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第十一話:今更なのですから

「ベ、ベラドンナお嬢様!? お、お帰りになられたのですか!?」

「ただいま……と言って良いのかわからないけれど、お父様かお兄様はご在宅かしら? ベラドンナが戻りました、とお伝えくださいますか?」

「し、少々お待ちください!」


 慌てて屋敷の中へと駆けていく門番の背を眺めつつ、私はそっと息を吐きます。


「動くと決めたら大胆ですね、ベラドンナ様は」

「様付けは不要ですよ、アッシュさん」

「まだ、でしょう? しかし、カジノに来た時の貴方を思わせるようで本当に恐ろしいですな」


 私のお供として付いて来てくれたアッシュさんが肩を竦めました。私が実家に一度戻り、家族と話をつけてくると伝えた所、同行を申し出てくれました。

 アッシュさんの同行は私にとっても渡りに船でした。これからすることを思えば、アッシュさんには一緒にいて貰った方が良いですからね。


 私が戻ったことで騒がしさを増した屋敷でしたが、やがて屋敷の入り口にお父様とお兄様が姿を見せました。

 お父様はどこか憔悴した様子で、私は目を丸くしてしまいました。一体、何かあったのでしょうか?


「ベラドンナ!」

「きゃっ!?」


 私が戸惑っていると、その間にお父様が一気に距離を詰めてきて私を抱き締めてきました。え、一体何が起きているのでしょう?

 強すぎるほどの力で抱き締めて来るお父様は、僅かに震えているようでした。……まるで私のことを離すまいとするように。


「あ、あの、お父様?」

「……すまなかった……本当に……すまなかった……ベラ……」


 囁くような力ない声でお父様が謝罪を口にしたので、私は衝撃を受けてしまいました。すぐに父上の腕から逃れようと力を込めるのですが、ビクともしません。


「お兄様! お父様がご乱心です! 正気を失っています!」

「……当然だろう」

「何が当然なのですか! 勝手に家を出た娘に対する態度ではございません! 何故、お兄様も咎めないのですか! こんな屋敷の先で、はしたないですよ! お父様、正気に戻られてください!」

「うぅ……! やはり……私は……愚かだ……すまない……すまない……」

「お父様!?」


 お父様が更にダメになってしまわれたわ!? お兄様も溜息を吐くばかりでお父様を止めてくださいません。

 ただでさえ醜聞を重ねているというのに、こんな屋敷の入り口で抱擁しているなどとどんな噂を立てられるか知れたものではありません。


「お父様! いい加減になさってくださいませ!」

「……ベラ……怒っているのか……? いや……当然だ……お前の気が済むまで……罵ってくれ……」

「何を仰ってるんですか!? オルラウンド侯爵家のご当主の振る舞いではございませんよ!」

「……ベラドンナ、それ以上は父上の心が粉砕される。許してやってくれ。父上、とにかく屋敷の中に」


 何故かお兄様に窘められながら、私はなんとかお父様の腕から解放されて屋敷の中へと入ることが出来ました。

 そんな私の様子を見てアッシュさんは苦笑していますし。まったく、お恥ずかしい所をお見せしましたわ。……今更、そんな普通の父親のようなことをするのか理解に苦しみます。



   * * *



「取り乱してすまなかった、ベラ……」

「いえ……」


 屋敷の応接間に通された所で、ようやくお父様が正気に戻ってくれました。とはいっても、かなり消沈した様子であることには変わらないのですが。


「よく戻ってくれた……」

「……お咎めにならないのですか?」

「……ベラの気持ちを思えば、どうしてお前を咎められようか」


 私の問いかけにお父様は首を左右に振りながら、力なくそう言いました。そんなお父様の反応に私は釈然としない気持ちになっていました。

 今日はお父様やお兄様に叱責される覚悟で家を訪れたというのに、どうしてこんなにも二人は落ち込んでいるのかわかりません。

 ……いえ、もしや? と思う気持ちはあるのです。ですが、それをハッキリさせてしまうと私としては大変複雑だと言いますか……。


「カジノで世話になっていたと聞いた。そちらの方が……アッシュ・グレイだな?」

「どうも、オルラウンド侯爵閣下。カジノオーナーのアッシュ・グレイです」

「娘が世話になったと聞いている。改めて、こちらからも感謝申し上げる」


 お父様に続いてお兄様まで深々と頭を下げるものですから、私は先程浮かんだ疑問が輪郭を得てきたような心地になってきました。

 もしや、私はお父様とお兄様に心配されていたのですか……? けれど、自分から確認するのも気まずくて、私は小さく咳払いをしました。


「こほん。……お父様、お兄様。家を出て勝手な振る舞いをしたこと、改めて申し訳ございませんでした」

「ベラ……」

「私たちこそお前の気持ちを思いやってやれなかった。ちゃんと元気に戻って来てくれたのだ。それ以上に言うことはない」

「そう、ですか。……あの、それで本日、家に戻ったのは用件があったからです」

「よ、用件?」


 お父様が何を言い出すのか、と言わんばかりに挙動不審となり始めました。まさか私がただ帰ってきたと思われているのでしょうか?

 もしそう思っているなら、これから私が言おうとしていることはお父様には大変衝撃を与えてしまうかもしれません。けれど、言わなければ私がした決意も無駄になってしまいます。

 私は息を整え、お父様とお兄様を真っ直ぐ見つめて言いました。


「はい。本日はオルラウンド侯爵家から正式に私を除名し、絶縁して頂くために参りました」


 私がはっきりとした声で告げると、お父様は石になってしまったように固まり、動かなくなってしまいました。

 隣に立っていたお兄様がゆっくりと噛みしめるように口元を引き結び、天を仰ぐように上を見上げました。そして顔を片手で覆いながら呻くように私に問いかけてきました。


「……ベラドンナ。お前は急に何を言い出すのだ」

「今後のためにやっておかなければならない事だと思いまして」

「何故、それで我が家を出るという話になる?」

「――少しばかり、トラペゾイド王家に喧嘩を売ろうかと思いまして」

「なっ!?」


 お兄様が驚愕に目を見開いて私を見ました。私は感情を伏せるように無表情を意識しつつ、お兄様へと視線を返します。


「私が婚約者としての役割を全う出来なかったことは事実です。婚約破棄、それを王家が望むなら私は謹んでお受けしますし、復縁したいとも思っていません。ですが、我が家にかけられた冤罪だけは覆したいと思っています。私の誇りにかけて」

「それで、どうして絶縁などと……」

「王家に刃向かうのです。私はクラレンス様の言う罪を実際には犯していません。今更、私が弁明しようとも何故その場で抗議しなかったのだ、と言われるばかりでしょう。それも仕方ありません。抵抗しなかったのは事実です。けれど、それが我が侯爵家の評判をも貶めるのであれば――この命にかけてでも覆さなければ我慢がならないのです。手遅れなのは事実です。それでも、せめて散るかもしれないなら誇りを持って散りたく思います」


 だから実家とは縁を切って、あくまで私個人の名誉をかけて王家に抗議するという形にしなければなりません。家に迷惑をかけてしまいますからね。


「ですから、お父様には私の絶縁を言い渡して頂ければ――」

「――ならぬっ」


 私の言葉を遮るようにして復活したお父様が強く言い切りました。その目には力が篭もっていて、私の目を真っ直ぐに見つめていました。


「お前が絶縁する必要などない」

「しかし、お父様」

「オルラウンド侯爵家として、正式に王家に抗議すれば良いのだ。お前にはその権利がある。そして私はお前の行いを支持しよう」

「……何を仰ってるのですか? 王家の盾であるお父様がそのようなことを仰るなんて!」


 あれだけ王家の意向に従えと、そう私に教えてきたお父様の言葉とは思えません。

 信じられない思いでお父様を見ていると、お父様は苦悶に顔を歪めながら肩を落としました。


「あぁ、お前に今更このような事を言うなど、掌を返したようにしか思えないだろう。……もっと早く私が忠言すべきだったのだ。クラレンス殿下に王の器なしと。私は政争を恐れ、口にすることが出来なかった。耐え忍ぶこと、それが国の為だと思っていた」


 しかし、とお父様は首を左右に振ります。


「それを家族や子供たちにまで背負わせて……本当に守るべきだったのか、今はもう私でさえわからなくなってしまった」

「……お父様」

「守らなければならないのだろう、国を。それはわかっている。だが、クラレンス殿下をお守りすることが果たすべき義務に沿うのか……わからぬ。殿下を廃することもまた、正しいかもわからぬ。そんな頑迷な私だが、今回の一件で思ったことがある」


 お父様は私の肩に手を置いて、身を曲げて目線を合わせるように姿勢を低くする。


「子供を苦しめてでも、しがみつくほどの平和かと私は思ってしまったのだ。お前の言う通り、これから口さがない者が我が家に悪評を立てるだろう。王家を立てるために、自らの地位を上げんとする為に。本来は私が戦うべきであった。そんな私に、どうしてお前を咎められようか。だからこそ絶縁などしない。お前は我が家の代弁として、お前自身が為したいことを為しなさい」

「…………今更、そのように言うのですか。ずっと耐え忍べと、王家の為にあれと育てられた私に」

「あぁ。今だから言うのだ。それがどれほどお前の心を傷つけ、失望を受けようとも。私が言わなければならない言葉だ」

「……そんな事を言われても、私はもうオルラウンド侯爵家に令嬢として戻るつもりはありません。私は、もう私の進みたい道を見つけたのです」

「それでも構わない。……見限られても良い。ただ、ずっと果たせなかった父親としての務めを果たさせてくれ」


 痛みに堪えるように、それでも笑みを浮かべるお父様の顔を睨んでしまう。けれど、すぐに息を整えて顔を逸らします。


「……もっと早く、そのお言葉を聞きたかったです」


 私の呟きにお父様は何も言いませんでした。……本当に、それは今更な言葉なのです。私はもう進みたい道を見つけてしまって、この機会を最後に家に戻るつもりはなかったのですから。

 本当に私は心配されていたのでしょう。愛されて……いたのでしょう。けれど、それを今の私には上手く呑み込むことは出来ません。出来る訳がありません。


「……ベラドンナ」

「お兄様」

「……私ももっと早く動くべきだった。お前にばかり苦しい思いをさせて、すまなかった。不甲斐ない兄だと思ってくれて良い。お前が私を苦手に思っていることは知っていた。言い訳にしかならないが……お前に何をしてやれば良かったのかわからなかったのだ」

「何も望みません。何も……望んだことなどありません。そう育てられたのですから。だからそんな後悔を聞かされても……困ります」

「……そうか」


 お兄様もお父様と同じような笑顔を浮かべます。そんな顔を浮かべるぐらいなら、今になってそんな事を言うなら、もっと早くに言って欲しかったです。


「なら、お前には伝えておくべきことがあるな」

「伝えておくべきこと?」

「私はクラレンス殿下の周囲を調べていた。……お前を貶めた報いを受けさせるためにな」

「…………何をしているんですか、まったく」


 私が深々と溜息を吐くと、お兄様は痛みに堪えるように身を捩りながら咳払いをしました。


「私がクラレンス殿下を追い落とすために集めた情報はお前に譲ろう。……ベラドンナになら有効に扱えるだろう」

「お兄様が余計なことをしないためにも頂いておきます」

「……私に何か出来ることがあったら、言ってくれ。今更だがな」

「本当に今更ですね。……もう、いいですよ。私は大丈夫です、ちゃんと自分の足で立てますから」


 別に苦しんで欲しい訳ではないのですから。かといって、何かして欲しいとも言えません。

 私では、お父様とお兄様の苦しみをどうやっても和らげることは出来ないでしょう。本当に、あぁ、本当に……今更なのですから。




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