第一話:どうしてこうなったのでしょう?
宝くじ、当たって欲しい。そんな思いから思い付いた作品です。
歓声、怒号、悲鳴――。
それらが入り交じった声が、私の耳に入って、そしてそのまま通り抜けていくような狂乱の騒ぎ。
その騒ぎの中心にいる私は、今、何が起きたのかわからずに茫然とすることしか出来ません。
私がいるのはカジノ、金銭をかけてギャンブルを行う遊戯を楽しむ場所です。
そして、私の目の前には何度見ても目を疑うようなチップが積み上げられています。
「お、お待たせいたしました……! こ、こちらがベラドンナ様の配当となります……」
「……そ、その、差し支えなければ……こちら換金したらどれ程に……?」
「だ、大金貨換算で……十万枚となります……」
「……大金貨十万枚」
大金貨は平民が十枚もあれば年間安心して暮らせて、年間で百枚でも稼げたら安泰と言われている程です。
そんな価値のある大金貨が十万枚。これだけの配当金を、私はカジノのルーレットで引き当ててしまったのです。
「おいおい、本当なのかよ。あの配当金」
「あぁ……最早、捨て身と言わんばかりの全財産を投じてでの一目賭けだ」
「あのお嬢さん、何者なんだ……?」
えぇ、全財産を賭けたのは本当です。その中には自分を担保、つまり奴隷として売られても良いという覚悟で借りたお金も含めての全財産。このルーレットが外れれば私は借金を抱えて、奴隷として売られていたことでしょう。
正直、私は奴隷として売られても良い。むしろ売ってくれれば、自分のこれまでの人生に踏ん切りがつけられるという一心でした。なのに、結果は捨て鉢な私に反して目も眩むような配当金が積み上げられています。
一体どうしてこんな事になってしまったのか? 私は、走馬灯のように自分の人生を思い返しました。
私、ベラドンナ・オルラウンドは高位貴族の令嬢として生を受け、畏れ多くも王子の婚約者として選ばれました。
私が婚約者に選ばれたのは毒にも薬にもならないから、という理由でした。陰謀渦巻く王宮では政治的な駆け引きが当たり前です。
勿論、その中には王家との繋がりを強めて自分の権力を上げようとする者たちもいます。
そんな中で我が家、オルラウンド侯爵家が矢面に上げられたのです。
権力志向も強くなく、ただ侯爵位を授かる貴族として振る舞い、国に仕えることこそが忠義であり至上とする家柄でした。
良く言えば質実剛健、悪く言えば頭が固くて融通が利かない頑固者の集まりでした。
そんな家柄だったからこそ、王権に絡まる陰謀を抑える一手として選ばれました。
こればかりは王子と同い年の令嬢に生まれてしまった以上、仕方ないと割り切ることが出来ました。
ただし、オルラウンド家は先程も言った通り硬派すぎるほどの頑固者が集まる家です。必然として、その家に育てられた私もお堅い令嬢として知られていました。
王子は物心つく前から決められた婚約者である私が大層、気に入らなかったそうです。これが私の転落人生の始まりでした。
私は家の教えで、必要以上の愛想を見せる必要はない。むしろ感情をむやみに表に出すことこそが恥。そんな教えの下で育てられたので、同年代の令嬢に比べて笑顔も少なく、可愛げもないと不満をよく零されたものです。
私も流石に我が家の教育は少し偏りすぎでは? とは思いつつも、王権に纏わる勢力争いや、家の指示で王子の気を惹こうとする令嬢の数々を見て来たので、幼いながらに達観させられた私はこう思ったのです。
これ、私がしっかりしてないと国が危ない、と。
使命感と言うよりは危機感、そして危機に気付いてしまえば立ち向かわなければならないのがオルラウンド家の娘として育てられた私の性質でした。
私としてはもう少し肩の力を抜いた生き方をしたいとは思っていたのですが、自分の家と立場がそんなことを許す筈もありません。
薄々私も気付いてたのですが、それ故にどうしても私は小言が多くなる傾向にありました。はっきり言って、ご自分に甘い所がある婚約者である王子を見ているとハラハラしてしまい、ついつい口を出してしまったのです。
これが良くなかったのか、王子は私に反発するようになり、私も婚約者というよりも手間のかかる弟のように見る目が固定されていきました。
王子が問題を起こす度に、仕方ない子だ、と思いながらも彼の王子としての仕事を肩代わりするようなこともしていました。
こうなると、今度は王子の資質に疑問視した勢力が王子の弟様を王太子にせんと擦り寄ったりと勢力図に変化が出ました。
それは政略闘争の絵面が更に混沌とし、醜悪なものになっていくことを意味していました。
こうなるとお目付役として、周囲からの私の期待は高まるばかりで、本来は内気な方だと自認している私はすっかり参ってしまいました。
それでも泣き言を言える立場にない私は、必死で頼りない婚約者の王子を諫め、立派な王にせんと力の限りを尽くしました。
ただ、内心諦めもあったのかもしれません。自分の言葉に耳を貸さない王子が、自分の仕事を放棄するというのならば婚約者として私が肩代わりし、私が仕事をした方が早いのだと。
最悪、何か失敗しても投げ出したのは自分なのだから責任だけ取って貰うしかない。王子の好みの愛されるような女にはなれないことは自分でもよくわかっていましたから。
ですが、そんな婚約者の王子に対して無頓着だったのがいけなかったのでしょう。私は――婚約者である王子に不正の告発をされ、弾劾を受けたのです。
「貴様は私の婚約者の地位を利用し、自らの私腹を肥やそうと目論んでいたことは既に承知の事実だ。私が隙を見せたのも、全ては貴様の悪行を世に晒すためである!」
王子が私を弾劾したのは王立学院の卒業式パーティーの最中でした。
思わず、は? としか言いようのないでっち上げの罪の数々に呆気を取られた上、自分が放棄した政務は、私の悪行を炙り出すための計略だったのだと言うのですから、開いた口が塞がりませんでした。
しかも、何故か王子好みの少女が王子と腕を組んでいたのです。何でも、平民である彼女に対してもは虐めを始めとした器物損壊、盗難、殺害未遂などの悪行三昧を繰り返したのだとか。
思わず、同名のそのベラドンナって令嬢は大胆なことをするものですね、と現実逃避をしてしまった程です。
王子の言い分を聞いて、私は嵌められたことを悟りました。いえ、正確に言えば嵌められたのは王子だったのですが。
王子は私が将来、王権を乗っ取ろうとしているなどという周囲の誘導にこれまた見事に引っかかってしまったようなのです。
やれ、自分の政務を代行しているのは自分が王妃となった時に自由に采配を振るう為の下準備だったとか、王子の名を借りて不正なお金を集めて私腹を肥やしているだとか。
不正はしてないし、そもそも私が王子の仕事を代行してたのは国王陛下が渋い顔をしながら頼み込んできたからですが? 私も嫌々でしたが?
「最早、貴様の悪行は見過ごしてはおけない! ベラドンナ、貴様との婚約を破棄する!」
私はその宣言を受けて、天を仰いでしまいました。反論することは幾らでも出来ましたが、もう反論した所で王子がやらかしてしまった失敗は取り返せません。
私たちの婚約は国によって定められた契約です。どのような形で破談になるにせよ、私たちは一蓮托生なのです。
婚約を破棄されることが問題なのではなく、婚約破棄をこの場で宣言するという行為を私が防げなかった時点で私の価値は地に堕ちたのです。
無気力な状態になった私は、もう疲れ切っていたので王子の言うことを鵜呑みにして従うだけ従いました。望まれた謝罪も形だけで口にし、深々と頭を下げました。
そんな私を兄、オニキスが現れて連れ去るようにして会場を後にしました。
父と良く似た堅物である兄はどうにも苦手で、互いに言葉を交わすことすらも稀という関係の薄い兄妹でした。
婚約破棄宣言で騒然となった会場の騒ぎを聞きつけてやってきたそうなのですが、一体どうしてこんな事になったと淡々と問い詰められるばかりでした。
務めを果たせなかった私に兄は心底呆れていたのでしょう。私はもう何か反論するのも、説明するのも疲れてしまって、ただ無言を貫き通しました。
そして、家に戻った私を待っていたのはお父様でした。お父様は帰宅した私を見るなり、溜息交じりに一言告げました。
「――もうお前に果たす務めはない。これからは好きにするが良い」
見捨てられたのでしょう。この時、既に何もかもがどうでも良くなっていた私はそう受け取りました。
実際、王家との婚約を台無しにした私に令嬢としての価値もないでしょう。ならば、私はこの家にはいてはいけない。
それぞれ政務に戻った父と兄を見送った後、私は家を出ようと決意しました。元々、この家の気風とは合っていなかったのです。
可愛げもなく、務めも果たせない私はこの家には不要。叶うならばお母様に今までのお詫びをお伝えしたかったけれど、間が悪く生憎と領地に戻られていたので叶いませんでした。
せめて、と思い、使用人に伝言を頼んだけれども必死に私を引き留めようとしてくれました。けれど、私はこの家には最早不要。私を庇えば父の不興を買うと伝えて家を出ました。
私に自由に出来る財産は贈り物の装飾品やドレス、あとは私自身でしょう。令嬢としては失格でも、見目だけはまだ令嬢として育てられた以上、商品価値があると踏みました。
――このまま落ちるなら、もういっそどん底まで落ちてみましょうか?
そんな仄暗い自分の囁きを名案だと思いました。そして私はカジノに向かい、持って来た装飾品、ドレス、そして私自身を担保としてお金を借りました。
そして、そのお金を余さず換金してチップにして、全チップをルーレットに注ぎ込みました。私が高く積み上げたチップを見て、ディーラーの人が顔を引き攣らせていましたが。
そんな馬鹿な真似をしたのも、正直目立ってしまいたかったという気持ちもあります。滑稽な自分を笑って欲しい、と。
そんな思いを乗せてチップをかけて回り出したルーレットは――私の賭けた「1」の数字のポケットに吸い込まれるようにして落ちていきました。
それをディーラーも、他の参加者も、そして賭けた私ですら目を見開いて硬直してしまいました。
そして――あらゆる声が響き渡る大騒ぎとなってしまい、今へと至ります。
私が自分自身も含めて借りた金額を余裕で飛び越えてしまうような大金が、目の前にあるのです。
「……どうして、こうなったのですか!?」