前夜
第六話 前夜
後輩は、今まで話していた上司の左半身が突然吹っ飛び、光と消えてしまったことで極度の混乱に陥った。
同時に、一緒に居たはずの少女(重犯罪者)は、後輩の目では追えないほどの速度で街の中へすっ飛んでいった。
何度か爆音が聞こえたが、とりあえず静かになったので恐る恐るその方角に進んでみた。
道に空いた大穴を駆け足でたどると、さらにもう一つ大穴があり、建物にも甚大な被害が及んでいる。
キティはじっと一方向を見つめて立っていた。
「キティちゃあん」
(キティちゃん?!)
呼びかけにキティは、鋭い視線を後輩へ向ける。
「キティちゃん、無事なのか?
あの穴は君がやったの?
Edgeでは器物破損じゃ挙げられないからなぁ」
後輩のガスマスクは、キティの視線から意図を汲み取ったが、呼び方を変えずに茶化してみせる。
夕闇の迫る街で、キティの瞳は次のターゲットを決めた、とばかりに輝いていた。
「私がなんで限界突破で走ったかわかってるなら、そういう態度をとるはずないよね?」
右手の指先にビーコンを引っ掛けて、キティは後輩ガスマスクに詰め寄る。
「わーかってるって、ビーコンに一瞬でも反応する距離まで詰めれば、あの穴を開けたやつの正体がわかるってんだろ。
先輩をPKしちまったから、これで検索がかかったはずだ。
キティちゃんのおかげってこと」
キティはビーコンを後輩へぶん投げる。
顔面を狙ってノーモーションから居合抜きの刀みたいな鋭さで飛んだそれを、至近距離にもかかわらず後輩は難なくキャッチした。
「デートスポットで先輩と一緒に居た時はどうしようかと思ったけど、どうやらそういう話じゃないみたいだ。
俺は詳細を聞いてないんだけど、このあとどうするべきかな?」
殺す気で投げたビーコンがキャッチされたことで、キティは更に不快感を強めて濃い顔になる。
「まず、キティちゃんていうのを止める。
それから撃ってきたやつの情報をすべて渡す。
次に私の投げたものは避けない。
それだけできたら死んで良いよ」
「話がぜんぜん通じねえ……
ていうか何で先輩と共闘してたの?」
キティはひとつ伸びをして、後輩に背を向ける。
「玉突き事故だよあれは。
さっきのが敵にいる限り、私も騒動に参加してやろうと思ってるよ。
白翁党って連中とはやりがいがありそうだしね」
さっさと街の中へ進んでいく。
「あんたは、先輩とやらがつるんでた侍に連絡を取りなよ。
所長ってのは信用できないからやめとくといいよ」
キティはそれだけ話すと黙って歩いていく。
後輩はその後ろをついていく。
「いやいや、ちょっと付き合ってよキティちゃん。
何で所長が怪しいっての?」
「これ以上は事情がわかんないと話しても仕方ない。
さっさと侍に......」
「あ、侍さんからだ」
また濃い顔になったキティをよそに、後輩はフレンドリーに話し出す。
「どしたんスカー?」
『 よう、お前の先輩どうしたよ?
連絡とれねんだよ 』
「いや、それがすっげえのにPKされちゃって。
キティちゃんが追っ払いましたけど。
こっちの時計で10時間くらいは入ってこれねえすよ」
『 ふぁあ?!
マジでか、あいつ落ちるとかありか? 』
侍は人手が足りないと嘆く。
「ああっと、一応あらまし聞いてんすけど、ウチも動かんとですかね」
これを聞いて一人歩き出そうとしていたキティが振り向き、濃い顔でプルプルふるえだす。
『 つってもなぁ、ほんと言うとやばいのよ、この件。
一旦落ち合おうぜ。
キティいるんなら連れてこいよ 』
二人は侍のギルドホームで合流するよう申し合わせて通信を切った。
「キティちゃん、侍さんが用事あるらしいし一緒にきてちょうだいよ」
キティは黙って歩き始める。
「ちょいちょい、待ちなって……なんだコレなんて読むんだ?
コト? ちゃん……へぇJKなんだやべえな。
健全に見えるけど、ハードはマニアックな環境揃えてるみたいだし……著作権方面でマジに洗っていけばホコリでそうかな?」
さっきから全然前に進めないキティは、いい加減まじに斬ってやろうかと刃物に手をかけるが、リアルの話題を出されて問い詰めずに消えられても困るので、深くため息をつく。
「リアル持ち出すのは流石にひくよ。
ストーカー」
「つまりね、俺ら本当のポリスなんよ。
キティちゃんは俺と先輩にとってメインターゲットだ。
キャラ捕まえるにはプレイヤーを調査する、自然な対処さ」
全く納得いかないが、確かに著作権あたりが不安だったキティは諦めてついていく。
侍と合流したのは彼のギルド、『 サウザンドフィールド 』のギルドホーム、『 幻想城 』だった。
ノイシュバンシュタイン城とモン・サン・ミシェルを同時に想起するような巨大な城が宙に浮いてるという、ネズミのマスコットがいそうなほどメルヘンな風景。
城自体が街であり、ほぼ全ての都市機能をギルドメンバーで補う。
そのため破格の治安レベルで、クラフトの定番フィールドとして名声をはせていた。
「あいつらは世界中で、無数に出現してる。
こりゃ必ずなにかある。
だが、これから他の街や都市に事情を通したところで、信用はされないぜ。
白翁党の情報妨害も必至だしな」
城の外縁、城下町を見下ろすカフェで、侍は早速本題に触れる。
「私なんでかサブイボ出てるよ。
多分侍がファンシーな街とあってないからだよ」
「そこでだ。
あんたらの街と俺んとこだけでも殲滅してやろうや。
映像見せりゃ他のギルドや街の奴らも本気になるさ」
キティを無視して侍が提案する。
「この城は誰の趣味なのかな?
サブ!」
「うちのは動けますよ。
先輩が所長とは別の、いわゆる人徳ってやつで指示飛ばしてるんで、ほぼ全員動員できます。
てか、キティちゃん、何で所長怪しいの?」
「へえ、サブイボもそう考えたんか」
「妖精侍、私はアンタらと行き合うまでに、初期装備の変なのと3回はやりあった。
ピチュった、じゃないやPK喰らったあいつと、クソ後輩の街で2回だ。
街全体に囮捜捜査官の見張りをめぐらしといて発見が二人な訳ないよ。
あんたの先輩と囮捜査官の間にフィルターがあるってことだよね」
キティは急に真面目に話す。
「つまり所長がもみ消した、と?
そりゃ不穏だよキティちゃん」
「とにかく時間がねえ。
この城には常時500以上のギルメンがつめてる。
中の時間で夜通し動くとしても、あと200は増やせる。
今夜が肝だぜ。
サブイボネズミはそっちが使いな」
幻想城を後にして自分の街へ帰りながら、後輩ガスマスクは頭をかく。
「まいったねこりゃ。
所長があちら側なら、グラサンのシステムさんも敵か?
いや、考えてもしゃあないし、とにかくサーチアンドデストロイで頼むよキティちゃん」
「協力しなかったらリアルで一悶着起こそうって、やり方が白翁党と一緒だよ」
結局、二人は世を徹して街中の初期装備の連中を倒して周り、消した数は合計20にものぼった。
中にはトバッチリで普通にPKされたのもいたらしく、何度かキティが警察に追われて後輩ガスマスクをどつくロスがあったが。
そして翌日13:00、ついにポリスアカウント潜入の事実が、運営より告知されたのである。
全プレイヤーに向けてシステム管理部のお偉いさんは発した。
「先の某日より、各警察管轄に2名ずつ、本物の警察がプレイヤーとして混じってたことを宣言します!」
多くのプレイヤーが一斉にざわつく。
しかし、お偉いさんが次の言葉を発する前に、さらに大きな騒動が発生する。
同時に、一斉に、大量のPKアラートが表示され、街中でアラートの大合唱がなり響いたのである。
警察イベントの告知をしていた画面はあっという間に埋め尽くされ、お偉いさんは見えなくなった。
それは、すべてのプレイヤーにEdgeというゲームの有り様を問う、運営も予期していない災害のような大騒動の、始まりであった。