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第十話:価値を得るために

 カジノに身を寄せてから数日が経過しました。

 ここでの生活は酷く穏やかです。責務にも何にも追われることなく時間が過ぎていき、一日が終わっていきます。

 暇つぶしにシャーリーが貸してくれた本を一日読んでいた日もありました。気晴らしに街に散策に出て見たりもしました。一日、何もせずに天井を眺めているような日もありました。


 誰にも叱られず、ただ漠然と時間だけが過ぎていく生活。シャーリーが身の回りの世話をしてくれるので何も困ることなどありません。

 ただ少しずつ、ゆっくりと私は空っぽになっていく自分を実感していくのです。責務がなくなり、背負うものがなくなった私は足の裏から何かが抜けて行くようで。

 やがて立ち上がるのさえ億劫にしてしまいそうです。初めて浸る怠惰という名の毒は私の精神をゆっくりと腐らせていく。


 怠惰に過ぎ行く時間に恐れを抱いても、私は何をしたいのか定めることが出来ません。そんな不安をシャーリーに打ち明けると、シャーリーが深々と溜息を吐き出して肩を竦めました。


「では、何かお買い物でもされますか?」

「……何を買えば良いんでしょう?」

「宝の持ち腐れという言葉をお贈りいたしましょうか?」

「うぅ……」


 折角持っている富を持て余すだなんて、とシャーリーに言われても自分が欲しいものなんて思い浮かばないのです。


「ベラドンナ様ってお金がたくさん手に入ったら何かしたい事ってなかったんですか?」

「……お金があったら」


 お金があったら、やりたかったこと……。


「……改革、でしょうか」

「改革?」

「国にとってお金は幾らあっても困りません。持て余すようなお金などトラペイゾド王国にはありませんから。だから、もしお金があったら国の改革に使いたかったですね」


 例えば、孤児院の現状の改革です。寄付をしただけでは孤児院の未来までは救えません。孤児院の子供たちがただ大きくなっても、雇用につくのはなかなか難しい。

 それならば孤児院を幾つか国営にして、孤児院で預かった子供たちの将来の雇用のための勉強や訓練をさせられたら解決するんじゃないかと考えました。

 しかし、それを実現するための資金が絶望的に足りませんでした。現状維持の孤児院に教育を施せるだけの人材を派遣して、孤児の面倒を見ることも並行して行うのは難しいです。


 それに孤児ばかり優遇すれば普通に家庭で育てられた子供たちとの間に逆に格差を生んでしまいかねいません。

 となると、まず充実させなければいけないのは孤児が出るような環境を減らすこと。つまり人が稼ぎ、豊かな生活を送れるように支援や法案を成立させること。

 けれど、これもやはり金です。領地ごとの運営はそれぞれの領地を預かる貴族に任されているので、どうしても領地ごとの差がついてしまいます。


 それを一括で改革し、足並みを揃えようとなると貴族たちの協力を得なければなりません。そして利がなければ貴族は賛同はしてくれません。

 となると、やはり富は力なのです。予算を絞り出せないか、無駄や不正はないかと目を光らせていたのも、そんな未来を叶えられるかどうか考えてしまったからでしょう。

 ……今となっては、全てが徒労に終わりましたが。


「なるほど。……それならベラドンナ様が商会を作ったりすれば良いんじゃないですか?」

「商会?」

「人を雇って、自分が望む環境を用意して、それを育ててれば良いんじゃないでしょうか? 国みたいな規模なのは流石に無理でも、商会規模の雇用なら今のベラドンナ様だったら望んだ環境が用意出来ますよね? 自分で商会を建てる以外にも懇意にしている商会などあればそちらに協力を要請したり、そういう方法もあるんじゃないですか?」

「……国ではなく、商会。つまり雇用の範囲内で行う改革なら出来る……?」


 国という枠であるなら、国を動かしている貴族の同意も必要でしょう。しかし、商会という枠であるなら貴族の足並みを揃えようとは考えなくても良い、と?


「ですが、私が支援することで格差が生まれるのでは……」

「そんな事にまで気を回していたら動けなくなります。正直、ベラドンナ様は周囲に気を使いすぎだと思いますよ」

「……そうでしょうか?」

「孤児を助けたい。でも、ただ支援するだけじゃ未来がない。ですから孤児が減るように、孤児でも将来の仕事を探せるように国を変えたいって思ってるんですよね? でも、国を改革するとなると貴族様を説得しなければならない。下手したら派閥争いになりますからね。それがお嫌なんでしょう?」

「嫌……そうですね、嫌なのでしょう。争った所で無益ですから」

「でも、商売は競争ですよ? ベラドンナ様が商会を贔屓したとして、それはベラドンナ様の信用を勝ち取ったんですから、別に何も不公平でもないじゃないですか。やらない人にやる気を出させるのと、やる気があって自分を優先して協力してくれる人と、仕事をするならどっちとベラドンナ様は仕事しますか?」

「……そんな風に考えたことはなかったわ。競争、そうよね。だから不公平なんかじゃない。一緒に仕事をしたいと思える人だって私が選んで良い」


 そこまで呟いて、私ははたとある事実に気付きました。その事実は、本当に意識しなくてもごく当たり前に思えること。けれど、私にとっては新鮮なもののように思えたのです。 当たり前だと自分でも思っているのに、それは決して自分にとって馴染みのないものだったと。その気付きが、私の視界を開けさせるような思いでした。



「――私、自分で選んだことなんて何もないのですね」



 〝自分で選んだ〟ことは、確かにあります。けれど、それは与えられた選択肢の中から選ぶ自由です。

 私は次期王妃で、貴族令嬢です。だからこそ欠点や失敗などあってはならない。〝決められた状況での最適解〟を選び続けなければならない。


 でも、この選択はもっと自由で、広大で、そして先行きが見通せないものでした。

 私に〝選択の自由〟など許されていませんでした。だからこそ、こうしてシャーリーによって提示されて、視界が開いたのです。


 だから、と私は納得してしまったのです。どう生きたいのか、望みはないのかと問われても上手く返すことが出来なかった理由を。

 私は、自分が自由に何を選んでも良いという自由を与えられたのは初めてなのです。だからこそ恐ろしいのです。そして、恐ろしいと思うのと同じぐらい――解放感があるのです。


「……シャーリー」

「はい」

「私は……ワガママになっても良いでしょうか?」

「ベラドンナ様のワガママは、ワガママらしくありません」


 溜息を吐いてシャーリーがそう言うものですから、私は思わず笑ってしまいました。

 確かに私のワガママ、私の欲しいものなんて一般的なワガママで得ようとするものじゃないかもしれません。

 それでも、それが私の欲しいものなのです。ずっと欲しいと思っていたものは確かにあって、それは得られるものではないと突きつけられたから悔しかったのです。

 得られるものでもないのに重ねる努力ほど、虚しいものはありません。だからずっと虚無ばかりが私の胸に溜まっていきました。


 でも、それがもし、実は手に入られるものだったとしたら――?



「運はただ楽しむだけでは快ならず、だったかしら」

「ベラドンナ様?」

「運を引き寄せる……それがどういうものかはまだよくわかっていませんが、自分なりにやってみましょうか」



 ――勝負をしにいきましょうか。価値(かち)を得るために。


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