放置民
第七話 放置民
キティは、腕章のガスマスクが管轄していた街で、夜通し初期装備の怪しいやつをサーチアンドデストロイしていた。
街の至るところで出没しており、倒しても次から湧いてくる始末。
後輩ガスマスクが同行し、街中に配置された囮捜査員からの報告を片端から潰していく。
夜明けまでに20体を潰したが、出没の頻度は上がるばかりで、すでに正午を回ったというのに二人は走り続けていた。
「キティちゃーん……流石に一旦やめようぜぇ……
もう無理だぁ……」
リアル時間で10時間ほどもぶっ続けで戦い続けている後輩ガスマスクは、キティよりも先に音を上げる。
「寝ようぜ……飯をくおうぜ……風呂に行こうぜ……」
「一人で落ちなよ。
囮の奴ら動かす全権を私に託してさっさと落ちなよ」
「ちゅうか、俺今どうなってんだろ、絶対漏らして大変なことなってるぜこれ」
「フルダイブ入るのにオシメしないとか勇気あるね」
衝撃の発言に後輩ガスマスクはキティを凝視する。
「怖すぎよコトちゃん……もうちょっとちゃんとJKしなよ……」
「オフであったこと無いけど、本当にやばいやつは点滴バルン(
膀胱カテーテル留置)上等でやってるよ。
胃瘻(経管栄養)までは聞いたこと無いけど、効率は良いよね」
世界は狂ってやがる、と嘆く後輩を無視して、キティはまた敵を発見して走り出す。
裏路地、一本道、ターゲットは二体。
見た目普通の槍を構えた一人、突く動作を見る前に懐に詰めより、半身の相手の右手首を一閃、槍を取り落した相手の喉元に刃を突き入れる。
もう一人は槍のキャラに隠れるようにして剣を振りかぶっていた。
光の粉になって消えていく槍キャラの体を突き破って、そいつのみぞおちを突き刺す。
「次」
そのまま心臓まで切り上げられて光と消えた初期装備キャラの武器を、後輩ガスマスクがいやいや接収した。
「せんぱーい!! はよーーー!!」
後輩ガスマスクが悲鳴を上げたのはちょうど13:00。
時報とともに運営からのイベント告知がキティの前に表示される。
警官には事前にイベント告知がされているので、後輩ガスマスクの前には画面が表示されない。
二人は一つの画面を狭い路地裏で覗き込むことになった。
「フシューフシューやかましいよ。
ボンベを止めたら良い」
極度の疲労状態にあって、即死魔法みたいな事を言われた後輩ガスマスクは、充血した目を見開いて、敢えてキティの傍らで激しく呼吸した。
『 Edgeユーザーの皆さん。
平素よりのご高配、誠にありがとうございます。
実は、ちょっと前からみなさんがプレイしているこの世界に、本物の警察がプレイヤーとして混じってます 』
表通りの方から大きなどよめきが聞こえてくる。
『 もちろん、警察官がプライベートでゲームしてる、ってことじゃないですよ。
警察が、Edge 対策班を組織して、警官キャラクタとしてログインしてるんです 』
激しくフシューフシュー呼吸する後輩ガスマスクを押しのけようとするキティだったが、セクハラ気味に抱きついてはなれない。
そこそこ度肝を抜かれる発表も、キティにとっては些事であった。
「あんたらがその警察官ってわけだよね。
ようし、いいだろう、落ちたあとできっちりどこの誰だが割り出して、ストーカー被害出してやるから。
あんたと先輩とやらの実名で、この二人にやられたってJKパワー使ってやるから」
「へへーん、今言ったろ、対策班つくってるつって。
お前らがどんなに世捨て人なクソハッカーでもな、俺らの情報は世界有数の警察組織が保護してるんだぜ?
やれるもんなら抜いてみやがれ!
仮に割り出したとしても、その情報使って無事で済むわけねぇだろが、ハーン?!」
狭い裏路地で二人がわちゃわちゃしている間にも、彼らにとっては大したことない話がディスプレイから流れていたが、突然、街中に大音量であの音が鳴り響く。
PKアラートが、同時に何枚も重なって表示され、イベント告知画面は埋め尽くされて見えなくなってしまった。
二人は飛び退いて、想定していた状況と照らしあわせてすぐさま対策に動く。
「同時に何件でてる?」
「どうやら8件だけだ。
俺らMVPだな」
後輩ガスマスクは管轄区域内の警察官へ指示をとばす。
『 おい、くそ、お前の言ったとおりだ、チキショウ、いらんことばっか的中させやがって! 』
他の警官から早速文句の通信が入った。
「バカ、無駄口叩いてないで想定通り配置に走れ!
10チーム作ってんだから8箇所なら全エリアをカバーできるんだぜ?
取り逃すなよ!
リアルの俺の体を犠牲にして敵減らしたんだからな、ヘマしやがったらてめえ、同じ目に合わすぞこの野郎!」
同時多発PKがこの日に発生するであろうことは、昨夜サーチアンドデストロイを初めてすぐに感づいた。
なんせ、初期装備の怪しいキャラクタの発生速度が尋常ではなく、明らかな敵の意思が見て取れたのだ。
これは、腕章のガスマスクの的確な遺言があったためでもあるが、この街の警察に限っては組織的に広範囲をカバーできる準備を整えていた。
複数同時に入ってくる通信へ指示を飛ばすので手一杯になった後輩ガスマスクから、警察用アイテムのビーコンをキティが奪う。
「おいおいおい」
「そこでてんやわんやしてなさい。
私はまだまだ暴れるよ。
あいつら一人ずつはつまらないけど、サーチアンドデストロイは最高にたのしい。
やってもやっても警官出てこないし……」
嬉々として走り出そうとしたキティであったが、これまで鳴っていたアラートがブチッと切れて、砂嵐とともに一人の男が画面に映ったことで、足を止める。
それは後輩ガスマスクの前にも現れ、彼に一息突く時間を与える事になった。
背後に宇宙を広げたような場所に佇み、髭の男は語りだす。
『 私はグエンだ。
今、Edgeの世界中で同時に、同胞が行動を起こしている。
我々の行動に対して警察は対処できず、実際に現時点で多くの都市、主要なダンジョン関連刑務所の機能は停止した。
私がこんな主張を諸兄の前で行っているのが何よりの証拠だが、一例をみせよう。 』
画面が更に何枚か展開し、Edgeの中でも大都市とされる場所や、人気の高いダンジョンの前に広がった街、そして刑務所内でキャラクタがPK、オブジェクト破壊、NPCキルなど、まさに今、破壊勢力に占領されゆく風景が映し出された。
「初期装備の連中じゃない」
「最初の同時多発PKは初期装備の連中だ。
対応できない警察が混乱を起こして、機能を麻痺させたところへ白翁党の連中が暴れるって寸法だろう。
それよりグエンの画面が割り込んでるところを見ると、リアルでもサイバー攻撃が入ってる。
どうせこれも白翁党のやり口さ」
世界全体に画面を飛ばすメガホンアイテムは存在するが、何重にも出現したPKアラートをキャンセルして割り込ませるなどという荒業は当然できない。
グエンがそれをやってのけている事自体が、ゲームのシステム面すら一部彼の手中にあることを示しており、それが警察や運営の大混乱を証明していた。
「各管轄内で全く同時にPKが発生して、通常の体制で対応できるのは精々が5・6だ。
それだって相当すげえことなんだぜ?
俺たちみたいに準備ができててやっとこ10程度さ。
昨夜の連中の湧き具合からみて、一つの管轄内で同時に50くらいはPKが出てる。
大都市で数えたら1000くらいは行くかもな。
俺らにはわかってたが、わかっていながらできた対処は極めて局所的だ。
奴ら、こっちが管轄自治だってところも利用したんだな。
それぞれ独立気風が強すぎて、分かって情報共有しようにも信頼がねえって所をな」
侍が通信を送ってくる。
『 なんとかなったか?
うちの城は無事だぜ。
白翁党の連中だろ、このガラ悪いの。
動き出す前にほぼ殲滅してやったぜクソッタレが 』
「どうだろうな、8PK同時に出ちまった。
白翁党まで対処できたかはわかんないけど、ウチの街、PK逮捕率高いからキティみたく強いやつ集まってんすよ。
そうそうやられないし、目立ったことすりゃ的にかけられると思うんだけどな。
ちょっと今演説聞いてるから報告はあとっすね」
『 だな 』
一通り都市や刑務所の様子を流すと、グエンはまた語り始める。
『 我々の名は、” 放置民 ” 』
グエンは後ろを振り返り、宇宙の最果てまで居並ぶ空虚なキャラクタたちを映し出した。
『 エゴに塗れた愉悦のために、無数に作られ、捨て去られた物が我らだ。
無慈悲なPKによって生きることを諦めたプレイヤーがいる。
私は彼らに生み出された、悲しく無意味な存在を統べるものである。
今こそ、我等の手により警察は意味を失った。
もはや誰のPKを留める力もEdgeには存在せず、諸兄が作り出したこの世界の楽しみは潰えた 』
グエンは右手に赤い星のベレー帽を握りしめ、勢いよく振り下ろした。
『 私はたび重ねて運営に対し、初期キャラクタの非PK制度導入を訴えてきた。
PKされない代わりにPKできない期間を儲けるよう要求してきたのである。
それは一重に、この地に降り立った瞬間にPKされてうんざりしたプレイヤーに放置される悲しいキャラクタを、これ以上生み出さないためである!
彼ら放置されたキャラクタの気持ちを考えたことがあるだろうか?!
そして無慈悲な誕生PKを食らったプレイヤーの気持ちを想像することができるだろうか?!
私は幾度も運営にその機会を与えてきた!
だが! 運営はこれまでクソ環境を放置し、あまつさえ秘密裏に、警察組織の強化を断行した!
これは明らかに、警察機構との戦いを好む強いプレイヤーたちによる、弱いキャラクタのPKを推奨するイベントである!
その裏には大規模ギルドと運営の宣伝効果を介した癒着が明確に存在している! 』
ベレー帽をかぶり、胸に拳をあてる。
『 我ら” 放置民 ”は、今日、蜂起した!
我々の主張は唯一つ! 俺たちだってゲームを楽しみたい、その一点である!
” そこそこ強くなるまでPKされない期間 ”を勝ち取るまで、我々は戦い続けるものである!
否とするなら、敵はこの虚空を埋める無限のオブジェクトだ!
諸兄ら自身が生み出した世界の淀みが、革命を果たすのだ! 』
ブチッと画面は消え失せ、またPKアラートがなり始めるが、後輩ガスマスク達の街は比較的落ち着いており、2件ほどのアラートがあるばかりで、警察の機能は十分に機能しているようだった。
とは言え、世界的に見てグエンの蜂起は全く完璧に成功している。
おそらく、今通常のEdgeというゲームが成り立つのは、侍の城とこの街だけだろう。
それにしても、と後輩ガスマスクはキティの方を見る。
「なんつうしょぼい要求だ。
ゲームの存続を保証する代わりにリアルマネーとか、リアル白翁党幹部の釈放でも要求するかと思いきや、何じゃそりゃ……」
「そうかな? 私からすれば結構な問題だよ。
PKされない時間がある……めちゃがっかりだよ」
そういうもんか、と納得しかけて後輩ガスマスクはいやいや、と踏みとどまる。
「そりゃキティちゃんだからだろ?」
「わかってないね。
このゲームの人気の根っこは、シビアさなんだよ」
討論を続けようとした後輩であったが、刑務所のスピーカーから大音量が流れてきて中断となる。
『 よう、グエンさん。
楽しいことしてくれたじゃないの、最高だ!
ああ、おれはビッツ。
この世界ではまあ、結構偉いんだが、例の3人の中年の一人だ。
よろしくな!
んで、その3人で話し合ったんだが、あんたらの要求、飲むのも良いかもってことだ 』
どうやらこのゲームを作った3人、『 中年男性チーム 』が全部の権限をすっ飛ばし、全世界の刑務所のスピーカーをのっとったようだ。
『 だが、そのまま受け入れるのも面白くない。
てことで、” PKされず、できない時間 ” 賛成派のグエン一派と反対派で、紛争イベントを行います! 』
また違う画面がアラートを消し去って現れる。
今度はイベントの説明画面だった。
『 開始は今から12時間後、翌日深夜2:00!
本日18:00~21:00でどっち派か登録できるようにするから、参加希望者は申請してくれ!
制限時間は24時間。
グエン一派の勝利条件は、24時間戦いきってなおかつ敵派閥よりPK数が多いことだ!
対して反対派は、グエン一派の完全崩壊・もしくは同じくPK数が多いこと!
言っとくが、グエンさん、そっちの妙ちきりんなオブジェクトキャラも1キルだからな?
参加登録の後1回でもPKされたら、イベント終了までPKできないし、PKされなくなるから、もう参加できないぜ!
皮肉だな、グエンさんよ!
開始までは暴れまわって敵方を減らすなりしてたら良いけど、登録した後は開始までの時間でもイベント中扱いだ。
PKされたら本戦参加できないから大人しくしといた方がいいぜ!
じゃ、派手にやろうぜ! 』
街全体がポカーンとしてる雰囲気が二人のところまで伝わったが、キティは相変わらずいつものことだ、という風情だ。
「メニューからさっきの説明開けるらしいな……雑すぎじゃね?
報酬とかは?」
「そんな物無いよ。
いつもそう。
最後にPK数のランキングが空に表示されて終わり。
今回はグエンの主張が通るかどうか、ってのがあるけど」
後輩ガスマスクは表情を引きつらせる。
「それでイベントになるわけ?」
「ならないならそれでいいじゃん。
結局アイツラは面白い戦場を用意するだけ。
後は勝手に私らが楽しむんだよ。
それがEdgeって世界だよ。
さすがに、システムの全部を掌握してるわけじゃないだろうから、グエンも受けざるを得ないよね」
そんなことを言ってるうちに、空に向けて赤い信号弾が無数に発砲され始める。
「粋なことするじゃん。
初期装備の連中が撃ってんでしょ?
グエンがかぶってた帽子、赤い星があった。
あいつら、運営の喧嘩を買ったよ。
白翁党がなんだって協力してんのか知らないけど、どうせリアルでろくでもないこと企んでるんだよ。
参加決定……大暴れしてやる……」
次々撃ち上がる無数の赤い星は、狭い路地裏から切り取った真昼の空にもはっきりと光り、正規の大イベントの開始を華々しく飾ったのである。