事しか許されなかった。
でも、もう私は闇は怖くない。この胸には意志があり、力は授けられた。未来は自分の手で切り開ける。
――さぁ、始めましょう。今までずっと許されなかった、私が報われるための戦いを。
顔を上げて、表情を作る。
それと同時に執務室の扉がノックされ、中に兵士と――クラレンス殿下が入ってくる。
クラレンス殿下は少し憔悴した様子で、頬は少し痩け、髪は輝きが褪せたようにくすんでいます。その顔には苛立ちが満ちていて、その表情は私を見るなり驚愕へと変わりました。
「貴様、ベラドンナ! 何故ここにいる!」
「先日の夜会以来でございますね、クラレンス殿下」
「答えろと言っている!」
「……貴方に従う理由など、既に私にはありません。答えが欲しければ相応の態度で振る舞えばよろしいのではありませんか?」
「なんだと!?」
「――黙れ、クラレンス」
激昂しかけたクラレンス殿下に対して、フィリップ陛下は感情が凍てつき、刃の如き鋭さを伴った声で諫めます。
クラレンス殿下はフィリップ陛下を忌々しそうに睨み、しかし何も言わずに舌打ちをして視線を逸らします。
「この場は私が用意した。オルラウンド侯爵が同席しているが、彼はあくまで見届け人だ」
「何故、罪人であるベラドンナを執務室になど……」
「罪人? 裁判の申し立ては法務官にまで届いてはいないぞ。つまり、彼女の罪状は成立はしていない。彼女は法的には罪人ではない。お前は何度繰り返せばこの程度のことを理解出来るようになるのだ?」
「ぐっ……! だ、誰かが握りつぶしているのでしょう? 私は確かに申請しました!」
「あの断罪劇の後に、な。この馬鹿者が、誰がそのような無法を許すと言うのだ」
フィリップ陛下の冷ややかな声は、冷水を浴びせるようにクラレンス殿下を打ち据えているように思えます。
怯んだように一歩後退ったクラレンス殿下に、あの夜のような勢いはありません。それでも歯を噛みしめ、挑むようにフィリップ陛下に訴えます。
「しかし父上! それではベラドンナが証拠や申し立てを握りつぶせば法の正義は執行されないでしょう!」
「……私がそのような真似をすると?」
「そうだ! 己の悪行を隠すため、私の代理権限を悪用したのだろう!?」
「……はぁぁ」
私は眉間に皺が寄るのを自覚しながらも、酷い疲れを感じて深く溜息を吐きました。
「なんだ、その態度は!?」
「……お言葉ですが、クラレンス殿下。そもそも王子に〝そんな権限〟はありません」
「……何?」
「王子には法を飛び越えて刑を執行する、それどころか裁判を成立させる権限は存在しないと言っているのです。裁判の執行権を持っているのは法を司る法務省であり、唯一例外の権限を所持しているのが国王陛下で在らせられます」
「そうだな。仮に王子が国王の権限を用いる場合は代理の任命が必要となる。そして私はお前を代理に任命した覚えはない」
「つまり私は法務省に対しての権限を何も持ち得ないのです。例え、貴方の政務の代理にあっても、です。……政務の内容に目を通していれば、その程度、わかるかと思いますが?」
クラレンス殿下は、忌々しそうに唸って私の顔を睨むだけで何も言いません。
「しかし、私の代行をしていたのは事実だ。その書類の事実を改竄し、隠蔽することは出来るだろう!?」
「証拠は?」
「……それは、ここにはない」
「何故? 訴えを起こしたのは王子でしょう。……では、誰が持っていると言うのですか?」
「…………」
「何故答えないのですか」
「罪人と交わす言葉はない」
「――逃げることは許しません、クラレンス・トラペゾイド!!」
私は腹の底から張りあげるような声を上げてクラレンス殿下を、いえ、クラレンスを叱責します。
私が普段は出さないような声量に戦いたようにクラレンスが一歩二歩、蹈鞴を踏みます。そこに畳みかけるように私も一歩前に出ます。
「一体、誰が貴方を誑かしたと言うのですか? わかっているのでしょう。自分が支離滅裂なことを言っていると? まさか、その支離滅裂を自覚出来ないほどに耄碌した訳でもないでしょう?」
「……うるさい」
「いいえ、黙りません。答えなさい、クラレンス。私を罪人だと証拠を有する貴方の協力者は誰なのですか?」
「うるさいと言っているだろう、無礼者め!」
子供が癇癪を起こしたようにクラレンスが私に拳を振り上げました。フィリップ陛下とお父様が割って入ろうと踏み込む。
それよりも先に、私はクラレンス殿下の懐に飛び込むように踏み込み、拳を払い、その勢いを利用して肩から衝撃を広げるように胸を打ち据る。
踏ん張りが足りなかったクラレンスが勢い良く吹き飛び、仰向けに倒れて着地の衝撃に息を吐き出しています。
「……ぇっ、嘘……ベラドンナちゃん、あんな強いの……?」
ぼそっと、フィリップ陛下が何か言ったような気がしましたが無視します。今は重要ではありません。
何度か咳き込みながら身体をよろよろと起こすクラレンス。私は膝をついて、クラレンスの胸ぐらを掴み上げます。
「無礼者で結構。そもそも私の無礼を許したのは陛下です。ならばこれは無礼ではありません。私の正当な権利です」
「うっ……は、離せ……!」
「いいえ、離すものですか。ご存知でない? クラレンス。手負いの獣こそが一番恐ろしいのだと。最早、私に未来はありません。貴方が手負いにした獣にトドメを刺さないからこうなったのですよ」
胸ぐらを掴む力を強めて釣り上げると、クラレンスが私の腕を掴んで睨み据えてくる。憤怒、憎悪、けれど……恐怖の色は隠せていない。それに落胆の感情を覚えてしまいます。なんて、なんて情けない……!
「王子という立場に、フィリップ陛下に庇護されてなければ誰が貴方に従いますか。それすらも自覚出来ないのですか、貴方は?」
「――何だと?」
怯えに揺れていた瞳が、激情の色に染まる。私の腕を振り払い、押しのけるようにしてクラレンスは立ち上がりました。
私を見下ろすその顔は怒りに染まって、私を今にも射殺さんばかりの勢いで睨んでいます。
「――巫山戯るなッ! 誰が父上に庇護されているだと!? 庇護されているのはお前の方ではないかッ!!」




