魔王
第九話 魔王
額に銃口が刺さるのをはっきり感じながら、伊藤は落がとった行動を思い返し、戦慄していた。
運営は18:00以降大人しくしているように提案したが、実を言えばそんなことEdgeのプレーイヤーがきくわけはない。
当然、パンクヘッド伊藤はこの時間の襲撃も考慮には入れていたが、その規模が予想を遥かに超えていた。
こちらの陣地へスパイを忍ばせる程度を予想していた伊藤は、落の用意した300人の集団という攻撃力にまったく対応できていなかった。
対して落が見ていたのは、どちらの派閥なのかを選択するまでは、敵か味方か判別する方法は皆無という点だ。
白翁党の『 来るもの全PK 』もこの点に対応するためだ。
仲間を増やそうと一見さんを受け入れている幻想城は、絶好のカモであった。
一方の腕章のガスマスクの街では、そういった動きがみられず、あくまでもあの街を慕って自主的に集うものが集団となり、その場の雰囲気でほぼ全員が同じベクトルに乗ったのだ。
落は、この街に入り込むことは危険と判断していた。
向こうの雰囲気に乗り切れない自分達の存在は、どうやっても異質なものになってしまい、大規模な潜入は必ず暴かれると考えたのだ。
その考察は実際に当たっていただろう。
「この場で1000人、グエン派にせい」
落は、スキンヘッドにスーツのキャラクタを、落と伊藤を守るように立たせている。
引き金に指をかけたまま、無機質に命令した。
金髪幼女は左上半身を回復させ、すでに落の軍勢200人近くを屠っていたが、残りはレアリティの高い武器をもった手練のようで、処理速度が明らかに低下している。
それでも、徐々に白翁党の精鋭100人を単体で削り取っていくさまは、まさに魔王の姿であった。
「……1000人渡したところで、どうして俺の命が保証されるんだ」
伊藤は自分に選択肢が無いことを分かっていながら虚勢を張る。
「それもそやな……」
落は一旦うつむき、眉間にシワを寄せながらまた伊藤を見る。
「ワシをサウザンドフィールドに入れるんや」
そう言いながら、ギルド参加の認証要求画面を伊藤の前に表示させた。
ギルドマスターをメンバーがPKした場合、他メンバー全員が逮捕権を得る。
もちろん、本来なら警察からも追われることになる。
幹部9人がPKされたにも関わらず、警察の対応が無いところをみると、王座の間に向かった警察をブロックされているか、すでに刑務所が占拠された可能性も伊藤は考えていた。
事実、幻想城の刑務所はすでに白翁党が抑えている。
それでも、落がサウザンドフィールドノベンバーになり、パンクヘッド伊藤をPKしてしまえば、城内700人のギルドメンバーが逮捕権を持って彼を追うことになり、様々な特権を行使できるようになるのだ。
そうなれば、金髪幼女に精鋭を削り取られている落にとって、逮捕にとどまらずPKされるのは目に見えていた。
さらに、落は白翁党のトップ、少なくとも最精鋭である百狐州のマスターであるから、それらもサウザンドフィールドのメンバーということになる。
伊藤は、最終的に自分がどうなろうと落をサウザンドフィールドに入れることはメリットがあると踏み、提案を飲んてギルドへの参加を承認した。
「1000人よこさん言うなら、ワシは手が後ろに回ってもおどれを撃つで」
伊藤は頷き、城の中にいる400人、外にいる600人へメッセージを送る。
すでに18:00を過ぎ、派閥選択が可能となっていた。
グエン派になりグエン派をPKするのが作戦、と無茶苦茶な指示を出す。
言うことを聞かなきゃギルドから追い出すZE、と冗談も添えた。
信頼の暑い伊藤の言葉に1000人はすんなりグエン派を選択していく。
「この1000人がそっちの言うことを聴くとは限らねぇぜ」
落は、伊藤から銃口を外さずにタバコを深く吸う。
「伊藤、おんどれ、それにおんどれのギルドの連中、Edgeにおるには温すぎるんや。
PK数が多い方が勝ち言うてるようやけどな、なんも関係あらへんで。
言うたら、放置民の連中端からPKして、戦わずにおったらワシらの勝ちや」
PK数、とは記載されているが、対立派閥をPKした数とは書かれていない、という点を落は指摘した。
自軍のキャラクタをPKして数を稼ぐのも、ルール的には有りという理屈だが、事実そのとおりであった。
「この喧嘩、どっちかを潰すしか終わりはないんや。
運営ですら分かっとるようやが、オドレらだけは別のゲームをしくさっとる。
イベントもグエンの眠たい主張なんぞもどうでもええ。
ワシらが欲しいもん、伊藤、おんどれにはなんにも見えとらんで」
自分が全く見当違いの考えから、無駄に1000人を敵の戦力にしてしまったことに気づいて、伊藤は眉根を寄せる。
落は先程よりも強く、パンクヘッド伊藤に銃口を押し付けた。
金髪幼女は、刃の部分がワニの顎に変わる機械式の剣を振るうキャラクタに右腕を食われたが、その瞬間敵の首筋に食らいついて、そのまま大きくかじり取ってPKする。
眼前にはすでに30人程度になった白翁党が立ち並んだが、ただならぬ落の威圧に他を無視して主のもとへ向かおうとする。
だが、浮遊する三枚の鏡を操るキャラクタが、金髪幼女の行く手を阻むように鏡から発射れた光線で壁を作る。
空中の鏡を向かい合わせに高速で移動させ、光線の牢獄を作り出し、彼女を捉えようとしたが、陽炎のように金髪幼女の姿が揺らいだかと思うと、隙間もないと思える光線の合間を縫ってノーダメージで抜け出していた。
そこへ、炎でできた巨大な斧が襲いかかる。
なにはともあれその歩みは止められてしまい、伊藤には届かない。
「ワシら白翁党はギルドやない。
ただの5万人や。
それからな、ワシは落や。
王いうのはそこのハゲやで」
わかっとるな、という落の言葉に、控えていたスキンヘッドにスーツのキャラクタは、へい、と神妙に答えた。
スキンヘッドは伊藤に銃を向ける。
そのスキンヘッドに、落が銃を向けた。
「ほな行くで」
落のオートマティックが銃声を挙げ、スキンヘッドを打ち抜く。
あまりにしょぼい手に引っかかり、驚きにほうけた顔のままパンクヘッド伊藤は額を撃ち抜かれて光に変わる。
しかし、伊藤を光に変えたのはスキンヘッドの銃弾ではない。
スキンヘッドの放った弾は、光りと消えていく伊藤の額を貫き、地面に弾けた。
パンクヘッド伊藤を撃ったのは、腕章のガスマスクが放ったオートマティックの一発だった。
「おーーい! こらこらこら!
話が違うじゃねぇか!
なにをウチの大将ヘッドショットしてくれとるのよー!」
白翁党に占拠されていた幻想城の刑務所へ転移した彼らは、すぐさまこれが罠だと察知し、白翁党が本性を表す前に暴れだしてまんまと突破していた。
玉座の間、正面入口の大きな扉にたどり着いた腕章のガスマスクは、それが開ききる前に、落と伊藤が二人になっているのを目にした瞬間、銃を抜いていた。
落よりも一瞬早く、腕章のガスマスクの銃弾が伊藤をPKし、魔王のテイム権限がその手中に収まる。
侍が騒ぐが、誰も相手にしていない。
全員が、そう、戦っていた白翁党と金髪幼女すらが、落を見ていた。
「……あんさん、ナニモンでっか」
落は、自陣営最強の狙撃手に撃ち抜かれながら、的確にキティへ指示を飛ばし、狙撃手の情報というキーポイントを手中にしたこの男を高く評価していた。
あの場面でビーコンをキティに渡すなど、尋常な判断力でできることではない。
意識もせず物事の要点を掴む者、そういう稀有な存在にしかできないことだと、落は考えている。
実際、腕章のガスマスクの街は世界で唯一、警察の働きによってグエン派の占拠を免れ、密かに中枢部へ忍ばせていたスパイである所長すら抑えて、刑務所までも守り抜いた。
それも、実際的にはこの男がログインできない間に、彼の関係者によって事は成されたのだ。
落があの街を警戒したのは、一重にこの男の存在があったからとも言える。
そして今、ありえない判断力で、またも一番重要な一手を阻まれた。
「警官だ」
腕章のガスマスクは落に銃口を向けたまま答える。
落は、一旦腕章のガスマスクから目線を外して正面を見つめ、俯き、銃を懐に戻してスーツのポケットに両手を入れる。
斜に構えながら答えた。
「落だす」
一言残し、踵を返して崩壊したステンドグラスへ向かう。
銃を向けられながらゆっくりと、一人その場を去ろうと進んでいく。
白翁党20数名も、金髪幼女との戦いに疲弊しながらその後を追う。
金髪幼女は誰も逃さまいと、戦線離脱する彼らを追い立てるが、腕章のガスマスクの視線にその動きを止めた。
魔王の支配権は腕章のガスマスクの手中にあるのだ。
だが、灰色フードの背の低いキャラクタだけは、誰の支配下にも居なかった。
「撃てば良いんだ」
侍の後ろに隠れていたキティは、まっすぐ落に向かって走りだす。
一瞬で距離を詰めるキティに、白翁党の数名が落との間に立ちはだかるが、残像を残すような素早い動きでかわし、全く防御にならない。
その身が落へ迫る中、壊れたステンドグラスの向こうで巨大な青い光が灯った。
腕章のガスマスクも、光速弾のスナイパーの存在を危惧して落へ直接攻撃はしなかったのだ。
キティもその存在に当然気づいていたが、彼女には関係が無かった。
だが、落はスナイパーの青い光に手のひらをかざし、狙撃を静止した。
それどころか、彼の首元に飛び込んだキティのダガーを、ただ俯きがちに、ズボンのポケットに片手を入れて、タバコを吹かしながら受け入れる。
確かに首を捉えたその刃は、しかし落をPKすることはなく、キティの姿とともに青い粒子となって消えていった。
『 助かったよ落さん。
一発無駄にするとこだったね 』
スナイパーからの通信に、無言で煙を吐いて答える。
本物のキティもデコイを追って走ろうと身構えていたが、白翁党員が辛くも間に合い、落を守る壁が出来上がっていた。
「……うむむ」
「どうしたキティ。
変な音を出すんだな」
デコイを読み切られてバツが悪いのか、と腕章のガスマスクはキティを伺うが、どうも違った様子である。
フードをぐっとおろして顔を隠すようにしている。
「なんだ? 知り合いか?」
「いや、あんまりイイ男だったもんで、ちょっと恥ずかしい」
キティの一言に侍は爆笑するが、遅れてやってきて様子を見ていた後輩ガスマスクはドン引きである。
「戦場カメラマンじゃねんだから、そこまで危ないとこ攻めなくてもいいじゃねえか……
恋愛ぐらいはJKしなよ……」
「やかましいよ?
どうせあんたもろくなリアル持ってないでしょ?
わかるんだよねー、におい?」
「はあ?
リア充ですけど?
公務員ですけど?」
ギャーギャーといってるうちに落と白翁党は姿を消していた。
そして、ダメージを負った金髪幼女がテクテクと腕章のガスマスクのもとに近づく。
「ちゅうか、どういうことなの?
お前、知ってたのかよ、伊藤の大将PKしたら、こいつがなつくの」
侍が副長の自分でも知らない事実に改めて驚く。
「可能性を考えただけだ。
それをもとに行動を決めた。
助けるか、伊藤をPKするかのどちらかだと。
そして現状をもとに判断した。
最悪の結果は免れたが、所詮は後手だ。
さて、お前は何ができるんだ?」
白いワンピースは汚れているが、ロングストレートの金髪はまるで奇跡のように輝いていた。
魔王は黙って腕章のガスマスクをじっとみたが、目を一度閉じ、何かを飲み込むように息をついて口を開いた。
「マニュアルを渡す。
使って見せろ」
そう言ってSDカードを一つ、腕章のガスマスクに渡した。
「......いいだろう、おいおい動いてもらうこともあるだろう」
腕章のガスマスクはカードをしまい、侍に声をかけた。
「何時だったか?」
「19:40」
答えたのはキティ。
「サウザンドフィールドはおまえの指揮下と思っていいな?
なら、早速動こう。
まずはうちの街へ集まれ。
全員だ」
やれやれこれだよ、と急な無茶振りに、しかし侍は即答で了承する。
「わかった。
城には頑丈なプロテクトをかけて一切入れなくしてやる。
あんたが大将だ」
二つの勢力は、イベント進行を完全に無視して、早速、バチバチにやり合う構えであった。